拝啓、聖騎士様。もうすぐ貴方を忘れるから離縁しましょう~履いてない!?聖女逃亡手記~

花虎

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27. 離縁しましょう

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 過去の意識から離脱したリナリアは、自分でも止められないほど涙が溢れていた。ぼろぼろと零れた雫が、フィグルドの胸元の服に吸い込まれていく。フィグルドは静かに涙を流し続けるリナリアを、ただただきつく抱きしめた。
 
「……すまない……」
 
 掠れた、絞り出すような声は、後悔と悔しさが滲む。
 
 ああ、やっとわかった
 何故、過去のリナリアがフィグルドと離縁しようとしたのか
 離縁状に綴られたあの言葉は、彼女の傷ついた心だった
 違うのに、そうじゃないのに
 フィグルドは貴方を心から愛していたからこそ、貴方を選んだのに
 自分のことなのに、何もできないもどかしさが胸を抉る

 パサリ、と手記が落ちる。二人は空中に浮いている形なので、床など存在しないはずなのに、手記は足元で開いて留まっている。過去の記憶を追体験するたび、認識できなかった文字が読めるようになっていく手記の言葉たち。

 そこにはたくさんの、リナリアと聖騎士―――フィグルドとの思い出が綴られている。

 開いたページは、彼女が離縁を決意した日のものだった。






 結婚式は、王国をあげて盛大に行われた。なんなら王都を馬車でパレードのように回ったりもした。沿道は民衆で溢れ、皆から笑顔で祝福を受けた。

 国王の前でフィグルドから妻にと望まれた時、リナリアは断らなかった。理由は明白で。ここまで命をかけて自分を守ってくれた彼の役目を全うする思いに、報いたかった。

 聖騎士となり、世界を救うことにその身を捧げた彼の……最後の献身を、完結させてあげたかった。

 そして世間が聖騎士と聖女の大恋愛の末の結婚、というロマンティックで幸せな結末を忘れた頃、彼とは離縁して自由にしてあげるのだ、と心に誓った。

 彼は役目という鎖から解き放たれ、リナリアはセカンドライフを一人で満喫できる。互いにとってこれ以上ない選択だ。

 結婚後、リナリアは「無の力」の発動条件のことを考えて、少し体調がすぐれないからと、夫婦の営みをやんわりと断った。

 フィグルドは無理強いせず、旅の疲れが出たのだろうと甲斐甲斐しく世話をしてくれた。

 あぁ、彼のこの優しさが、全て愛情からくるものだったらよかったのに
 
 責任感の強い彼の……義務と自己犠牲から成り立っているのだ、と突きつけられるたび、リナリアの心は傷ついていった。
 
新居は郊外にある黄色い屋根のこじんまりした二階建てのお家。小さなお庭付き。当然ながら、フィグルドは侯爵なので、王都に大きな邸を持ってはいるのだが、リナリアが安心して暮らせる環境を整えたい、と反対する親族をねじ伏せて、勝手に家を購入して二人で住まうことを決めてしまった。

 通いのお手伝いさんを一人雇って、日中は掃除や買い物の手伝いをしてもらう。夜は二人でキッチンに立って、一緒に料理をするのだ。

 リナリアのいた世界の料理を気に入ってくれて、自分にも教えてほしいと自らすすんで手伝ってくれた。

 もう夫婦なのだから、とフィグルドに請われて、互いの呼び方も愛称である「リナ」と「フィグ」に変えた。

 彼との新婚生活は、正直に言うと楽しくて笑顔が溢れていた。

 時折、聖騎士の皆が遊びにきては、部屋を荒らしていくのにフィグルドが憤慨したり、可愛いからと一目ぼれして買った二人掛けのアンティークソファに、ノエスが座って壊したり。

 リナリアは理由はどうあれ、好きな人と共にいれることを、今だけ思い切り堪能するのだ、と心に誓った。

朝、王城へ出仕する夫を見上げると、触れるだけの口づけが落ちてくる。
 
「今日は何をして過ごすんだ?」
 
いつもの日課の問いかけに、リナリアは笑顔になる。
 
「イサラとノエスが遊びに来てくれるって」
「ノエスもか。もう部屋の物を壊すな、と伝えておいてくれ」

 フィグルドが少し困った顔で眉を寄せた。さすがに一緒に暮らすと、彼のわずかな表情の違いがなんとなくわかるようになってきた。厳しい顔をしていても、あ、お腹すいているのかな?とか、リナリアの心の中で心理当てゲームが流行っている。

 ふふ、と自然と笑みがこぼれる。ノエスに対して滅多に怒らないフィグルドが、さすがにあの時は説教をしていて、その光景を思い出してしまった。

 はにかむリナリアに、幸せを感じたフィグルドが、再び唇を触れ合わせた。肌を重ねられない分、彼はたくさん口づけをくれる。優しく、時にきつく抱きしめてくれる。

 リナリアが、何度も勘違いしそうになるほどに。
 
「では、行ってくる」
 
 名残惜しそうにリナリアの頬に指先を滑らせた後、フィグルドは家を出た。その背中を見送って、リナリアはさて、と家の中へ視線を戻した。玄関を入ってすぐのところに飾られた暦が視界に入る。

 暦が、結婚してちょうど一年を示していた。

 昨夜、リナリアは夢を見た。

 もう見ることはないと思いかけていた、凶兆の夢を。

ひどい嵐の夜、氾濫する川に近所の子供が三人落ちてしまった、と助けを求めて住民が駆けこんでくる。フィグルドは、子供たちを助けるために、リナリアを家に残して嵐の中飛び出す。

 暴風雨と氾濫した川。雷の属性であるフィグルドにとって、相性は最悪ともいえた。しかもやらなければいけないのは、脅威を退けたり破壊することなどではなく、人命救助だ。だが、彼は迷うことなくその身一つで川へ飛び込んだ。そして溺れた子供を二人助けた。だが、最後の一人を助けようとしてその腕を掴んだ瞬間、嵐でなぎ倒された大木が上流から流れてきて、子供と彼に直撃した。

 彼は足の大腿部に大けがを負い、聖騎士の引退を余儀なくされた。残念なことに、最後の子供は大木の直撃により手を離してしまい、川に飲まれて救えなかった。

 この三回目の予知夢には、今までと決定的な違いがある。

 そう……おそらく覚えていない一回目も、覚えている二回目も、フィグルドは夢の中で確実に命を落とした。だが、今回は彼の「命」が助かる。

 だから、「無の力」を無理に発動させる必要はないのかもしれない。
 
 だけど、リナリアは知っている。彼が聖騎士としてどれだけその身を捧げてきたか。清廉潔白と真実に従い、人々を己が力で助け守るという矜持は、彼の生き方そのものだと。目の前で子供の命がその手から零れ落ちたことを、優しい彼がどれほど自身を責めるだろう……と。

「ちょうどいい、頃合いかもね」
 
暦を見つめながら、ぽつりと誰に聞かせるともなく呟いた。




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