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僕行くっ!
しおりを挟むその日、紅は一人で峠の宿場を目指していた。
がらんとした店内に入ると、奥からこの宿の女将らしき女が出てきた。
紅は、この宿の主人も呼んで欲しいと頼んだ。
二人揃ったところで紅は大金を懐から出して目の前に置いた。
二人は目の前の大金に、一気に釘付けになった。
「私は山ノ内城下で旅籠と食事処を営んでおる萬屋紅と申す。
実は新しく店を出す事になり、良い場所を探しており、偶然ここを通りかかった。
もしよければ中を見せてはくれないか?
気に入ればこの金はそのまま『手付け』にするつもりだ」
紅の申し出に、渡りに船とばかりに二人は喜んで中を案内した。宿場を隅々まで案内されても、客は一人も訪れなかった。
内容はセツからほぼ聞いた通りであった。掃除と少しの手直しだけで、十分な宿であった。何よりも七部屋全てに露天風呂があることが、紅にとっての決め手になっていた。
直ぐに買い取る意向を伝えると、二人が二つ返事をした。
その場で証文を互いに交わし、手付けを渡した。
一月後に来るまでに、掃除の徹底と、手付けの金で手直しを頼み、その日が引き渡し及び手直し代と残りの金の受渡日になった。
紅はその足でよろず屋へ戻り、萱草、お峰、きはだ、勝三、柑子、そして豊二を部屋に呼んだ。一足先に部屋に呼ばれた若草と鶯が、訳も知らされぬまま座っていた。
「峠の中の一軒宿を決めてきた。秘湯もある温泉宿だ。そこならきはだと柑子の湯治にもよいであろう。
少し早まるが、一月後には皆でそこへ移ってもらう。
むろんその日から三日間はこのよろず屋は休店して、荷物運びと開店準備を手伝うぞ。
皆は持ち場に慣れることに専念しろ、二日後『よろず屋分店』の営業だ。
後ほどこの店の壁に分店の宣伝を書いて張り紙しておく。張り紙を見た客の口伝えの効果を狙ってな。
食事処はお前の名をそのまま付けて『かんぞう』にしたが、文句なかろう」
六人がそれぞれに歓喜していた。
「「紅さま、僕達は?」」
理解の出来ていない双子が口を開いた。
「お前達は分店の住込み奉公だ」
「「えーーっ、町を離れたくないです」」
二人が同時に叫んだ。
「まあ、そう言うな。分店は峠の頂上にあって、ここ山ノ内側と熊谷側の峠の入り口には賑やかな宿場町が栄えている。そこはこの町のように賑やかで、夜でも眠らないほどの賑わいだそうだ。分店におれば、そのどちらにも遊びに行けるぞ」
『夜でも眠らないほどの賑わい』に双子の眉がピクリと反応した。
「「僕行くっ!」」
単純に乗せられた双子に、紅以外の六人が笑いを堪えていた。
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