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31-2.
しおりを挟む元々そう深さがある川ではない。普段なら子供でも足がつく程度だ。だが今は増水して、フィグルドの腰ぐらいの高さになってしまっている。通常、大人でもひざ下までの高さで水流が強ければ自由に動けず流されてしまう。
神の加護により身体能力も常人離れしているフィグルドだからこそ、この悪条件でも動けると言っていい。とはいえ、能力の相性の悪さや、子供達の体力の限界、視界の悪さを考えるとかなり状況は困難を極めている。
流されないために、一歩一歩足元を川底に固定するように横切り、岸に近い方の子供達の元へと進む。もどかしいが、自分が焦って流されれば、子供達は全員助からない。冷たい水と降り注ぐ雨が体温を奪っていく。子供の顔色が、すでに青白い。体温を奪われ、体力の限界が近づいていることが見てわかる。先ほどまで助けを呼んでいた小さな声も今は聞こえず、細い呼吸音だけだ。
……くそっ
リナリアのためにも、この予知夢を覆すと、誓っていた。子供達を全員助け、自分自身も無事に戻る。そうしたら、改めて彼女に求婚をするのだ。
自分の気持ちに嘘偽りや建前など存在しないことを、今度こそリナリアに示す。
焦る心を必死で落ち着かせ、ようやく比較的近い位置にいた子供二人の元へたどり着く。
「もう大丈夫だ」
声をかけながら、両腕で二人を抱え上げる。子供達は恐怖と安心から、フィグルドの首に両側からしがみついた。
けれど、その手は小さく震えていて、握力の限界がすでにきていたことを物語る。フィグルドがあと少し遅ければ杭から手は離れ、流されていただろう。
間一髪間に合ったことに、安堵しながら、フィグルドはちらり、ともう少し遠くで一人踏ん張っている少年へ視線を投げる。可能なら本当はこのままそちらへ向かった方がいいかもしれないが、いかなフィグルドとて、一気に子供を三人抱えることで、川の氾濫に飲み込まれる可能性は否定できない。予知夢通り、まずは確実にこの二人を親元へと届ける方が先決だ。
判断は一瞬だった。フィグルドは来たルートを慎重に戻って行く。やはりここでも、焦って流されないようにと細心の注意を払いながら。そうして見上げた岸には、腰にロープを巻き数珠繋ぎとなって準備ができた男性陣がこちらを見つめながら手を伸ばしている。
フィグルドの言いつけを守って、ギリギリのところで待機していた。ここで逸って、親の方が川に流されれば意味がない。それがいかに危険なことか理解して、子供を助けたい一心を抑えて協力してくれていることに感謝する。
なんとか岸の近くまでくると、手を伸ばす親に子供を受け渡す。フィグルドは岸にあがることなく、再び急流の中を戻った。
ぎり、と奥歯を噛み締める。一人残された少年は、もう瞼を閉じて意識を失っている。杭から手は離れていたが、辛うじて後ろの岩と木の杭の間でひっかかっているといった状況だ。
先ほどの二人の方よりも、岩場と木の間が狭いのがよかった。だが、打ち付けられる水圧に、すぐにでも攫われてしまいそうなことは変わりない。フィグルドは先ほどと同じく足場の確保をしながら少年の元へと急いだ。
ゴロゴロと、空が不気味に鳴っている。これからさらに、嵐が強まりそうな不吉な音に、岸にいる親たちは不安に震えた。
フィグルドがなんとか最後の一人の少年の元にたどり着く。抱き上げたその身体は意識がなく、ぐったりとしていた。水を大量に飲んだのかもしれない。早く岸へ連れていき、吐かせなければ危険だ。
リナリアの手記を思い出す。おそらく、自分はこの子供を助けることができなかったのだろう。
心の奥底が、冷えていく感覚がする。自分の腕の中で消えかけている小さな命の火が、零れ落ちていくようで、言い知れぬ恐怖を感じる。
どんなに姑息で、卑怯で、強い敵と相対しても、恐れなど感じない自分が……、この小さな命を救えないかもしれない現実に、手がかすかに震えている。
あぁ、君が力を行使しようと決意したのは……俺の弱さに気づいていたからか……
フィグルドは確かに常人とは違う。神の加護を受け、身体能力や魔法の力含めて、唯一無二の存在だ。
だが、自分は神ではない。持てる力には限界がある。
子供を助けられなかったことでおそらく俺は……己が聖騎士であることの存在意義を見失ってしまったのだ。
聖騎士として生きてきて、救えなかった命なんてそれこそ数えきれないほどある。カリーテ嬢の件にしてもそうだ。だが、こんな風に、自分の無力さを感じながら救いたい命を失うのは……おそらく聖騎士となってから初めてだったからではないか。
―――――愛するリナリアと結婚して、その幸福の中で万能感を感じていたのかもしれない
それは己の慢心ではないか。リナリアの手記は、そのことに気づかせてくれた。今一度、己と向き合い、聖騎士としての信念と、役目を全うする。
フィグルドは意識がほとんどない少年に声をかけ続けながら、岸へと一歩ずつ確実に近づいて行く。再び、男達が手を伸ばしてくれているのが見えた。
予知夢にはなかった住民の協力。それがなかったのは、フィグルドが自分なら子供達を助けられると思い込み、彼らの安全を優先し、協力を仰がなかった結果だ。
だが、予知夢を知る今ならわかる。助けを求めることは、弱さではない。協力を仰がないことが、彼らを守ることではない。
自分だけが背負えばいいものじゃない――――――――
ぴくり、と耳が今までとは違う水の流れの音を拾う。おそらく、嵐になぎ倒された巨木が川を下って迫っているのだと察した。
岸までは後3m。近いようで、今はひどく遠い距離。ここを焦って詰めようとすれば、おそらくバランスを崩して流され、巨木に二人ともやられてしまう。フィグルドは手を伸ばす男親に力の限り叫ぶ。
「受け止めてくれ!」
男親が意味を理解して頷いたのを確認すると、フィグルドは受け止めやすい角度を計算しながら、子供を空中へ放った。
どさり、と男親が放られた子供を受けた衝撃で後ろに倒れ込む。フィグルドが息を飲んでその様子を見守っていると、ゆっくりと彼は起き上がり、子供をしっかりと抱きかかえたまま、親指を立てた。
無事だというサインに、フィグルドが一気に体内の息を吐き出した。その時。
ごぅっ
耳をつんざくような轟音と共に、目の前に巨木が壁のように現れた。
「――――――!!」
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