51 / 53
第四部
Ⅷ
しおりを挟む
その日、朝から体調がよくなかった。
朝からずっと、熱っぽくて、だるかった。
俺が仕事に行くって言うと、迅さんがついてくるって言う。
迅さんも自身の会社のシステムがうちの会社に導入することなったので、その打ち合わせがあるらしい。
「午前中、天城の会社との会議があるんだろう。
終わったらすぐ帰れるように待っててやるから」
と、迅さんと一緒に会社に来てしまった。
会議が始まる。
会議室の空気が、どうにも重たく感じられる。
俺は資料をめくりながら、こめかみのあたりを押さえる。
――気持ち悪い。
そして、熱っぽい。
今日は、天城さんのほうからふっと漂ってくる匂いがやけに強く感じる。
普段なら気にならないはずのアルファの香りが、今日はまるで鼻をつくようだ。
「……白鷹さん、こちらの仕様についてなんですが」
天城さんがひとつ席をずらして俺の近くへ来た瞬間――
俺はびくっと肩を震わせ、一歩、椅子ごと後ろへ引いてしまった。
自分でも無意識に。
拒絶、というより、本能的な「無理だ」という反応だった。
「直樹? 大丈夫か?」
舟形先輩が眉を寄せる。
「だ、大丈夫……です。会議、最後まで……やりますから……」
ぎゅっと、膝の上で握りしめていたハンカチに指先が触れる。
迅さんの、落ち着く匂いが染みついたハンカチ。
鼻にあてて、すがるように深く息を吸い込むと、少しだけ頭が軽くなる気がした。
舟形先輩は心配そうに見守りつつも、「無理すんなよ」と、会議の進行を仕切り直す。
天城さんはというと、俺が明らかに自分を避けたことに気づき、少し複雑そうに眉を動かしたが、何も言わずに席に戻った。
なんとか会議を乗り切り、俺はふらつく足で会議室を出る。
外の廊下に出た瞬間、ふわ、と自分の好きな匂いが風のように届いた。
――迅さんだ。
「直樹」
壁にもたれて待っていた迅さんが歩み寄る。
俺はその胸元に吸い寄せられるように駆け寄っていった。
「……迅さん……」
ほっと安堵が漏れた途端、膝が少しゆるむ。
迅さんは「ご苦労さま」と抱きしめてくれた。
俺の背を支えながら、くるりと舟形先輩のほうへ顔を向ける。
「舟形、桐島呼んでこい」
「はいっ」
背中越しに、舟形先輩が急いで駆けていくのがわかった。
すぐに桐島課長を連れて戻ってくる。
「どうした、白鷹と、直樹。……なるほどね?」
桐島課長は迅さんにもたれている俺と、迅さんの手つきを見て、すべて理解したように口角を上げた。
迅さんが短く告げる。
「直樹を、しばらく休ませる。状況は後で報告する」
「はいはい。了解。」
桐島課長の軽妙な返事を背中越しに聞いた。
俺は顔を上げようとしたら、迅さんの胸に押さえつけられた。
「顔は上げるな、このままでいろ」
桐島課長と舟形先輩が事務的な処理をしていた。
迅さんは俺の肩を抱き、エレベーターへ導いた。
「帰るぞ、直樹。」
「……はい……」
エレベーターに乗り、迅さんの体温と匂いに包まれると、強張っていた身体はやっと緩んだ。
天城さんの前で感じた拒絶反応が嘘のように静まっていった。
そのまま二人で会社をあとにし、自宅へ向かった。
♢♢
会議が終わり、騒ぎが落ち着いた廊下。
かつて気になっていた直樹の反応。
だが、今日の拒絶の仕方はあからさまだったな。
天城は資料を片づけながら、直樹の後ろ姿がエレベーターへ消えていったのを一瞥だけして、すぐに視線を戻した。
「……まあ、いいか……」
朝からずっと、熱っぽくて、だるかった。
俺が仕事に行くって言うと、迅さんがついてくるって言う。
迅さんも自身の会社のシステムがうちの会社に導入することなったので、その打ち合わせがあるらしい。
「午前中、天城の会社との会議があるんだろう。
終わったらすぐ帰れるように待っててやるから」
と、迅さんと一緒に会社に来てしまった。
会議が始まる。
会議室の空気が、どうにも重たく感じられる。
俺は資料をめくりながら、こめかみのあたりを押さえる。
――気持ち悪い。
そして、熱っぽい。
今日は、天城さんのほうからふっと漂ってくる匂いがやけに強く感じる。
普段なら気にならないはずのアルファの香りが、今日はまるで鼻をつくようだ。
「……白鷹さん、こちらの仕様についてなんですが」
天城さんがひとつ席をずらして俺の近くへ来た瞬間――
俺はびくっと肩を震わせ、一歩、椅子ごと後ろへ引いてしまった。
自分でも無意識に。
拒絶、というより、本能的な「無理だ」という反応だった。
「直樹? 大丈夫か?」
舟形先輩が眉を寄せる。
「だ、大丈夫……です。会議、最後まで……やりますから……」
ぎゅっと、膝の上で握りしめていたハンカチに指先が触れる。
迅さんの、落ち着く匂いが染みついたハンカチ。
鼻にあてて、すがるように深く息を吸い込むと、少しだけ頭が軽くなる気がした。
舟形先輩は心配そうに見守りつつも、「無理すんなよ」と、会議の進行を仕切り直す。
天城さんはというと、俺が明らかに自分を避けたことに気づき、少し複雑そうに眉を動かしたが、何も言わずに席に戻った。
なんとか会議を乗り切り、俺はふらつく足で会議室を出る。
外の廊下に出た瞬間、ふわ、と自分の好きな匂いが風のように届いた。
――迅さんだ。
「直樹」
壁にもたれて待っていた迅さんが歩み寄る。
俺はその胸元に吸い寄せられるように駆け寄っていった。
「……迅さん……」
ほっと安堵が漏れた途端、膝が少しゆるむ。
迅さんは「ご苦労さま」と抱きしめてくれた。
俺の背を支えながら、くるりと舟形先輩のほうへ顔を向ける。
「舟形、桐島呼んでこい」
「はいっ」
背中越しに、舟形先輩が急いで駆けていくのがわかった。
すぐに桐島課長を連れて戻ってくる。
「どうした、白鷹と、直樹。……なるほどね?」
桐島課長は迅さんにもたれている俺と、迅さんの手つきを見て、すべて理解したように口角を上げた。
迅さんが短く告げる。
「直樹を、しばらく休ませる。状況は後で報告する」
「はいはい。了解。」
桐島課長の軽妙な返事を背中越しに聞いた。
俺は顔を上げようとしたら、迅さんの胸に押さえつけられた。
「顔は上げるな、このままでいろ」
桐島課長と舟形先輩が事務的な処理をしていた。
迅さんは俺の肩を抱き、エレベーターへ導いた。
「帰るぞ、直樹。」
「……はい……」
エレベーターに乗り、迅さんの体温と匂いに包まれると、強張っていた身体はやっと緩んだ。
天城さんの前で感じた拒絶反応が嘘のように静まっていった。
そのまま二人で会社をあとにし、自宅へ向かった。
♢♢
会議が終わり、騒ぎが落ち着いた廊下。
かつて気になっていた直樹の反応。
だが、今日の拒絶の仕方はあからさまだったな。
天城は資料を片づけながら、直樹の後ろ姿がエレベーターへ消えていったのを一瞥だけして、すぐに視線を戻した。
「……まあ、いいか……」
1
あなたにおすすめの小説
【16話完結】あの日、王子の隣を去った俺は、いまもあなたを想っている
キノア9g
BL
かつて、誰よりも大切だった人と別れた――それが、すべての始まりだった。
今はただ、冒険者として任務をこなす日々。けれどある日、思いがけず「彼」と再び顔を合わせることになる。
魔法と剣が支配するリオセルト大陸。
平和を取り戻しつつあるこの世界で、心に火種を抱えたふたりが、交差する。
過去を捨てたはずの男と、捨てきれなかった男。
すれ違った時間の中に、まだ消えていない想いがある。
――これは、「終わったはずの恋」に、もう一度立ち向かう物語。
切なくも温かい、“再会”から始まるファンタジーBL。
お題『復縁/元恋人と3年後に再会/主人公は冒険者/身を引いた形』設定担当AI /チャッピー
AI比較企画作品
流れる星、どうかお願い
ハル
BL
羽水 結弦(うすい ゆずる)
オメガで高校中退の彼は国内の財閥の一つ、羽水本家の次男、羽水要と番になって約8年
高層マンションに住み、気兼ねなくスーパーで買い物をして好きな料理を食べられる。同じ性の人からすれば恵まれた生活をしている彼
そんな彼が夜、空を眺めて流れ星に祈る願いはただ一つ
”要が幸せになりますように”
オメガバースの世界を舞台にしたアルファ×オメガ
王道な関係の二人が織りなすラブストーリーをお楽しみに!
一応、更新していきますが、修正が入ることは多いので
ちょっと読みづらくなったら申し訳ないですが
お付き合いください!
勘違いへたれアルファと一途つよかわオメガ──ずっと好きだったのは、自分だけだと思ってた
星群ネオン
BL
幼い頃に結婚の約束をした──成長とともにだんだん疎遠になったアルファとオメガのお話。
美しい池のほとりで出会ったアルファとオメガはその後…。
強くてへたれなアルファと、可愛くて一途なオメガ。
ありがちなオメガバース設定です。Rシーンはありません。
実のところ勘違いなのは二人共とも言えます。
α視点を2話、Ω視点を2話の後、その後を2話の全6話完結。
勘違いへたれアルファ 新井裕吾(あらい・ゆうご) 23歳
一途つよかわオメガ 御門翠(みがと・すい) 23歳
アルファポリス初投稿です。
※本作は作者の別作品「きらきらオメガは子種が欲しい!~」や「一生分の恋のあと~」と同じ世界、共通の人物が登場します。
それぞれ独立した作品なので、他の作品を未読でも問題なくお読みいただけます。
【完結】浮薄な文官は嘘をつく
七咲陸
BL
『薄幸文官志望は嘘をつく』 続編。
イヴ=スタームは王立騎士団の経理部の文官であった。
父に「スターム家再興のため、カシミール=グランティーノに近づき、篭絡し、金を引き出せ」と命令を受ける。
イヴはスターム家特有の治癒の力を使って、頭痛に悩んでいたカシミールに近づくことに成功してしまう。
カシミールに、「どうして俺の治癒をするのか教えてくれ」と言われ、焦ったイヴは『カシミールを好きだから』と嘘をついてしまった。
そう、これは───
浮薄で、浅はかな文官が、嘘をついたせいで全てを失った物語。
□『薄幸文官志望は嘘をつく』を読まなくても出来る限り大丈夫なようにしています。
□全17話
幸せごはんの作り方
コッシー
BL
他界した姉の娘、雫ちゃんを引き取ることになった天野宗二朗。
しかし三十七年間独り身だった天野は、子供との接し方が分からず、料理も作れず、仕事ばかりの日々で、ずさんな育て方になっていた。
そんな天野を見かねた部下の水島彰がとった行動はーー。
仕事もプライベートも完璧優秀部下×仕事中心寡黙上司が、我が儘を知らない五歳の女の子と一緒に過ごすお話し。
次元を歪めるほど愛してる
モカ
BL
白い世界で、俺は一人だった。
そこに新しい色を与えてくれたあの人。感謝してるし、大好きだった。俺に優しさをくれた優しい人たち。
それに報いたいと思っていた。けど、俺には何もなかったから…
「さぁ、我が贄よ。選ぶがいい」
でも見つけた。あの人たちに報いる方法を。俺の、存在の意味を。
泡にはならない/泡にはさせない
玲
BL
――やっと見つけた、オレの『運命』……のはずなのに秒でフラれました。――
明るくてお調子者、だけど憎めない。そんなアルファの大学生・加原 夏樹(かはらなつき)が、ふとした瞬間に嗅いだ香り。今までに経験したことのない、心の奥底をかき乱す“それ”に導かれるまま、出会ったのは——まるで人魚のようなスイマーだった。白磁の肌、滴る水、鋭く澄んだ瞳、そしてフェロモンが、理性を吹き飛ばす。出会った瞬間、確信した。
「『運命だ』!オレと『番』になってくれ!」
衝動のままに告げた愛の言葉。けれど……。
「運命論者は、間に合ってますんで。」
返ってきたのは、冷たい拒絶……。
これは、『運命』に憧れる一途なアルファと、『運命』なんて信じない冷静なオメガの、正反対なふたりが織りなす、もどかしくて、熱くて、ちょっと切ない恋のはじまり。
オメガバースという世界の中で、「個」として「愛」を選び取るための物語。
彼が彼を選ぶまで。彼が彼を認めるまで。
——『運命』が、ただの言葉ではなくなるその日まで。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる