当て馬だった公爵令息は、隣国の王太子の腕の中で幸せになる

蒼井梨音

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当て馬にされた公爵令息は、隣国の王太子と精霊の導きのままに旅をします

祈り満ちる街⑤

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露店が並ぶ通りに出た。

花、香草、ガラス細工、彫飾、……
そして色とりどりの髪飾り。

ひとりの店主が、僕に気づき首をかしげる。
「お嬢さん、……あんた、綺麗な光を纏ってるねぇ……」

マクシミの手がそっと、僕の腰に回る。
周囲から見れば優雅な婚約者に見える距離感——
本人は護衛のつもりだけど、これじゃ完全に彼氏面だ。

僕は髪飾りをひとつ手に取る。
白い花に、薄金の葉。
どこか聖堂の彫刻を思わせる品。

「……似合う」
マクシミリがひと言、小さく囁く。
それは市場の喧騒を溶かすほど、柔らかな声音だった。
「つけてみる?」

僕はつい頬を染める。
けれど首をこくんと傾けて、無防備に髪を差し出す。
マクシミは指先でそっと、耳の横の髪に触れた。
一束をすくい、花飾りを留める。

その仕草は、祈りに似ていた。

「……完璧だ」
「マクシミ。……恥ずかしいです」

「誇りなさい。君は美しい」

声が真剣すぎて、余計に照れる。

通りすがりの少年がぽつり。
「なぁ、あのひとたち、恋人かな?」
妹がうっとりした顔で答える。
「妖精さまが恋してるんだよ、きっと」

僕の肩がぴくりと跳ねる。
マクシミは満足げに笑う。

「……さて、次はどこへ行こうか。甘いものはもう少し食べられる?」

「……ええ。あなたと一緒なら、いくらでも」

その声は、春の風のようにやわらかかった。


露店を抜けた先で、ひとりの子どもが転んで泣いていた。
まだ五歳くらいの少女。
擦りむいた膝から、かすかに血がにじむ。

僕はすぐにしゃがみ込む。
「大丈夫かな……?」
静かな声で、祈りのように静かで優しい声。

少女は顔を上げて、涙の中でエリアスの金の瞳を見て、ぽかんとする。
「……おねえさま……?」

「っ……!」
僕は、女の子の格好をしているので否定できない。
マクシミは背中を向けて肩を震わせて笑いを堪えている。

「え、ええと……転んじゃったんですね。痛かったでしょう?」
「うん……」

僕はそっと小さな手を包む。
微かな光が指先から広がり、傷がふっと癒えていく。

少女は目を丸くした。

「……すごい……! 妖精さんなの?」

僕は困って微笑む。
否定しようとしたとき、

「妖精姫さまだな」
マクシミが真顔で言った。

「護衛の私がそばにいる。安心していい」

「えっ、いつの間にそんな設定!?」
僕は小声で抗議するが—

少女はきらきらした目で僕に花を差し出した。
「これ、おねえさまに!」
小さな野の花の花束。
僕は胸にぎゅっとそれを抱えた。

「……ありがとう。とても嬉しいです」
少女はぴょんぴょん跳ねて、母親のもとへ走っていった。


二人が歩き出すと、
道の先で衛兵が慌ただしく声をかけ合っている。

「王太子殿下を見かけたという者がいてな!
付近を警戒せねば!」

ピタッ

僕とマクシミ、同時に停止。
僕は小声で囁く。
「……マクシミ、誰かに見られた?」
「安心しろ。目撃されたのは“夫の溺愛オーラ”だけだ」

「それが一番危ないと思います……」

衛兵がこちらに向かった瞬間、
マクシミは僕の肩を抱き寄せて方向転換。
「行くぞ」
「ちょ、近いよ……!」
「恋人同士だからな」

「護衛設定じゃなかった……?」
「今は“絶対に連れ去られたくない愛しい恋人を守る男”だ」
「そんな設定いつ……!」

しかしその必死さが妙に心地よくて、僕は小さく笑った。

二人てわ路地裏へ滑り込み、物陰に身を隠して衛兵が通り過ぎるのを待つ。

そのとき——
マクシミは、他人の視線が無いのを確認して、そっと僕の頬に触れる。

「……危機は去ったな」
「……うん」

そして、至近距離。
「……ちょっと、ドキドキしました」
「私もだ。まるで罪を犯しているようだ」

「どんな罪ですか?」
「君を独り占めしている罪だよ」

「っ……だからそういう……」
言い終わる前に、マクシミが僕の耳元で囁く。

「誰にも見られていない。……いいな?」
その声音は甘く、熱を帯び—
優しく、短く、触れるだけの口付け。

唇が離れた瞬間、柔らかな光が
ふたりの指先からふわりと立ち昇った。

精霊界の祝福の余韻のように。

僕は頬を染めながら、それでも、手をぎゅっと握り返す。

「……帰りましょう。
式典が、僕たちを待っています」

「ああ。行こう、我が光(ミル・リュミエール)」

人混みへ戻るふたり。
けれど、手は離さない。

片手に小さな紙袋——
焼き菓子と、淡い白花の髪飾り。
僕は胸にそっと抱えながら歩き出した。

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