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水揚げ
しおりを挟むよろず屋のとある昼休み、女郎屋とは反対側にあるお堀の一角へと料理長の萱草が足を向けていた。
「萱草さん」
一人の少女が萱草の姿を捉えると、立ち上がって笑顔を向けた。
「お峰ちゃん」
萱草が少女に向かって手を上げた。
ここは二人が初めて出会った場所だった。
三年前、よろず屋の副料理長をしていた萱草が、食材管理を間違え、店の命とも言える出し汁を無駄にしてしまった事があった。無論怒り狂った当時の料理長にこってりと絞られ、落ち込んだ萱草は店から離れたこの堀で気を落ち着かせようとした。萱草の休憩時間、この堀は人通りも無く萱草にとっては密かなる憩いの場であった。
だが、堀には先客がいた。その客はしゃがんで泣いている小さな少女だった。
『病床の母親の薬代のために昨日父親に女郎屋に売られた』ことを悲しんで少女が泣いていたのだった。
その少女を哀れに思った萱草が、『たまに会って話をすれば少しは気も紛れるだろう』と少女に持ちかけると、小さな少女がこくりと頷いた。
それから二人は会う日を決めて、月に数度この堀で会うことになった。
萱草二十六歳、お峰は十一歳であった。
萱草の恋は、同性を引き付ける里の男児の、極めて稀であった。
あれから三年の月日でお峰は少女から女へと変貌し始めていた。
今日のお峰はどこか不安げで心細そうな面持ちをしていた。
「今日はね、萱草さんに、折り入ってお願いがあるの」
もともと華奢な体つきで色白な事もあり、庇護欲をそそるお峰ではあるが、俯きながら睫毛を振るわせる仕草が、いつもより儚さを際立たせていた。
おっとりとした物言いだが、お峰の声は震えていた。
「三月後に…水揚げが、決まったの。十五になったら客を取らせるって前々から女将さんに言われてて…。
萱草さん、どうかあたしの初めてのお客になってくれない?
お願い、萱草さん。初めての相手は萱草さんにって、ずっと思っていたの」
お峰の真剣な眼差しが萱草の目を真っ直ぐに捉えた。一瞬何を言われているかの理解ができなかった萱草が、我に返ったと同時に叫んだ。
「俺なんか十五も年が離れてるんだぞ。他にもっと…」
萱草が、ハッとした様に口を噤んだ。
(他にって、俺はそれで良いのか)
萱草が葛藤する心中を表すように視線を泳がせた。
「他の誰かなんていないわ。あたしは、萱草さんのことが…」
小さな声を震わせたお峰が頬を染めた。
「好きなんだもの」
そのお峰のいじらしい姿に、萱草がぐっと奥歯を噛み締めてお峰を見据え、意を決したように口を開いた。
「お峰ちゃん、俺と所帯を持ってくれないか?
暖簾わけの話があって、お峰ちゃんの身請け代も用意するっていうんだ。
お峰ちゃんさえよければ、俺と、俺と夫婦になってくれないか」
振って湧いた急展開にお峰の思考がついていけないのか、今度はお峰が放心したまま立ち尽くしていた。
「萱草さん?もう一度、言ってくれない?」
萱草に再度同じ事を聞かされたお峰が、今度は急に泣き出した。
「嬉しい、嬉しい。萱草さんと夫婦なんて、夢みたい」
萱草がお峰の華奢な手を握り大きく頷くと、お峰もまた涙を溢れさせながら頷いた。
よろず屋の夜の仕事終わりに紅の部屋を尋ねた萱草に「決めたのだな」開口一番に紅は言った。
「後は俺に全て任せておけ。段取りを整えて、三月以内にお前の店を出す。それまでに【杏】(キョウ)に全てを仕込め」
萱草がなにも言わずとも、紅には全てがお見通しであった。
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