拝啓、聖騎士様。もうすぐ貴方を忘れるから離縁しましょう

花虎

文字の大きさ
31 / 80

12-3.

しおりを挟む



 驚いて、扉を開けようとノブを掴んだが鍵がかかっていて開くことはできない。壊して入るべきか一瞬迷っていると、すぐにバタバタとこちらへ中から駆けてくる気配がして、扉が開いた。

 飛び出してきたリナリアは、フィグルドの姿を見て、一瞬目を見開き、それからあからさまに安堵した表情に変わる。

  彼女はずっと、怪我をした自分を心配してくれていた。その思いに触れて、胸が締め付けられる。

(……抱きしめたい)
 
同時に湧き上がる衝動に気づかない振りをして、フィグルドは「失礼、取り込み中でしたか?」と尋ねる。リナリアは、勢いよく頭を振って。
 
「それより、もう歩いて大丈夫なんですか?」
 
自分のことよりもフィグルドの調子を心配して聞いてくる。サイアスに戻る途中は、さすがのフィグルドも安心させるために無理してリナリアに一度顔を見せただけで、その後は姿を見せなかった。だから、あれから顔を合わせるのは今回でやっと二回目だった。
 
「えぇ、もう大丈夫です」
 
安心させるようにしっかりと頷いて答える。

「ただ、リナリア様も旅の疲れが出たと伺ったので、旅程を少し調整しようかと」
 
そう、リナリアは一昨日サイアスについてすぐに熱を出して寝込んだ。今までの緊張と疲労が、一気に押し寄せたのだろう。昨日、一日中寝ていたおかげか、今は大分回復した。
 
「はい。あ、じゃぁ……」
 
リナリアが、すぃ、と扉の前から横にずれた。

 フィグルドは一瞬、何故横によけられたのか考えてから、意図に気づく。
 
(……招かれている?)
 
 彼女の私室ともいうべき部屋に、入ることを促されたことに心が浮き立つ。遠慮すべきか逡巡したが、彼女の期待する黒曜石の瞳に負けた。
 
(まぁ、病み上がりの彼女にずっと立たせて話を聞かせるのもよくないだろう……)
 
なんて心の中で言い訳をしながら、フィグルドは部屋へと足を踏み入れる。聖女を迎えるために常に調度品も美しく保たれているため、部屋の中は女性の好む可愛らしい内装をしている。

 桃色の三人掛けのソファと、一人掛けのソファが並んでいて、奥につけられた扉はおそらく寝室へ続くものだとわかる。

 リナリアがしきりにフィグルドを三人掛けの方へ誘導するので、大人しくそちらへ座ると、彼女は一人掛けの方に座った。

「次の国は風神ホークの守護するミーシュタット王国なのですが……」
 
 言いながら、持ってきた地図をテーブルの上に広げた。興味深そうに、リナリアも地図を覗き込む。初めの頃はわけがわからなかった世界の構図も、シュリーエンでの浄化の旅により、聖騎士達との交流を通して、国というものに興味を持ったのだろう。
 
「ディーさんの国ですね?」
「ええ、そうです。渓谷が多く、常に風が吹いている。風車が止まることがないから、人には出来ない力仕事の動力源として利用し、鉱業が盛んです」
「へぇ……。水の都は農作業が盛んだったけど、国によって特徴があるんですね」
 
感心したように答える様子に、落ち込んでふさぎ込んでいないかと思っていたのは杞憂で終わってよかったと思う。
 
「興味ありますか?」
「うん……!あ、はい。浄化の旅が終わったら、セカンドライフを楽しもうと思って……」

初めて聞く単語に、フィグルドが首を傾げる。

「セカンドライフ?」

すると、リナリアは、あ、そうか、と言い直した。

「第二の人生です」
 
晴れやかな顔が目に眩しくて、どきりとする。

(つまりそれは、俺との結婚生活のことか……。もうそんな先のことを考えてくれているんだな)
 
なんて幸福な気持ちになりながら、フィグルドが尋ねる。

「リナリア様は、暖かい気候と寒い気候どちらがお好きですか?」
「んん!難しいなぁ。日本……私のいたところには四季があってね。寒いのも暑いのも、暖かいのも肌寒いのも一年通して体感できたから……」
 
 懐かしそうに語るその横顔は穏やかで、フィグルドの気持ちも温かく照らす。
 
「でも一番好きなのは、春かな?暑くなる少し前の、過ごしやすい……」
「あぁ、ではサイアスが最適ですよ。サイアスは気候が安定している。住む家は、好みはありますか?」
 
(二人で住むなら郊外の自然豊かな場所がいいか……。家は広くなくていいな。二人の距離が近づくような、黄色い屋根の二階建て……)
 
すっかりリナリアとの新婚生活を妄想しながら質問を重ねる。

「え?家ですか?そこまで考えてなかったです。ん~……」
 
悩み始めたリナリアが可愛らしくて、思わず観察するようにじっと見つめてしまう。フィグルドの熱い視線に気づくことなく、思いついた、と彼女はぱっと明るく笑った。
 
「あ!浄化の旅へ出発するパレードの馬車の中から見えた……黄色い屋根のお家みたいなのがいいです!二階建ての可愛らしい……」
「……いいですね」
 
(今すぐ結婚しよう)

 喉まで出かかった言葉をなんとか飲み込んで答えたフィグルドの表情が、一ミリも変わらないのに、リナリアははしゃぎすぎたか、とぴたりと動きをとめて反省した。内心彼が、同じ好みだったことを喜んでいるなんて、リナリアには伝わらない。
 
「は、話を遮ってごめんなさい」
「いえ。この世界に興味を持っていただけただけで、幸いです」
 
(あとで時間があったら目ぼしい家を探しておこう)
 
なんてフィグルドが思っていることなど知らぬまま、リナリアは大人しく話を聞く体勢を改めて整えた。
 
「出発は四日後、ミーシュタットへは馬車で三日ほどかかります。その間にディーとイサラが汚染状況と、最適な浄化地点を割り出しているでしょう」
「浄化地点?」
「えぇ、闇雲に浄化を行っても効果が薄いところと、効果が強く出るところがあります。我々は事前に効果が高い地点を割り出し、効率よくまわることで、最短で闇神フォグを抑え込むことを計画しております」
 
 フィグルドの説明に、リナリアは以前に聞いた、早く浄化を進めなければ、浄化したところが再び汚染される危険性の話を思い出した。

 なるほど、聖騎士達は、ただ安全を確保するだけでなく、この世界のことを何も知らない聖女のために効果の高い場所や順路を考えだしてくれているのか。

 うまく出来ている、と感心してしまう。

 リナリアはこの旅で見た雄大な自然を脳裏に思い浮かべ、思わずぽつ、と呟いた。
 
「この旅が終わったら……」
 
(この旅が終わったら……)
 
「世界を回る旅もいいなぁ」
 
(新婚旅行は各国を回ろう)
 
楽しそうに思いを馳せるリナリアが可愛くて愛しくて、フィグルドはタイガーアイをわずかに細めて頷いた。
 
「ええ、いいですね」






しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

伯爵は年下の妻に振り回される 記憶喪失の奥様は今日も元気に旦那様の心を抉る

新高
恋愛
※第15回恋愛小説大賞で奨励賞をいただきました!ありがとうございます! ※※2023/10/16書籍化しますーー!!!!!応援してくださったみなさま、ありがとうございます!! 契約結婚三年目の若き伯爵夫人であるフェリシアはある日記憶喪失となってしまう。失った記憶はちょうどこの三年分。記憶は失ったものの、性格は逆に明るく快活ーーぶっちゃけ大雑把になり、軽率に契約結婚相手の伯爵の心を抉りつつ、流石に申し訳ないとお詫びの品を探し出せばそれがとんだ騒ぎとなり、結果的に契約が取れて仲睦まじい夫婦となるまでの、そんな二人のドタバタ劇。 ※本編完結しました。コネタを随時更新していきます。 ※R要素の話には「※」マークを付けています。 ※勢いとテンション高めのコメディーなのでふわっとした感じで読んでいただけたら嬉しいです。 ※他サイト様でも公開しています

愛しい人、あなたは王女様と幸せになってください

無憂
恋愛
クロエの婚約者は銀の髪の美貌の騎士リュシアン。彼はレティシア王女とは幼馴染で、今は護衛騎士だ。二人は愛し合い、クロエは二人を引き裂くお邪魔虫だと噂されている。王女のそばを離れないリュシアンとは、ここ数年、ろくな会話もない。愛されない日々に疲れたクロエは、婚約を破棄することを決意し、リュシアンに通告したのだが――

初恋をこじらせた騎士軍師は、愛妻を偏愛する ~有能な頭脳が愛妻には働きません!~

如月あこ
恋愛
 宮廷使用人のメリアは男好きのする体型のせいで、日頃から貴族男性に絡まれることが多く、自分の身体を嫌っていた。  ある夜、悪辣で有名な貴族の男に王城の庭園へ追い込まれて、絶体絶命のピンチに陥る。  懸命に守ってきた純潔がついに散らされてしまう! と、恐怖に駆られるメリアを助けたのは『騎士軍師』という特別な階級を与えられている、策士として有名な男ゲオルグだった。  メリアはゲオルグの提案で、大切な人たちを守るために、彼と契約結婚をすることになるが――。    騎士軍師(40歳)×宮廷使用人(22歳)  ひたすら不器用で素直な二人の、両片想いむずむずストーリー。 ※ヒロインは、むちっとした体型(太っているわけではないが、本人は太っていると思い込んでいる)

【R18】熱い夜の相手は王太子!? ~婚約者だと告げられましたが、記憶がございません~

世界のボボブラ汁(エロル)
恋愛
激しい夜を過ごしたあと、私は気づいてしまった。 ──え……この方、誰? 相手は王太子で、しかも私の婚約者だという。 けれど私は、自分の名前すら思い出せない。 訳も分からず散った純潔、家族や自分の姿への違和感──混乱する私に追い打ちをかけるように、親友(?)が告げた。 「あなた、わたくしのお兄様と恋人同士だったのよ」 ……え、私、恋人がいたのに王太子とベッドを共に!? しかも王太子も恋人も、社交界を騒がすモテ男子。 もしかして、そのせいで私は命を狙われている? 公爵令嬢ベアトリス(?)が記憶を取り戻した先に待つのは── 愛か、陰謀か、それとも破滅か。 全米がハラハラする宮廷恋愛ストーリー……になっていてほしいですね! ※本作品はR18表現があります、ご注意ください。

【完結】 君を愛せないと言われたので「あーそーですか」とやり過ごしてみたら執着されたんですが!?

紬あおい
恋愛
誰が見ても家格の釣り合わない婚約者同士。 「君を愛せない」と宣言されたので、適当に「あーそーですか」とやり過ごしてみたら…? 眉目秀麗な筈のレリウスが、実は執着溺愛男子で、あまりのギャップに気持ちが追い付かない平凡なリリンス。 そんな2人が心を通わせ、無事に結婚出来るのか?

「妃に相応しくない」と言われた私が、第2皇子に溺愛されています 【完結】

日下奈緒
恋愛
「地味な令嬢は妃に相応しくない」──そう言い放ち、セレナとの婚約を一方的に破棄した子爵令息ユリウス。彼が次に選んだのは、派手な伯爵令嬢エヴァだった。貴族たちの笑いものとなる中、手を差し伸べてくれたのは、幼馴染の第2皇子・カイル。「俺と婚約すれば、見返してやれるだろう?」ただの復讐のはずだった。けれど──これは、彼の一途な溺愛の始まり。

冷遇された妻は愛を求める

チカフジ ユキ
恋愛
結婚三年、子供ができないという理由で夫ヘンリーがずっと身体の関係を持っていた女性マリアを連れてきた。 そして、今後は彼女をこの邸宅の女主として仕えよと使用人に命じる。 正妻のアリーシアは離れに追い出され、冷遇される日々。 離婚したくても、金づるであるアリーシアをそう簡単には手放してはくれなかった。 しかし、そんな日々もある日突然終わりが来る。 それは父親の死から始まった。

貴方の✕✕、やめます

戒月冷音
恋愛
私は貴方の傍に居る為、沢山努力した。 貴方が家に帰ってこなくても、私は帰ってきた時の為、色々準備した。 ・・・・・・・・ しかし、ある事をきっかけに全てが必要なくなった。 それなら私は…

処理中です...