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12-3.
しおりを挟む驚いて、扉を開けようとノブを掴んだが鍵がかかっていて開くことはできない。壊して入るべきか一瞬迷っていると、すぐにバタバタとこちらへ中から駆けてくる気配がして、扉が開いた。
飛び出してきたリナリアは、フィグルドの姿を見て、一瞬目を見開き、それからあからさまに安堵した表情に変わる。
彼女はずっと、怪我をした自分を心配してくれていた。その思いに触れて、胸が締め付けられる。
(……抱きしめたい)
同時に湧き上がる衝動に気づかない振りをして、フィグルドは「失礼、取り込み中でしたか?」と尋ねる。リナリアは、勢いよく頭を振って。
「それより、もう歩いて大丈夫なんですか?」
自分のことよりもフィグルドの調子を心配して聞いてくる。サイアスに戻る途中は、さすがのフィグルドも安心させるために無理してリナリアに一度顔を見せただけで、その後は姿を見せなかった。だから、あれから顔を合わせるのは今回でやっと二回目だった。
「えぇ、もう大丈夫です」
安心させるようにしっかりと頷いて答える。
「ただ、リナリア様も旅の疲れが出たと伺ったので、旅程を少し調整しようかと」
そう、リナリアは一昨日サイアスについてすぐに熱を出して寝込んだ。今までの緊張と疲労が、一気に押し寄せたのだろう。昨日、一日中寝ていたおかげか、今は大分回復した。
「はい。あ、じゃぁ……」
リナリアが、すぃ、と扉の前から横にずれた。
フィグルドは一瞬、何故横によけられたのか考えてから、意図に気づく。
(……招かれている?)
彼女の私室ともいうべき部屋に、入ることを促されたことに心が浮き立つ。遠慮すべきか逡巡したが、彼女の期待する黒曜石の瞳に負けた。
(まぁ、病み上がりの彼女にずっと立たせて話を聞かせるのもよくないだろう……)
なんて心の中で言い訳をしながら、フィグルドは部屋へと足を踏み入れる。聖女を迎えるために常に調度品も美しく保たれているため、部屋の中は女性の好む可愛らしい内装をしている。
桃色の三人掛けのソファと、一人掛けのソファが並んでいて、奥につけられた扉はおそらく寝室へ続くものだとわかる。
リナリアがしきりにフィグルドを三人掛けの方へ誘導するので、大人しくそちらへ座ると、彼女は一人掛けの方に座った。
「次の国は風神ホークの守護するミーシュタット王国なのですが……」
言いながら、持ってきた地図をテーブルの上に広げた。興味深そうに、リナリアも地図を覗き込む。初めの頃はわけがわからなかった世界の構図も、シュリーエンでの浄化の旅により、聖騎士達との交流を通して、国というものに興味を持ったのだろう。
「ディーさんの国ですね?」
「ええ、そうです。渓谷が多く、常に風が吹いている。風車が止まることがないから、人には出来ない力仕事の動力源として利用し、鉱業が盛んです」
「へぇ……。水の都は農作業が盛んだったけど、国によって特徴があるんですね」
感心したように答える様子に、落ち込んでふさぎ込んでいないかと思っていたのは杞憂で終わってよかったと思う。
「興味ありますか?」
「うん……!あ、はい。浄化の旅が終わったら、セカンドライフを楽しもうと思って……」
初めて聞く単語に、フィグルドが首を傾げる。
「セカンドライフ?」
すると、リナリアは、あ、そうか、と言い直した。
「第二の人生です」
晴れやかな顔が目に眩しくて、どきりとする。
(つまりそれは、俺との結婚生活のことか……。もうそんな先のことを考えてくれているんだな)
なんて幸福な気持ちになりながら、フィグルドが尋ねる。
「リナリア様は、暖かい気候と寒い気候どちらがお好きですか?」
「んん!難しいなぁ。日本……私のいたところには四季があってね。寒いのも暑いのも、暖かいのも肌寒いのも一年通して体感できたから……」
懐かしそうに語るその横顔は穏やかで、フィグルドの気持ちも温かく照らす。
「でも一番好きなのは、春かな?暑くなる少し前の、過ごしやすい……」
「あぁ、ではサイアスが最適ですよ。サイアスは気候が安定している。住む家は、好みはありますか?」
(二人で住むなら郊外の自然豊かな場所がいいか……。家は広くなくていいな。二人の距離が近づくような、黄色い屋根の二階建て……)
すっかりリナリアとの新婚生活を妄想しながら質問を重ねる。
「え?家ですか?そこまで考えてなかったです。ん~……」
悩み始めたリナリアが可愛らしくて、思わず観察するようにじっと見つめてしまう。フィグルドの熱い視線に気づくことなく、思いついた、と彼女はぱっと明るく笑った。
「あ!浄化の旅へ出発するパレードの馬車の中から見えた……黄色い屋根のお家みたいなのがいいです!二階建ての可愛らしい……」
「……いいですね」
(今すぐ結婚しよう)
喉まで出かかった言葉をなんとか飲み込んで答えたフィグルドの表情が、一ミリも変わらないのに、リナリアははしゃぎすぎたか、とぴたりと動きをとめて反省した。内心彼が、同じ好みだったことを喜んでいるなんて、リナリアには伝わらない。
「は、話を遮ってごめんなさい」
「いえ。この世界に興味を持っていただけただけで、幸いです」
(あとで時間があったら目ぼしい家を探しておこう)
なんてフィグルドが思っていることなど知らぬまま、リナリアは大人しく話を聞く体勢を改めて整えた。
「出発は四日後、ミーシュタットへは馬車で三日ほどかかります。その間にディーとイサラが汚染状況と、最適な浄化地点を割り出しているでしょう」
「浄化地点?」
「えぇ、闇雲に浄化を行っても効果が薄いところと、効果が強く出るところがあります。我々は事前に効果が高い地点を割り出し、効率よくまわることで、最短で闇神フォグを抑え込むことを計画しております」
フィグルドの説明に、リナリアは以前に聞いた、早く浄化を進めなければ、浄化したところが再び汚染される危険性の話を思い出した。
なるほど、聖騎士達は、ただ安全を確保するだけでなく、この世界のことを何も知らない聖女のために効果の高い場所や順路を考えだしてくれているのか。
うまく出来ている、と感心してしまう。
リナリアはこの旅で見た雄大な自然を脳裏に思い浮かべ、思わずぽつ、と呟いた。
「この旅が終わったら……」
(この旅が終わったら……)
「世界を回る旅もいいなぁ」
(新婚旅行は各国を回ろう)
楽しそうに思いを馳せるリナリアが可愛くて愛しくて、フィグルドはタイガーアイをわずかに細めて頷いた。
「ええ、いいですね」
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