当て馬だった公爵令息は、隣国の王太子の腕の中で幸せになる

蒼井梨音

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当て馬にされた公爵令息は、隣国の王太子と精霊の導きのままに旅をします

祈り満ちる街④

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僕たちが精霊界から戻ってきて、人々の生活が変わった、て言っていた。
僕は見てみたかったんだ。
マクシミに城下に行きたいって、
僕はあんまり街歩きとかしたことなくて。
そしたら一緒に出かけてくれるって。

そして、僕たちは今、城下の小さな教会に来た。

午後の光が斜めに差し込み、人々のざわめきから少し離れた、古びた石の教会。
中は静かだった。
祭壇の前に老神官が一人、疲れた様子で祈っている。
跪く人影も、二人ほどしかいない。

僕はゆっくりと歩む。
ゆるやかに揺れる淡い色のワンピース、
白い花の飾りが陽の光を受けて柔らかく輝く。

マクシミは僕の少し後ろで、護衛らしからぬ、恋人のような距離感で付き添う。
視線は周囲を警戒しているようで…
時折、僕の横顔に吸い寄せられている。


「こ、これを僕が着るんですか」
見るからの貴族の女の子の着るワンピース。
「城下に出るんだ、エリアスだってわかったらまずいだろう」
「マ、マクシミはどうするんですか?」
「私は君の護衛ってことでいいだろう」
マクシミはいたずらっぽく笑った。


マクシミのボソッとした呟きが聞こえる。
(……本当に、可愛い)

僕はひざまずいて、両手を胸の前で組んだ。
その瞬間、教会の空気が変わった。

静謐。
そして、すっと風が吹き込んだような——
扉は閉じているのに。

光の粒がふわ、と舞った。
祭壇の蝋燭が揺れて、影が伸びる。

老神官が、目を見開いた。

「……精霊…? 光の精霊……!?」

白く透き通る小さな羽根のような光が、僕の肩と髪に触れている。
淡い金の光が後ろから僕はを縁取るように満ちていく。

祈りの言葉は、誰にも聞こえない。
けれど、その場にいた全員が悟った。

“神聖な祈りが、届いている”

ーー女の子にしか見えない儚い姿の少年が、世界に祝福の光を呼んでいる——

その事実が、空間を震わせた。

後ろでマクシミが、胸を押さえてそっと笑む。
「……やはり、君は奇跡だ」

信徒の一人が震えながら呟く。
「……天使……?」

僕はそっと祈りを終え、立ち上がる。
光はひとつひとつ、霧のように消えていく。

教会を振り返ると、澄んだ気持ちで、まるで、祈りの余韻がそのまま宿っているような——。

マクシミは自然と手を差し出した。
僕は、迷いなく手を取る。

「……いきましょう、マクシミ」

護衛とは思えない親密さ。
けれど誰も、止められない。
この二人の手の繋ぎ方には、信仰を蘇らせるほどの真実があるだから。


教会を出ると、石畳の路地に陽がのびていた。
風に揺れる花小径、遠くから子どもたちの笑い声、
パン屋から漂う甘い香り。

僕の手を離す気などさらさらない、というように、マクシミは自然に指を絡めて歩く。

「……あんまり、堂々と繋ぎっぱなしだと、怪しまれないの?」
「護衛として、あとは、迷子防止です」
「子ども扱いしないでよ、僕、もう大人だよ」

「子どもではなく、愛しい人の安全確保です」

僕は耳まで赤くなるのがわかる。
けれどつないだ手は、ひとつも離れようとしない。


そのまま二人で歩いて行って、入ったのは、花屋の隣にある、木造のこぢんまりとした菓子店。

マカロンと小さな焼き菓子。
白桃のタルト。
甘い香りに、目が輝いてしまう。

マクシミは、そんな僕の様子を楽しむように微笑んだ。

「好きなだけ食べていい」
「……子ども扱いですよ」
「違う。君の嬉しそうな顔が好きなだけだ」
「……マクシミは、いつもずるいです」

ぷい、と横を向くふりをする。
けれど、フォークは素直にタルトを差し込む。

一口、ふわりと目を細める。
「……幸せ、です」

その言葉に、マクシミはまるで自分が祝福されたように目を緩めた。

そして、さりげなく——
タルトのクリームを指で拭って、エリアスの口元に触れる。
「ついていた」
「……わざとでしょ」

「見惚れていたせいで気づくのが遅れました」
僕はまた耳まで真っ赤になる。

が、次の瞬間——
僕が祈りのような微笑む。
「……こういう時間、いつか子どもたちにも見せたいですね」
マクシミは静かにうなずく。

「安心して歩ける世界にしよう。誰も、愛を隠さなくていい世界を」

僕たち二人の間に、未来の約束のような沈黙が落ちた。





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