世紀末新鋭霊滅隊 ― 巨大女郎蜘蛛アリアドネ掃討戦 ―

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プロローグ

点滅する巨大繭

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 ブリーフィングルームは、かつて地下鉄の分電室だった。剥き出しの配電盤が咳き込むように火花を散らし、壁に貼られたロドリネ市街の様相は、蜘蛛の巣状の赤いラインで上書きされている。かつて栄えていたころの栄華は微塵も感じられない。巨大ビル群は割れた窓、傾いたビルの間を赤い蜘蛛の巣が覆い、月明かりに映え悪魔の輝きが辺りを包み込む。
 この荒廃し荒れ果てた土地を取り戻すべく奮闘する組織があった。その名を霊滅隊(Spirit Slayer Corps,SSC)。  
 黒い外套の男が立った。彼の名はダグラス=ジョイルマン長官。霊滅隊の最高司令官にして、霊滅隊の指揮を執る権利を握る男。此度も奴らからこの都市を取り戻すべく乗り込んだ次第だ。
 「作戦名単語赤繭(レッド・コクーン)」と、長官。滑らかな声は冷却水の流れのようで、どこにも感情の段差を作らない。「目標は中枢ロドリネ・聖都街区、女王個体の巣核。突入、標識付与、切除、撤退。――以上だ」

 壁側の折りたたみ椅子に、膝をぶら下げるように座っていたのはローヤフウカだ。身長は百四十五センチ。肩幅より長い黒髪を一つに束ね、顎を上げて長官を見上げる。小柄な影は軽いが、備え付けの武装ラックから外した《霊葬》二式餓狼は、彼女の身体よりも長く刀身は青く輝き周りを魅了する。
「了解。あたいが糸を断ち切ってくるよ」
 気取った敬語は彼女には似合わない。言い切る声は意外なほど明るく、廃墟に入る前の子どもが長靴を選ぶみたいに軽快だった。
 その隣。椅子の背もたれに背骨をまっすぐ貼り付けたまま、表情を動かさないのがタグラス=クシェルである。灰色の瞳。紙の刃のような薄い唇。よくフウカにはチアノーゼかぁ?と突っ込まれている。
(痛い。胃だ。だが痛みは顔に出す筋肉ではない)
 内側にだけ言葉を流し、彼は端末を開いた。遠距離支援火器《ESP-19 長距離偏向投射機》の動作ログ――微細な遅延がある。気付いた瞬間、胃袋がひときわ固く縮む。
(大丈夫だ。許容範囲。呼吸、三拍で整えて……視線は正面、眉間を広げる。表情は“平坦”。)

「タグラス、支援経路は東回廊でいいか」長官の視線が、無機質な関心だけを運んでくる。
「問題ありません」クシェルは即答した。声帯だけが完璧に訓練された機械のように動き、内側の臆病さを覆い隠す。
 長官は小さく頷くと、フウカへ顔を向けた。
「近距離に出血性の酸霧が展開される。おまえの二式には新しい“祝詞弾”を装填した。
 発射後、祈文を途中で切るな。切れば、切られた祈りが真っ先におまえを食う」

「おっかねえ忠告どうも。あたい、約束は守る女さ」
 フウカはにかっと笑い、刃先の鈍いナイフで爪を軽く弾いた。「なぁ、クシェル。あんたの遠眼は頼りにしてる。あたいが近くで暴れるから、気配が薄くなったところを抜いて」

 「了解した」
(頼るな、ではない。頼られるのが怖いのだ)
 クシェルは胸腔の奥に言葉を沈め、視線だけを武器棚に滑らせる。近距離戦闘用の刃は並んでいる。
だが彼は一瞥ののち、手を伸ばさなかった。刀は胃痛に悪い。近接はいつだって、死が顔の距離に来る。

出発合図のサイレンが鳴る。
 天井の照明が一度、深海のように暗く沈み、次の瞬間、白色の閃光が配管の汗を連続的に輝かせる。
「十五分後、上昇路を通って地上へ。」ダグラス長官は背を向けた。
「もし帰還したら、記録官に全部話せ。奴らの情報をできるだけ集めるのだ。

 フウカは肩をすくめる。「帰って酒で良くない?」
「娯楽は二つあっていい」長官は扉の向こうへ消え、残響だけがコンクリートに刺さっては溶けた。
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