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第四部
Ⅷ
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その日、朝から体調がよくなかった。
朝からずっと、熱っぽくて、だるかった。
俺が仕事に行くって言うと、迅さんがついてくるって言う。
迅さんも自身の会社のシステムがうちの会社に導入することなったので、その打ち合わせがあるらしい。
「午前中、天城の会社との会議があるんだろう。
終わったらすぐ帰れるように待っててやるから」
と、迅さんと一緒に会社に来てしまった。
会議が始まる。
会議室の空気が、どうにも重たく感じられる。
俺は資料をめくりながら、こめかみのあたりを押さえる。
――気持ち悪い。
そして、熱っぽい。
今日は、天城さんのほうからふっと漂ってくる匂いがやけに強く感じる。
普段なら気にならないはずのアルファの香りが、今日はまるで鼻をつくようだ。
「……白鷹さん、こちらの仕様についてなんですが」
天城さんがひとつ席をずらして俺の近くへ来た瞬間――
俺はびくっと肩を震わせ、一歩、椅子ごと後ろへ引いてしまった。
自分でも無意識に。
拒絶、というより、本能的な「無理だ」という反応だった。
「直樹? 大丈夫か?」
舟形先輩が眉を寄せる。
「だ、大丈夫……です。会議、最後まで……やりますから……」
ぎゅっと、膝の上で握りしめていたハンカチに指先が触れる。
迅さんの、落ち着く匂いが染みついたハンカチ。
鼻にあてて、すがるように深く息を吸い込むと、少しだけ頭が軽くなる気がした。
舟形先輩は心配そうに見守りつつも、「無理すんなよ」と、会議の進行を仕切り直す。
天城さんはというと、俺が明らかに自分を避けたことに気づき、少し複雑そうに眉を動かしたが、何も言わずに席に戻った。
なんとか会議を乗り切り、俺はふらつく足で会議室を出る。
外の廊下に出た瞬間、ふわ、と自分の好きな匂いが風のように届いた。
――迅さんだ。
「直樹」
壁にもたれて待っていた迅さんが歩み寄る。
俺はその胸元に吸い寄せられるように駆け寄っていった。
「……迅さん……」
ほっと安堵が漏れた途端、膝が少しゆるむ。
迅さんは「ご苦労さま」と抱きしめてくれた。
俺の背を支えながら、くるりと舟形先輩のほうへ顔を向ける。
「舟形、桐島呼んでこい」
「はいっ」
背中越しに、舟形先輩が急いで駆けていくのがわかった。
すぐに桐島課長を連れて戻ってくる。
「どうした、白鷹と、直樹。……なるほどね?」
桐島課長は迅さんにもたれている俺と、迅さんの手つきを見て、すべて理解したように口角を上げた。
迅さんが短く告げる。
「直樹を、しばらく休ませる。状況は後で報告する」
「はいはい。了解。」
桐島課長の軽妙な返事を背中越しに聞いた。
俺は顔を上げようとしたら、迅さんの胸に押さえつけられた。
「顔は上げるな、このままでいろ」
桐島課長と舟形先輩が事務的な処理をしていた。
迅さんは俺の肩を抱き、エレベーターへ導いた。
「帰るぞ、直樹。」
「……はい……」
エレベーターに乗り、迅さんの体温と匂いに包まれると、強張っていた身体はやっと緩んだ。
天城さんの前で感じた拒絶反応が嘘のように静まっていった。
そのまま二人で会社をあとにし、自宅へ向かった。
♢♢
会議が終わり、騒ぎが落ち着いた廊下。
かつて気になっていた直樹の反応。
だが、今日の拒絶の仕方はあからさまだったな。
天城は資料を片づけながら、直樹の後ろ姿がエレベーターへ消えていったのを一瞥だけして、すぐに視線を戻した。
「……まあ、いいか……」
朝からずっと、熱っぽくて、だるかった。
俺が仕事に行くって言うと、迅さんがついてくるって言う。
迅さんも自身の会社のシステムがうちの会社に導入することなったので、その打ち合わせがあるらしい。
「午前中、天城の会社との会議があるんだろう。
終わったらすぐ帰れるように待っててやるから」
と、迅さんと一緒に会社に来てしまった。
会議が始まる。
会議室の空気が、どうにも重たく感じられる。
俺は資料をめくりながら、こめかみのあたりを押さえる。
――気持ち悪い。
そして、熱っぽい。
今日は、天城さんのほうからふっと漂ってくる匂いがやけに強く感じる。
普段なら気にならないはずのアルファの香りが、今日はまるで鼻をつくようだ。
「……白鷹さん、こちらの仕様についてなんですが」
天城さんがひとつ席をずらして俺の近くへ来た瞬間――
俺はびくっと肩を震わせ、一歩、椅子ごと後ろへ引いてしまった。
自分でも無意識に。
拒絶、というより、本能的な「無理だ」という反応だった。
「直樹? 大丈夫か?」
舟形先輩が眉を寄せる。
「だ、大丈夫……です。会議、最後まで……やりますから……」
ぎゅっと、膝の上で握りしめていたハンカチに指先が触れる。
迅さんの、落ち着く匂いが染みついたハンカチ。
鼻にあてて、すがるように深く息を吸い込むと、少しだけ頭が軽くなる気がした。
舟形先輩は心配そうに見守りつつも、「無理すんなよ」と、会議の進行を仕切り直す。
天城さんはというと、俺が明らかに自分を避けたことに気づき、少し複雑そうに眉を動かしたが、何も言わずに席に戻った。
なんとか会議を乗り切り、俺はふらつく足で会議室を出る。
外の廊下に出た瞬間、ふわ、と自分の好きな匂いが風のように届いた。
――迅さんだ。
「直樹」
壁にもたれて待っていた迅さんが歩み寄る。
俺はその胸元に吸い寄せられるように駆け寄っていった。
「……迅さん……」
ほっと安堵が漏れた途端、膝が少しゆるむ。
迅さんは「ご苦労さま」と抱きしめてくれた。
俺の背を支えながら、くるりと舟形先輩のほうへ顔を向ける。
「舟形、桐島呼んでこい」
「はいっ」
背中越しに、舟形先輩が急いで駆けていくのがわかった。
すぐに桐島課長を連れて戻ってくる。
「どうした、白鷹と、直樹。……なるほどね?」
桐島課長は迅さんにもたれている俺と、迅さんの手つきを見て、すべて理解したように口角を上げた。
迅さんが短く告げる。
「直樹を、しばらく休ませる。状況は後で報告する」
「はいはい。了解。」
桐島課長の軽妙な返事を背中越しに聞いた。
俺は顔を上げようとしたら、迅さんの胸に押さえつけられた。
「顔は上げるな、このままでいろ」
桐島課長と舟形先輩が事務的な処理をしていた。
迅さんは俺の肩を抱き、エレベーターへ導いた。
「帰るぞ、直樹。」
「……はい……」
エレベーターに乗り、迅さんの体温と匂いに包まれると、強張っていた身体はやっと緩んだ。
天城さんの前で感じた拒絶反応が嘘のように静まっていった。
そのまま二人で会社をあとにし、自宅へ向かった。
♢♢
会議が終わり、騒ぎが落ち着いた廊下。
かつて気になっていた直樹の反応。
だが、今日の拒絶の仕方はあからさまだったな。
天城は資料を片づけながら、直樹の後ろ姿がエレベーターへ消えていったのを一瞥だけして、すぐに視線を戻した。
「……まあ、いいか……」
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