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10.浄化の儀式
しおりを挟む翌日、リナリアは自分にあてがわれた宿屋の一室で目が覚めた。身体はさっぱりとしており、新しい夜着を着ている。
おそらく、あのまま気を失うように眠ってしまったリナリアを、フィグルドが身綺麗にしてくれた上で、部屋まで運んでくれたのだろう。
まだ昨夜の感触が身体のあちこちに残っていて、リナリアは恥ずかしさに布団から出られなかった。
すると、コンコンと扉がノックされたので慌てて寝台から降りようとして、身体を起こして足を床につけたが、腰に力が入らず、ぺちゃりと床に座り込んでしまった。
「おーい、リナリア、今日は町へ調味料を見に行きたいって言ったのお前だろ。いつまで寝てんだ」
扉の向こうから声をかけてきたのは、ディーだ。確かに、昨日のお昼間、この町の市場に行ってみたいのでついてきてほしいという話をしたのを覚えている。
だけど昨夜の名残で、リナリアは立ち上がれそうになくて、困ってしまった。返事をあまり長い間しないと心配してディーが部屋に入って来てしまう。そして今の状況を見られてしまうのは非常に気まずい。何故立ち上がれなくなったのかと聞かれて、うまく言い訳が出来る気がしない。
ひとまず本日は部屋で過ごしたいと伝えるには、何て答えればいいだろうと窮していると。
「ディー、リナリア様は具合が悪いようだから、本日は休養にあてる」
扉の向こうから聞こえてきたバリトンボイスに、どきりと心臓が跳ねた。
「あ……?風邪でもひいたか?」
なんの疑いもなく、ディーがフィグルドに尋ねている。きしきしと床板を踏み鳴らしながら、声の主であるフィグルドが近づいてくるのがわかる。
「あぁ。俺は書類仕事が溜まっている。今日の身辺警護を代わろう。すまないが、ディーは周辺の偵察に回ってくれ」
聖女には常に一人、ないし二人の警護がつく。基本的には隣の部屋で待機し、聖女が出かけたいといえば随行するような形だ。
「ん~……。わかった。今日はリナリアが元居た世界のカレー?とか言うの作ってくれるはずだったから楽しみにしてたけど……具合悪いなら仕方ねぇか。ノエスと精の付きそうなもんでもついでに取ってくるわ」
ディーは少し残念そうに言うと、団長であるフィグルドからの命令を了承して、階下へと降りて行った。
なんとなく息を詰めて気配を殺していたリナリアは、ディーの気配が消えたことにほっと一息をつく。それから、改めて扉を一枚隔てたそこに彼がいると思うと、うるさいくらい鼓動が早まっていく。
「……開けても?」
潜めた声に、リナリアは何故か逆らえず、「はい」と答えてしまった。カチャリと扉が開き、昨夜とは違い、聖騎士の制服をかっちりと着こみ綺麗に髪を整えた、いつもの見目麗しいフィグルドが顔を出す。
まるで、昨夜のことなど何もなかったかのようなその佇まいに、なんだか自分ばかりが意識しているのではないか、とリナリアは居た堪れなくなって俯く。フィグルドは部屋に入ると扉を閉め、床に座り込んでいるリナリアに近づくと、その体をひょいと抱き上げて寝台へ戻した。
「す、すみません……」
緊張で身体を硬くし、恐縮して謝るリナリアに、フィグルドは淡々と答える。
「謝ることはありません。身体は大丈夫ですか?」
(様子を見に来てよかった……初めての彼女に、やりすぎてしまったからな……)
「あ、その……力が、は……入らなくて」
初めてのリナリアは、何故自分が腰を抜かしてしまっているかの理由まで思い至ってないようだ。ただ、昨夜の余韻で身体が思うように動かせないことは理解している様子が伺える。
「本日の予定は全てキャンセルしましょう。お腹は空いていませんか?」
提案されて、リナリアはそこでやっと空腹に気付く。素直にそれを伝えると、フィグルドは一つ頷いて消化にいいものを後で侍女に持ってこさせます、と口にする。
それから、本日は身体を休めることをリナリアに言い含めると、軽く聖騎士達それぞれの予定を報告すると、サイドテーブルに一冊の本を置いた。
「この世界の、児童書です。読みやすいので、もし寝ているだけに飽いたらお読みください」
本の表紙には、可愛らしい女神様と五神のイラストが描かれている。おそらく、神様たちがモチーフの物語なのだろうことが察せられる。
「あ、ありがとうございます」
お礼を告げると、リナリアはいよいよ何を話せばと慌て始めるが、フィグルドは用事は終えたとばかりに、すぐ部屋を出て行ってしまった。
あんなことがあったのに、あまりにもあっけない元通りの態度に、リナリアはつきりと胸が痛んだ。
あんなこと……?
あれだけの美貌の聖騎士様だもの……もしかしたら、彼にとって大したことじゃなかったのかもしれない……
自分にとっては最大級の勇気と覚悟をこめた初めての夜だったけれど、彼にとってはきっとそうじゃない。
なんなら……もしかしたら聖女の欲求不満を解消する役割も聖騎士は担ってるとか……ないよね?
何故自分があんなことをしたか聞いてこない彼に、そんな邪推をしてしまう。あまりにも下世話な想像に、リナリアはぶんぶんと頭を振った。ひとまず忘れないうちに、と引き出しにしまっていた手記を取り出すと、昨夜の出来事を書き留めた。
「無の力」の初めての行使。その代償は一部の記憶の消失だという。けれど目覚めたリナリアに、違和感はさほどない。
一部って言うから、気づけないほど小さな部分なのかな?そう考えると、そんなに実害はないのかもしれない
能力関係なく、人間は自分に起きた全ての事柄を覚えていられるわけではない。それなら、普通に年月が経って忘れてしまうようなことと、さほど違いはないのかもしれない。
なんて思いながら、リナリアは手記を書き終えて閉じると、せっかくだから、とフィグルドが持ってきてくれた児童書を手にとった。その時、ぱさり、と本の下から落ちてきたものに、目線がいく。
「……これ……」
それは綺麗に洗濯された「黒うさぎのパンツ」
フィグルドがわざわざ持ってきてくれて、さらにリナリアに羞恥を感じさせないために本の下に隠して戻してくれたことを理解して、胸がきゅっとなる。
リナリアは黒うさぎのパンツをぎゅっと握りしめると羞恥にじたばたと身悶えた。
うぅ……この手慣れた感じ……絶対あの人モテる……
自分の思考に再び落ち込んでしまったが、ひとまず明日からまた浄化を再開せねばならない。気鬱を払うように児童書を読む方へと意識を向けようとした。しかし、ふと気になるのはやはり彼のことだ。
あれ……?そういえば……向こうの世界の下着なんて彼は初めて見たはずなのに、何故あの時、脱がせ方を知っていたのだろう。
この世界での女性の下着は、両腰で布を結ぶタイプだ。こんなゴムの入った下着など見たことがないはず?
うーん……ま、あの状況でそんなところ気にしなかっただけよね……きっと……
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