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当て馬にされた公爵令息は、隣国の王太子と精霊の導きのままに旅をします
旅立つ二人③
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宮廷魔導師長がいる部屋まで歩いてきた。
扉が静かに開くと、そこは天井まで積まれた書棚と、星の模型や符術具が転がる混沌の部屋だった。
その中心で、長い外套をひっかけたまま机に埋もれていた老人が、ぱっと顔を上げた。
「おやッ!?
おやおやおや!?!?
こ、これは……!!」
丸眼鏡がガタガタ震えて、
僕の姿を見つけるなり、机をひっくり返しながら弾丸のように近寄ってくる。
「まさかまさか……!
精霊の申し子殿!!!
いやいや初めましてではないのだが、やっとこうして!やっとこうして直接!!」
僕は思わず一歩あとずさり。
マクシミリアン殿下がさりげなく腕を回して庇う。
老人は興奮しすぎて杖を振り回している。
「封印の震え!聖印の反応!
悪いが国王陛下よりも君の来訪が楽しみでな……!」
「……魔導師長、落ち着いてください」
マクシミリアン殿下の低音は冷静そのもの。
しかし老人は鼻で笑う。
「落ち着けるものかね。
千年に一人の神子を前に、老骨が沸騰しておるわい!」
僕は慌てて手を振る。
「ぼ、僕はそんな……ただの――」
「はいはい謙遜禁止!」
バンッと机を叩き、星屑のような魔力が舞った。
「君の周りの光が物語っておるわ。
精霊は嘘などつかぬ」
その瞳は狂気の学者ではなく、世界の真理を見つめる者の輝きだった。
老人はふうっと息を吐き、少し優しい声になる。
「……だが、心配することはない。
未知は怖いとも。けれど、君は選ばれた者じゃ。
そして殿下」
視線がマクシミリアン殿下へ。
「君は“支柱”だ。
神子が光なら、王太子殿下は大地。
どれほど嵐が吹こうと、隣にいる限り倒れぬ」
僕は体が震えているのを感じる。
マクシミリアン殿下は静かに手を握り返してくれた。
「……魔導師長。転移紋の調査に協力を」
「もちろんとも! この老骨、久々に燃えておる!」
老人、魔導師長は魔術装置の山をごそごそ漁り──突然振り返る。
「まずは――案内をせねばな」
「案内……?」
「うむ。精霊界だよ。君たちを、呼んでおる」
部屋の奥で、古い結界球が淡く光った。
風が、二人の頬を撫でる。
導きが、始まる。
魔導師長が結界球に手を翳すと、杖の先が澄んだ音を響かせた。
キィィン──
空間が水面のように揺れ、薄い光の幕が扉の形を取る。
「扉は長くは開かぬ。戻りたくば、光を辿れ」
マクシミリアン殿下が僕の手をぎゅっと握る。
僕は小さく頷き、足を踏み出した。
──ふわりと、風が変わった。
柔らかな光の粒が漂い、虹色の靄が森を包む。
足元は水面のように滑らかな苔。
遠くで水の歌が響く。
「……ここ、は……」
僕の頬に、風がそっと触れた。
精霊たちが嬉しげに寄り添い、光がはじけた。
マクシミリアン殿下も息をのむ。
「まるで……神話の庭だな」
その時──
「──やっと来た」
枝の上に、ひとりの少年が座っていた。
肩までの淡い水色の髪が光を透かす。
膝を抱えて、つまらなそうに揺れている。
けれどその瞳は、底知れず澄んでいた。
「遅かったね。君たちの世界、時間の流れ重いんだもん」
ふわりと木から飛び降りる。
足音はしない。
「誰だ……?」
マクシミリアン殿下が身を翻し、僕を庇ってくれる。
しかし少年は手をひらひら振って笑う。
「初対面なのにそんな顔しないでよ。
説明したいけど……えーっと」
顎に指を当て、わざとらしく考えるふりをして、
「……自己紹介とか、いる?」
「いります」
僕は即答。マクシミリアン殿下も無言で頷く。
少年は肩をすくめた。
「フィルウェン。フィルでいい。
精霊界と君たちの世界の境目の住人」
「案内役……ってことですか?」
「案内“人”じゃないけど、まぁそんな感じかな?」
軽口めいているが、声の奥に古さがある。
フィルがエリアスに近づき、じっと覗き込む。
「やっぱり。君、こっち側の光持ってる。
神子だね。……やっと来た」
ほんの一瞬、孤独の影がその瞳をかすめた。
すぐに軽い笑みで隠されるけれど。
「精霊王セラフィエルが、君たちを待ってる。
……でも今は駄目」
マクシミリアン殿下が眉を寄せる。
「なぜだ」
フィルは指先をパッと鳴らし、二人の胸元に視線を落とす。
「鍵が足りない。
君たちの世界の“根”から力を連れてこなきゃ」
僕が思わず喉を鳴らす。
「根……?」
「ルヴァニエールの神護のリング。
君の家のほうで、代々守られてるでしょ?」
僕は目を見開く。
マクシミリアン殿下が肩をたたく。
「エリアス、知っているのか?」
「……多分。ルヴァニエール王家に伝わる、女神のリング。
……兄さまに、頼まなきゃ」
フィルはふっと微笑む。
「うん。君の大事な世界の“願い”を連れてきて」
そして、背を向ける。
「夕刻には帰れるよ。時間なんて、気にしなくていい」
振り返り、からかうように片目をつむる。
「──だって君たち、こっち側の人なんだから」
風がそよぎ、光の粒が舞った。
⸻
次の瞬間、視界が淡く揺らぎ──
僕たちは魔導師長の部屋に戻る。
老人はわくわくが止まらない顔で迎える。
「どうじゃった!? ほぉぉ!顔でわかるわい!!」
エリアスは息を整え、真剣な眼差しで言う。
「……兄さまに連絡を。ルヴァニエールのリングが必要です」
マクシミリアンが頷き、すぐに動き出す。
「陛下に許可を取り、急使を」
(エリアスの兄セドリックへ──)
物語は静かに、そして確かに軌道を変えていった。
扉が静かに開くと、そこは天井まで積まれた書棚と、星の模型や符術具が転がる混沌の部屋だった。
その中心で、長い外套をひっかけたまま机に埋もれていた老人が、ぱっと顔を上げた。
「おやッ!?
おやおやおや!?!?
こ、これは……!!」
丸眼鏡がガタガタ震えて、
僕の姿を見つけるなり、机をひっくり返しながら弾丸のように近寄ってくる。
「まさかまさか……!
精霊の申し子殿!!!
いやいや初めましてではないのだが、やっとこうして!やっとこうして直接!!」
僕は思わず一歩あとずさり。
マクシミリアン殿下がさりげなく腕を回して庇う。
老人は興奮しすぎて杖を振り回している。
「封印の震え!聖印の反応!
悪いが国王陛下よりも君の来訪が楽しみでな……!」
「……魔導師長、落ち着いてください」
マクシミリアン殿下の低音は冷静そのもの。
しかし老人は鼻で笑う。
「落ち着けるものかね。
千年に一人の神子を前に、老骨が沸騰しておるわい!」
僕は慌てて手を振る。
「ぼ、僕はそんな……ただの――」
「はいはい謙遜禁止!」
バンッと机を叩き、星屑のような魔力が舞った。
「君の周りの光が物語っておるわ。
精霊は嘘などつかぬ」
その瞳は狂気の学者ではなく、世界の真理を見つめる者の輝きだった。
老人はふうっと息を吐き、少し優しい声になる。
「……だが、心配することはない。
未知は怖いとも。けれど、君は選ばれた者じゃ。
そして殿下」
視線がマクシミリアン殿下へ。
「君は“支柱”だ。
神子が光なら、王太子殿下は大地。
どれほど嵐が吹こうと、隣にいる限り倒れぬ」
僕は体が震えているのを感じる。
マクシミリアン殿下は静かに手を握り返してくれた。
「……魔導師長。転移紋の調査に協力を」
「もちろんとも! この老骨、久々に燃えておる!」
老人、魔導師長は魔術装置の山をごそごそ漁り──突然振り返る。
「まずは――案内をせねばな」
「案内……?」
「うむ。精霊界だよ。君たちを、呼んでおる」
部屋の奥で、古い結界球が淡く光った。
風が、二人の頬を撫でる。
導きが、始まる。
魔導師長が結界球に手を翳すと、杖の先が澄んだ音を響かせた。
キィィン──
空間が水面のように揺れ、薄い光の幕が扉の形を取る。
「扉は長くは開かぬ。戻りたくば、光を辿れ」
マクシミリアン殿下が僕の手をぎゅっと握る。
僕は小さく頷き、足を踏み出した。
──ふわりと、風が変わった。
柔らかな光の粒が漂い、虹色の靄が森を包む。
足元は水面のように滑らかな苔。
遠くで水の歌が響く。
「……ここ、は……」
僕の頬に、風がそっと触れた。
精霊たちが嬉しげに寄り添い、光がはじけた。
マクシミリアン殿下も息をのむ。
「まるで……神話の庭だな」
その時──
「──やっと来た」
枝の上に、ひとりの少年が座っていた。
肩までの淡い水色の髪が光を透かす。
膝を抱えて、つまらなそうに揺れている。
けれどその瞳は、底知れず澄んでいた。
「遅かったね。君たちの世界、時間の流れ重いんだもん」
ふわりと木から飛び降りる。
足音はしない。
「誰だ……?」
マクシミリアン殿下が身を翻し、僕を庇ってくれる。
しかし少年は手をひらひら振って笑う。
「初対面なのにそんな顔しないでよ。
説明したいけど……えーっと」
顎に指を当て、わざとらしく考えるふりをして、
「……自己紹介とか、いる?」
「いります」
僕は即答。マクシミリアン殿下も無言で頷く。
少年は肩をすくめた。
「フィルウェン。フィルでいい。
精霊界と君たちの世界の境目の住人」
「案内役……ってことですか?」
「案内“人”じゃないけど、まぁそんな感じかな?」
軽口めいているが、声の奥に古さがある。
フィルがエリアスに近づき、じっと覗き込む。
「やっぱり。君、こっち側の光持ってる。
神子だね。……やっと来た」
ほんの一瞬、孤独の影がその瞳をかすめた。
すぐに軽い笑みで隠されるけれど。
「精霊王セラフィエルが、君たちを待ってる。
……でも今は駄目」
マクシミリアン殿下が眉を寄せる。
「なぜだ」
フィルは指先をパッと鳴らし、二人の胸元に視線を落とす。
「鍵が足りない。
君たちの世界の“根”から力を連れてこなきゃ」
僕が思わず喉を鳴らす。
「根……?」
「ルヴァニエールの神護のリング。
君の家のほうで、代々守られてるでしょ?」
僕は目を見開く。
マクシミリアン殿下が肩をたたく。
「エリアス、知っているのか?」
「……多分。ルヴァニエール王家に伝わる、女神のリング。
……兄さまに、頼まなきゃ」
フィルはふっと微笑む。
「うん。君の大事な世界の“願い”を連れてきて」
そして、背を向ける。
「夕刻には帰れるよ。時間なんて、気にしなくていい」
振り返り、からかうように片目をつむる。
「──だって君たち、こっち側の人なんだから」
風がそよぎ、光の粒が舞った。
⸻
次の瞬間、視界が淡く揺らぎ──
僕たちは魔導師長の部屋に戻る。
老人はわくわくが止まらない顔で迎える。
「どうじゃった!? ほぉぉ!顔でわかるわい!!」
エリアスは息を整え、真剣な眼差しで言う。
「……兄さまに連絡を。ルヴァニエールのリングが必要です」
マクシミリアンが頷き、すぐに動き出す。
「陛下に許可を取り、急使を」
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物語は静かに、そして確かに軌道を変えていった。
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