当て馬だった公爵令息は、隣国の王太子の腕の中で幸せになる

蒼井梨音

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当て馬にされた公爵令息は、隣国の王太子と精霊の導きのままに旅をします

旅立つ二人②

白い大理石の廊下。
午後の光が差し込み、僕たち二人の影が長く伸びる。

俺は落ち着かない様子で小声で囁いた。

「……さっきの魔法陣、やっぱり精霊の結び目です。
ああいうの……ルヴァニエールでは見たことないです」

隣を歩くマクシミリアン殿下が、何気なく手を伸ばしてくる。
自然と指が絡まる。
人前なのに、それがとても自然で当たり前の仕草のようで。

「精霊結び、か……。
俺はまだ、よくわかってないことばかりだ」

「僕も……全部はわからない。でも、感じるの。
“開いてはいけないものが、少しだけ開いた”……そんな感じ」

マクシミリアン殿下は小さく苦笑する。

「真剣な話の最中だというのに、
……こうしてると安心するな」
「……うん、僕も」

目を合わせれば、赤くなるから、つい視線を床へ落とす。
でも手は離せない。離したくない。

廊下の隅で護衛が石像のように立っていたけど、
僕たちの気づかぬところで、そっと目を逸らしてた。

(……殿下、堂々と惚気すぎです)
(いや、幸せならいいんですが……)

ひそやかな宮廷のため息が、春風に紛れた。



重厚な扉を押し開けると、
古紙とインクの香りがふわりと鼻をくすぐる。

僕は無意識に指を解き、本棚の間へ吸い寄せられるように進んでいく。

「……こっち」

「エリアス、そっちは精霊術の棚か?」

「うん、でも……知らないんだけど、こっちだって教えてくれるの……」

目当てもなく来たはずなのに、
まるで“そこに答えがある”とわかっていたように。
マクシミリアン殿下も背筋を震わせる感覚を覚えたようで、まるで風が、古本の間を通って二人を導いている。

僕が目の前の一冊を取り出して、ページを開く。

古語、神代の文字──
本当は見慣れない理解できないはずなのに、スルリと意味が流れ込んでくる。

「……読める。どうして……」

マクシミリアン殿下が隣で覗きこむ。
彼の瞳にも、同じ光が宿る。

「私もだ……。
まるで、思い出しているみたいだ」

ぱらぱらぱら……。
勝手に風がページをめくられていく。
紙が震え、淡い光が走る。

《精霊界の門、二柱の鍵》

僕の髪が揺れる。

「……二柱?」

マクシミリアンが、そっと僕の手を取る。

「エリアス。
それが、私とエリアスのことなのか」

「……僕たちが、門を開けてしまう鍵……」

そして、結界を守るために
封じ直さねばならない者たち──かもしれない。

けれど、
重い真実の気配に震えながらも、
僕は心の中でそっと思う。
……怖くない。マクシミがいるから。

僕の横顔を見て、
マクシミリアン殿下はゆるやかに指を絡め直した。

「大丈夫だ。
運命でも、門でも、世界の鍵でも──
……君の手は離さない」

僕は、胸を押さえるように小さく息を吸った。
……大丈夫、マクシミがいてくれる。
指から伝わる、マクシミリアン殿下のあたたかさを感じていた。

図書室の奥で、静かに光が瞬いている。
精霊たちが、二人の歩む先をそっと見守るように。


図書塔を出て、魔導師長の居室へ向かう途中。
大理石の床に、淡い夕光が帯のように伸びていた。

僕は胸元をぎゅっと押さえ、歩みを少しだけ緩める。
「……ねぇ、マクシミ」
その声は、かすかに震えていた。
「もし、僕たちが……
世界の鍵なんだとして……
開けちゃいけない扉まで開けてしまったら……」
その先の言葉は、喉で消える。
これから何が起こるかわからなて、何かが始まってしまう気配に、心がすくむ。

(守りたい。家族も、国も、マクシミも……)
唇が結ばれ、肩がほんの少し強張る。

マクシミリアン殿下は足を止め、
そっと僕の細い手を引き、抱き寄せる。

「……エリアス」
低く優しい声。
そのまま指先で顎を持ち上げ、柔らかく唇を落とした。

触れた瞬間、
僕の瞳が驚きで瞬いて──次第に、ほどけていく。

離れた唇から、甘い囁き。
「大丈夫だよ」

ひどく簡単で、ひどく強い言葉。
けれど、それだけで胸が温かくなる。

マクシミリアン殿下は僕の胸元に手を添え、
微かに光る自分の魔力をそっと流し込んだ。
「俺の力も、心も、全部君の隣にある。
……怖くなったら、何度だって言うよ」

僕の体から、張りつめた気がゆっくり解けていく。
胸の奥に、灯がともる。

「……うん。ありがとう」
小さく息を吸いこむと、
空気の中に小さな光粒がふわりと舞った。

精霊たちが、嬉しそうに揺れている。
さっきまでのざわついていた気配が、春の風みたいに柔らかくなっていく。

僕の周りの光が淡く膨らむ。

「ほら、戻ってきた」

マクシミリアン殿下が微笑むと、僕の睫毛が照れくさそうに震える。

「……僕、単純なのかな」

「それでいいよ、君は光なんだから」

手を繋ぎなおし、僕たちは歩き出した。


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