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婿殿と掟
しおりを挟む紅がきはだと勝三、そして柑子と豊二を、二人の部屋の真ん中の部屋に呼んだ。
「二人が順調に回復をしていると聞き、安心した。
きはだも僅かながら歩き始めているとも聞いておる。
そこで、勝三殿と豊二殿にお尋ねしたいことがある」
紅の発する空気にきはだと柑子が互いの愛しい者の袖をとっさに掴んだ。
勝三と豊二もまた、『自分たちの役目に終わりを告げられるのだ』と悲壮な表情をした。
「急な話なのだが暖簾わけをして分店を出す事になったので、お二人にその店の手伝いと、経営をお願いできぬものかと思いましてな。
俺はお二人の経営手腕を買っておるのだ。以前の店も繁盛させていたと聞き及んでおる。実は暖簾わけをして独立するのは料理長の萱草でして、あいつは料理の腕は確かだが経営のほうはからきしなもんで、お二人に力になってもらいたくてな」
勝三と豊二が顔を見合わせた。
きはだと柑子も驚いたまま何も言えずにいた。
「ただし、それには二つ条件がある。一つは仕事の事、そしてもう一つはきはだと柑子、こいつらの事だ」
『やはりか。きはだと引き離すためか』
『柑子とはもう一緒にいられぬと申されるのか』
勝三と豊二が再び顔を見合わせて、同時に無言で頷いた。
そして勢いよく土下座をした。
「お願いでございます。きはだと離れろとおっしゃりたいのは分かっております。
きはだをこんな目にあわせた私が許せないのも重々承知しております。ですが、どうか、きはだの傍にいさせてください。下働きでも何でもします。きはだを支えてやりたいのです。後生でございます、紅殿」
「紅殿、私は柑子と今度こそ添い遂げたいのです。柑子の目になってやりたいんです。草刈でも厠掃除でも無報酬で何でもします。ですから私から柑子を取り上げることだけは」
二人が畳に頭を擦り付けて紅に懇願した。その必死さに、見ていただけだったきはだと柑子もその場に同じく土下座して、頭を畳に擦り付けた。
「紅さまお願い、僕から勝三さんを取り上げないで。僕は勝三さんなしではもう生きていくことなんて 出来ないんです。ここを追い出されても良いから勝三さんと離れろなんて言わないで下さい」
「僕は豊二さんと離れる位なら舌を噛んでこの場で死んでやる」
きはだと柑子の言葉に紅が小さくため息をついた。
「勘違いさせてすまなかった。
俺の言い回しが良くなかったな。
お前たちの互いを思う気持ちを疑ってはおらぬ。
俺は新しい店で勝三殿と豊二殿に、お前たち二人の面倒も見てもらいたいと言おうとしたのだ」
勘違いをした一同が揃って面を上げた。奉行所の捌きを受けているような状況に、紅は笑いを堪えるのに必死だった。
「それじゃあ」きはだと柑子が目を輝かせた。
「ただし、お前達は少しでも出来ることがあれば手伝ってやるんだぞ」紅は付け加えた。
「お二人には帳簿台帳、仕入れ台帳の記載と管理、経営の一切合財をお任せしたい。無論、忙しい時間帯は萱草を手伝い、店を守り立ててくれ。
それと、まだ場所は決めてはおらぬが、年に四度、交代で帳簿関係を俺に見せにここへ来て欲しい。これは経営側の条件だ。
そして条件はもう一つある。
来るときは二人で俺に会いにきてくれ。
俺はこいつらの親代わりだからな。
年に二度位は、こいつらの顔を見せるのを許してくれ。
これは【婿殿】への条件だ。
どうだろう、この話、受けてくれぬか」
きはだと柑子が口に手を当てて目を見開くと、見る間に大きな目に涙が滲んだ。
「謹んで、お受けします」
「誠心誠意、尽くさせていただきます」
勝三と豊二が再び畳に頭を擦りつけた。そのまま、二人とも体を振るわせ始め、男泣きを始めた。
紅は無言で部屋を後にした。
紅が部屋を出て行ってしばらくは、そのままの空気が流れていた。勝三と豊二が土下座のまま、男泣きをしていた。
しかし、その空気を吹き飛ばしたのは、きはだと柑子だった。
突如、ピタリと泣き止んだ二人が手に手を取って顔を見合わせて、喜々とした表情を浮かべた。
「「紅さまが【婿殿】って言った。不束者ですがよろしくお願いします」」
互いの愛する者の傍に近づくと、二人が同時に三つ指をついた。
この二人の行動にあっけに取られた勝三と豊二に、二人が顔を見合わせたまま同時に話し始めた。
「「これは僕達の掟。
紅さまが認めない限り僕達は嫁ぐ事を許されない。
紅さまは【婿殿】と言った。
これは特別な事。
僕達は嫁に出されるんじゃない、紅さまがあなた達を『婿殿』と認めてくれたんだ」」
勝三と豊二が目を見開いて驚き、紅の真意の奥深さに再び男泣きを始めた。
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