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【潰し屋】
しおりを挟む紅が萱草を連れてお峰の奉公先である女郎屋に向かった。
頬骨の張った強欲そうな顔の女が出てきて『女将』と名乗った。
紅は女将に自分の名を名乗り、旅籠と料理屋を営んでいると伝えたうえで、お峰のことを切り出した。
女将が首を捻って眉をしかめたが、紅は気にも留めなかった。
「お峰って女に会いてんだが」
「お峰ですかい?お峰はまだ客が取れないんですよ、旦那」
「それはわかっちゃいるんだが、ちょいとここに連れて来ちゃくんねえか」
紅が女将を宥めるように下手に出た物言いをした。
すると「おい、お峰をここに連れてきな」渋々ではあるが女将が近くにいた用心棒らしき男に、あごで支持をした。
「萱草さん」
男に連れてこられたお峰が、どうした事かと目をまん丸にした。
「この娘に違いねえか?」
萱草が力強く頷いた事を確認した紅は、女将に本題を切り出した。
「この娘、見受けさせてくんねえか」
穏やかな口調のままに、紅は女将をチラリと見た。
それを聞いた女将が、手懐けられるとでも思ったのか、紅の懐具合を算段するように舌なめずりをした。
「元手も掛かってますしねえ。
それにこの子は三月後に水揚げが控えましてね、ちょいと磨けば客がわんさか押し寄せるとあたしゃ睨んでるんですよ。
そうだね、この位なら考えてやってもいいよ」
女将が猫なで声を出しながら、そろばんで紅に額を提示した。
その金額を見た萱草が顔を引きつらせた。
「元手ねえ。聞けば母親の薬代に売られたそうじゃねえか。しかも値切った挙句に脅して、払った額はすずめの涙、って聞いたぜ」
その額に紅は、全く動じることなくあくまでも穏便に済ませたいという姿勢を貫いた。
「そんな根も葉もないことを。こっちは商売なんですよ。
それにお峰はここへ着てから三年も、ただ飯食わせてやりましたしねえ」
紅から大金を引き出せると睨んだ女将が、強気の姿勢を崩すこと無くむしろ額を吊り上げようとまでし始めた。
それを受けた紅が片腹痛いとばかりに鼻で笑った。
「ただ飯ね。客を取るまでただ働きで、朝から晩までこき使っておいてただ飯とは聞いて呆れるな」
突然、女将を小ばかにしたような紅の態度と物言いに、女将の額に青筋が一本立った。
「青二才のくせにごちゃごちゃ煩いね。この額以外、びた一文負けないよ」
般若のように顔を歪ませながら、本性を表した悪役面の女将が啖呵を切った。
「俺の額は、これだ」
しかし紅は一向に動じることなく、女将のそろばんを弾いた。
「これが妥当な額ってもんだろ」
静かな口調を崩さぬままに紅が交渉を進める。
「これじゃ、話になんないよ。身請けなんかさせないよ。
おい、お峰を奥へ連れていきな」
提示された額に憤怒し、ますます醜く顔を歪ませ喚き始めた女将に、とうとう紅が態度も口調も一変させた。
「おい、女将。俺が下手に出ているうちに手を打った方が懸命だぜ。
何もただで身請けしろって言ってる訳じゃあねえんだ。
お互い客商売なんだ、穏便に事を済ませたほうが利口だろ」
先程の静かで穏やかな口調とは違い、がらりと豹変した紅の威圧的な雰囲気と、獲物に牙を剥く鋭い視線に気圧された女将の体が、恐怖のためガクガクと震え始めた。
その時女将の目が何かを悟ったように見開いた。
「左目尻の三ツ星。あんた、もしかして…潰し屋」
そこまで言い終えると、女将の体がいっそう震えた。
「へえ、俺はそう呼ばれてんのか」
紅は眼光を鋭くしながら女将に近づいた。
「なら、話は早そうだな」
立っているのがやっとの女将が、カクカクと何度も頷いた。
「契約、成立だな」
紅は懐から金を出し、提示した金額の額面どおりを女将の手に握らせた。
「証文、貰うぜ」
紅は右の手のひらを上にして、早くしろとばかりに女将に差し出した。
それを見た女将の顔色がサーッと青ざめていった。
「お、おい、なにボサッとしてんだい。早くお持ちしな、あんた」
事の事態の呑み込めていない用心棒らしき男が、弾かれたように走って行き、すぐさま証文を紅に渡した。
紅は、その証文をすぐさま確認するように広げた。
「ほら見ろ、買った額と証文の額が違うじゃねえか。
買った額の十倍なんて、ぼったくるのも今日限りで止めるんだな。
次ぎ、やったら潰すぞ。
それと、今までぼったくった分、他の奴らに返してやるんだな」
威圧的な態度をますます強くし、脅える女将に視線で止めを刺すように言い放つ。
女将が「もうしませんからお許しを」と命乞いのように何度も手の平を擦り合わせた。
女将に対する態度から一転、柔らかな空気を纏った紅は、お峰に向き合った。
「さてお峰と言ったな。俺は萬屋 紅と言って、萱草の店の主だ。
萱草と所帯、持ってくれるんだってな。礼を言う。
取り急ぎ萱草と荷支度をしてくれ、今日からここへは戻らなくて良いからな」
紅が証文をチラつかせてニヤリと笑った。
程なくして風呂敷に包まれた僅かな荷物を、萱草が持ってお峰と共に出てきた。
「帰るぞ」
紅の言葉に、手を繋いで頬を赤らめる二人が後に続いた。
三人がいなくなって暫くして。
「行かせちまって良かったのか?」
「良いんだよ、命があっただけでも儲けもんだよ。おまけに金も手に入ったんだ。御の字だよ」
『左目尻に三ツ星がある美丈夫が見受けに来たら、逆らっちゃいけないよ』
この店の先代女将の忠告を寸でのところで思い出し、覇気の無くなった女将が、夫に支えられながら奥へと消えた。
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