当て馬だった公爵令息は、隣国の王太子の腕の中で幸せになる

蒼井梨音

文字の大きさ
141 / 182
当て馬にした僕が、当て馬にされた御子さまに救われ続けている件

結婚式と小さな旅②

──今日という日は、奇跡のような日だ。

王城の鐘が、朝の空気を震わせた。
澄んだ青空の下、王都は祝祭のような活気に満ちている。
人々の声、花の香り、優しいざわめき──
すべてが、今日のために整えられているかのようだった。

侍女に衣装を整えられながら、
僕は静かに目を閉じる。

思えば、自分が王太子と結ばれる未来など、想像したことがなかった。

身分が違う。
分をわきまえなければならない。
諦めるのが当然だ──そう思っていた。

だが運命は残酷で、
――そして優しかった。

完璧な「当て馬」として現れたエリアス様。
利用する形で、彼の心を踏みにじってしまった過去。
そこから始まった苦しみと、罪の重さ。

アンドリュー様もまた、自分の弱さと向き合い、
二人で、同じ痛みを抱えて旅をした。
悔い、赦し、そして成長する長い長い道のり。

今日という日は、「終わり」ではなく
ようやく掴んだ「始まり」なんだと思う。

侍女たちが下がり、静かになった部屋で、僕は胸の前でそっと指を組んだ。
手首のブレスレットが、エリアス様の祈りを思わせる。

扉がノックされる。

「ジュリアン。……迎えに来た」

振り返ると、式の衣装に身を包んだアンドリュー様が立っていた。
柔らかく微笑むその姿は、かつての冷たさとはまるで違う。

「アンディ様……今日は、やけに優しい顔してます……」

「当然だろう」
アンドリュー様は近づくと、微笑みを浮かべながら僕の頬にそっと触れた。
「長いこと、君を待っていた」

胸がじんと熱くなる。

「……僕も。……あなたの隣に戻るまで、ずっと遠回りをした気がします」

「その間に、強くなったな」
アンドリュー様は優しく額を重ねる。
「君が誇らしいよ、ジュリアン」

僕たちは静かに見つめ合い──
短く、ぎゅっと抱きしめ合った。


式場へ向かう廊下には花弁が敷き詰められ、
陽光が反射して、淡く揺れる光の粒が漂っている。

民衆の歓声が遠くから聞こえ、
扉の向こうでは司祭と王族、貴族たちが待っている。

アンドリュー様が手を差し出す。

「行こう。……夫としての最初の一歩だ」

「はい。あなたとなら、どこへでも」

手を繋いだ瞬間、二人のブレスレットが微かに光る。
エリアス様の祈りがそっと寄り添うようだった。

扉が開かれ、光の中へ。


式は、誰もが息を呑むほど美しかった。

誓いの言葉を交わすたびに
僕の心は静かに満たされていく。

──これでようやく、あなたの隣に立てる。

アンドリュー様の瞳はただ一人、僕だけを映していた。

王都の人々が歓声を上げ、祝福の鐘が大きく鳴り響く。

僕は微笑んだ。
今日という日を、きっと一生忘れないだろう。



――だが、その祝福の最中。

式場の外から、
ばさばさ、と羽ばたくような音が聞こえた。

次いで、警備兵の険しい声。

「……何だ? 今の影は……」
「鳥か? いや、違う……魔物か?」

人々のざわつきが波紋のように広がる。

僕は振り返り、曇り始めた空を見上げた。

まるで祝福の光に混ざって、
黒い影がそっと忍び寄るような──
そんな予感が、胸をかすめた。

アンドリュー様が僕の肩に手を置く。

「大丈夫だ。何があっても、私が守る。君はもう一人じゃない」

その言葉に、僕は小さく頷いた。

祝祭の鐘は鳴り続ける。
しかし空の高みでは、小さな揺らぎが生まれていた。

二人の未来には、まだ越えるべき障壁がある。
だが、二人なら必ず乗り越えられる──
そんな確かな絆が、この日の証だった。


感想 0

あなたにおすすめの小説

お飾りの妻として嫁いだけど、不要な妻は出ていきます

菻莅❝りんり❞
ファンタジー
貴族らしい貴族の両親に、売られるように愛人を本邸に住まわせている其なりの爵位のある貴族に嫁いだ。 嫁ぎ先で私は、お飾りの妻として別棟に押し込まれ、使用人も付けてもらえず、初夜もなし。 「居なくていいなら、出ていこう」 この先結婚はできなくなるけど、このまま一生涯過ごすよりまし

虐げられた前王の子に転生しましたが、マイペースに規格外でいきます!

竜鳴躍
ファンタジー
気が付いたら転生していました。 でも王族なのに、離宮に閉じ込められたまま。学校も行けず、家庭教師もつけてもらえず、世話もされず。社交にも出られず。 何故なら、今の王様は急逝した先代の陛下……僕の父の弟だから。 王様夫婦には王子様がいて、その子が次期王太子として学校も行って、社交もしている。 僕は邪魔なんだよね。分かってる。 先代の王の子を大切に育てたけど、体が弱い出来損ないだからそのまま自分の子が跡を継ぎますってしたいんだよね。 そんなに頑張らなくても僕、王位なんていらないのに~。 だって、いつも誰かに見られていて、自分の好きなことできないんでしょ。 僕は僕の好きなことをやって生きていきたい。 従兄弟の王太子襲名の式典の日に、殺されちゃうことになったから、国を出ることにした僕。 だけど、みんな知らなかったんだ。 僕がいなくなったら困るってこと…。 帰ってきてくれって言われても、今更無理です。 2026.03.30 内容紹介一部修正

愛され方を教えて

あちゃーた
BL
主人公リハルトは自分を愛さなかった元婚約と家族のために無惨に死んだ…はずだった。 次に目が覚めた時、リハルトは過去に戻っていた。 そこは過去のはずなのにどこかおかしくて…

転生したようだけど?流れに身を任せていたら悪役令息?として断罪されていた――分からないまま生きる。

星乃シキ
BL
発作の後に目覚めたら、公爵家嫡男の身体だった。 前世の記憶だけを抱えたまま生きるレイは、ある夜、男の聖女への嫌がらせの罪で断罪される。 だが図書室の記録が冤罪を覆す。 そしてレイは知る。 聖女ディーンの本当の名はアキラ。 同じ日本から来た存在だった。 帰りたい聖女と、この身体で生きるレイ。 秘密を共有した二人は、友達になる。 人との関わりを避けてきたレイの人間関係が、少しずつ動き始める。

美人なのに醜いと虐げられる転生公爵令息は、婚約破棄と家を捨てて成り上がることを画策しています。

竜鳴躍
BL
ミスティ=エルフィードには前世の記憶がある。 男しかいないこの世界、横暴な王子の婚約者であることには絶望しかない。 家族も屑ばかりで、母親(男)は美しく生まれた息子に嫉妬して、徹底的にその美を隠し、『醜い』子として育てられた。 前世の記憶があるから、本当は自分が誰よりも美しいことは分かっている。 前世の記憶チートで優秀なことも。 だけど、こんな家も婚約者も捨てたいから、僕は知られないように自分を磨く。 愚かで醜い子として婚約破棄されたいから。

【2部開始】人質5歳の生存戦略! ―悪役王子はなんとか死ぬ気で生き延びたい!冤罪処刑はほんとムリぃ!―

ほしみ
ファンタジー
「え! ぼく、死ぬの!?」 前世、15歳で人生を終えたぼく。 目が覚めたら異世界の、5歳の王子様! けど、人質として大国に送られた危ない身分。 そして、夢で思い出してしまった最悪な事実。 「ぼく、このお話知ってる!!」 生まれ変わった先は、小説の中の悪役王子様!? このままだと、10年後に無実の罪であっさり処刑されちゃう!! 「むりむりむりむり、ぜったいにムリ!!」 生き延びるには、なんとか好感度を稼ぐしかない。 とにかく周りに気を使いまくって! 王子様たちは全力尊重! 侍女さんたちには迷惑かけない! ひたすら頑張れ、ぼく! ――猶予は後10年。 原作のお話は知ってる――でも、5歳の頭と体じゃうまくいかない! お菓子に惑わされて、勘違いで空回りして、毎回ドタバタのアタフタのアワアワ。 それでも、ぼくは諦めない。 だって、絶対の絶対に死にたくないからっ! 原作とはちょっと違う王子様たち、なんかびっくりな王様。 健気に奮闘する(ポンコツ)王子と、見守る人たち。 どうにか生き延びたい5才の、ほのぼのコミカル可愛いふわふわ物語。 (全年齢/ほのぼの/男性キャラ中心/嫌なキャラなし/1エピソード完結型) ※無断利用をお断りします

悪役令息の兄って需要ありますか?

焦げたせんべい
BL
今をときめく悪役による逆転劇、ザマァやらエトセトラ。 その悪役に歳の離れた兄がいても、気が強くなければ豆電球すら光らない。 これは物語の終盤にチラッと出てくる、折衷案を出す兄の話である。