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1.空から舞い降りた聖女
しおりを挟む――――三年前、日本
そこは、朝日の昇る平和な日本。平凡な商社マンの父と趣味で占いをしている母の元に、兎本莉奈は生まれた。高校三年生十八歳。大学受験を控えて部活も引退し、勉学に力を入れていこうと焦るそんな時期。
「お母さーん、私のうさぎ、どこ?」
バタバタと階段から慌てて降りてきた莉奈に、キッチンで朝食の準備をしていた母親が振り返った。
「うさぎ?」
「うさぎのパンツ!」
莉奈のお気に入りの下着で、気合いを入れる時に必ず着用する勝負下着なのだ。今日本で流行っている黒うさぎのキャラクターで、見た目はうさぎのくせに何故か中身は地球侵略をもくろむ宇宙人であり、虎のキャラと二匹で地球へやってきた。でも実際はサイズが手のひらサイズで地球侵略なんて出来なくてペットとして飼われてしまうというブラックジョークが効いた設定がウケて、グッズなどは手に入りにくいぐらいの人気だ。
本日は模試があり、ゲン担ぎでお気に入りのパンツを履いて行こうと昨夜から準備をしていた。しかし、目覚めていざ着替えようとしたら置いていた場所から無くなってしまっていた。
母親は興味なさそうに皿にサラダを盛りつけながら答える。
「お母さんが知ってるわけないでしょ~……。あ、もしかして枕元に置いていたやつ?やだ、てっきり洗濯に出し忘れたのかと思って、洗濯カゴに入れたわよ」
「もぉ~!」
母の勝手な勘違いに、莉奈は頬を膨らませて洗濯カゴの置いてある洗面所へと向かった。母の言葉通り、洗濯カゴの一番上に、黒うさぎのイラストが描かれた下着が置いてあるのを見つける。洗われる前でよかった、と莉奈はそれを手に取った。
瞬間。莉奈の足元に突如円形の光が、ぶわりと輝いた。
――――――――――え!?
突然のことに恐怖で身体が硬くなって、ぎゅう、と握りしめたパンツに力を込める。そのまま、光は一気に目をあけていられないくらいの眩さになると、莉奈の存在ごと世界を覆った。
どれくらい時間が経ったのかわからないが、莉奈は光の収まった感覚に恐る恐る瞼を開き、驚愕する。先ほどまで、確かに一軒家である我が家の洗面所にいたはずだ。
けれど今、自分の視界を埋めるのは青々と生い茂る巨大な木々。頭上を見上げれば、雲一つない快晴と共に、燦燦と太陽の光が地上に降り注いでいる。
まるで人工的に作られたかのような、密集する木々の中にぽっかりと円形に空いた小さな空間に、莉奈は佇んでいた。
「何……これ……。ここ……どこ……?」
夢でも見ているのだろうか?と思ったが、不意にそよりと吹いた風を肌に感じて、現実だと思い至る。
じわり、と言い知れぬ不安が這い上がってきて。心細さに小さく父と母を呼ぶ。けれど、静寂の森は何も反応を返さない。
嘘でしょ……?一体何が……
家の洗面所にいたら、突然光に包まれて森の中へ飛ばされた、なんて荒唐無稽な話……聞いたことがない。さらに、家にいたから森で過ごすような装備は何も持っていない。高校の制服と、パンツだけだ。足も裸足で、地面の草と土の感触を感じる。
あ、そうだ。パンツ……せめて履かないと……
さすがに履いてないままは気持ちが悪い、と思って下着を握りしめていたはずの右手を見るも、そこには何もなかった。驚いて思わず落としてないかと後ろを振り返った時。
先ほどまでは誰もいなかったそこに、一人の青年が立っていた。
見事なブロンドの髪に、通った鼻筋ときりりとあがった意志の強そうな眉。彫りの深い顔は西洋人に近く、完璧な黄金比の左右対称。しっかりとした胸板を感じられる体躯に、すらりと長い手足と九頭身を思わせる小さな頭。そして、その瞳は、光の角度によって肉食獣を思わせるような不思議な金褐色をしていた。
まるで、海外のモデルか何かと見間違うような端正な顔と長身、ファンタジー世界の騎士が着ているような服装だ。白い詰襟に、肩には金糸の刺繍が刺された長いマントが靡いている。
こんな綺麗な人、初めて見た……
思わず莉奈が見惚れていると、ぱさりとその青年の頭の上に何かが落ちた。何だろう?と視線をそちらに向けて、愕然とした。
「あ……、あー……!」
莉奈が思わず奇声をあげる中、青年は真顔のまま頭に乗ったそれを掴んだ。
そう、それは紛れもなく、莉奈のお気に入りの黒うさぎのパンツだ。あんな綺麗な男の人に、自分の子供っぽいキャラクターもの下着を掴まれるなんて、死にたい!と思わず蒼白になる。
彼がパンツだと認識する前に取り返そうと手を伸ばしたその時。
突風が、吹いたのだった―――。
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