拝啓、聖騎士様。もうすぐ貴方を忘れるから離縁しましょう~履いてない!?聖女逃亡手記~

花虎

文字の大きさ
72 / 80

31-2.

しおりを挟む



 元々そう深さがある川ではない。普段なら子供でも足がつく程度だ。だが今は増水して、フィグルドの腰ぐらいの高さになってしまっている。通常、大人でもひざ下までの高さで水流が強ければ自由に動けず流されてしまう。

 神の加護により身体能力も常人離れしているフィグルドだからこそ、この悪条件でも動けると言っていい。とはいえ、能力の相性の悪さや、子供達の体力の限界、視界の悪さを考えるとかなり状況は困難を極めている。

 流されないために、一歩一歩足元を川底に固定するように横切り、岸に近い方の子供達の元へと進む。もどかしいが、自分が焦って流されれば、子供達は全員助からない。冷たい水と降り注ぐ雨が体温を奪っていく。子供の顔色が、すでに青白い。体温を奪われ、体力の限界が近づいていることが見てわかる。先ほどまで助けを呼んでいた小さな声も今は聞こえず、細い呼吸音だけだ。

 ……くそっ
 
リナリアのためにも、この予知夢を覆すと、誓っていた。子供達を全員助け、自分自身も無事に戻る。そうしたら、改めて彼女に求婚をするのだ。

 自分の気持ちに嘘偽りや建前など存在しないことを、今度こそリナリアに示す。

 焦る心を必死で落ち着かせ、ようやく比較的近い位置にいた子供二人の元へたどり着く。
 
「もう大丈夫だ」
 
声をかけながら、両腕で二人を抱え上げる。子供達は恐怖と安心から、フィグルドの首に両側からしがみついた。

 けれど、その手は小さく震えていて、握力の限界がすでにきていたことを物語る。フィグルドがあと少し遅ければ杭から手は離れ、流されていただろう。

 間一髪間に合ったことに、安堵しながら、フィグルドはちらり、ともう少し遠くで一人踏ん張っている少年へ視線を投げる。可能なら本当はこのままそちらへ向かった方がいいかもしれないが、いかなフィグルドとて、一気に子供を三人抱えることで、川の氾濫に飲み込まれる可能性は否定できない。予知夢通り、まずは確実にこの二人を親元へと届ける方が先決だ。

 判断は一瞬だった。フィグルドは来たルートを慎重に戻って行く。やはりここでも、焦って流されないようにと細心の注意を払いながら。そうして見上げた岸には、腰にロープを巻き数珠繋ぎとなって準備ができた男性陣がこちらを見つめながら手を伸ばしている。

 フィグルドの言いつけを守って、ギリギリのところで待機していた。ここで逸って、親の方が川に流されれば意味がない。それがいかに危険なことか理解して、子供を助けたい一心を抑えて協力してくれていることに感謝する。

 なんとか岸の近くまでくると、手を伸ばす親に子供を受け渡す。フィグルドは岸にあがることなく、再び急流の中を戻った。

 ぎり、と奥歯を噛み締める。一人残された少年は、もう瞼を閉じて意識を失っている。杭から手は離れていたが、辛うじて後ろの岩と木の杭の間でひっかかっているといった状況だ。

 先ほどの二人の方よりも、岩場と木の間が狭いのがよかった。だが、打ち付けられる水圧に、すぐにでも攫われてしまいそうなことは変わりない。フィグルドは先ほどと同じく足場の確保をしながら少年の元へと急いだ。

 ゴロゴロと、空が不気味に鳴っている。これからさらに、嵐が強まりそうな不吉な音に、岸にいる親たちは不安に震えた。

 フィグルドがなんとか最後の一人の少年の元にたどり着く。抱き上げたその身体は意識がなく、ぐったりとしていた。水を大量に飲んだのかもしれない。早く岸へ連れていき、吐かせなければ危険だ。

 リナリアの手記を思い出す。おそらく、自分はこの子供を助けることができなかったのだろう。

 心の奥底が、冷えていく感覚がする。自分の腕の中で消えかけている小さな命の火が、零れ落ちていくようで、言い知れぬ恐怖を感じる。

 どんなに姑息で、卑怯で、強い敵と相対しても、恐れなど感じない自分が……、この小さな命を救えないかもしれない現実に、手がかすかに震えている。
 
 あぁ、君が力を行使しようと決意したのは……俺の弱さに気づいていたからか……

 フィグルドは確かに常人とは違う。神の加護を受け、身体能力や魔法の力含めて、唯一無二の存在だ。

 だが、自分は神ではない。持てる力には限界がある。

 子供を助けられなかったことでおそらく俺は……己が聖騎士であることの存在意義を見失ってしまったのだ。

 聖騎士として生きてきて、救えなかった命なんてそれこそ数えきれないほどある。カリーテ嬢の件にしてもそうだ。だが、こんな風に、自分の無力さを感じながら救いたい命を失うのは……おそらく聖騎士となってから初めてだったからではないか。
 
 ―――――愛するリナリアと結婚して、その幸福の中で万能感を感じていたのかもしれない

 それは己の慢心ではないか。リナリアの手記は、そのことに気づかせてくれた。今一度、己と向き合い、聖騎士としての信念と、役目を全うする。

 フィグルドは意識がほとんどない少年に声をかけ続けながら、岸へと一歩ずつ確実に近づいて行く。再び、男達が手を伸ばしてくれているのが見えた。

 予知夢にはなかった住民の協力。それがなかったのは、フィグルドが自分なら子供達を助けられると思い込み、彼らの安全を優先し、協力を仰がなかった結果だ。

 だが、予知夢を知る今ならわかる。助けを求めることは、弱さではない。協力を仰がないことが、彼らを守ることではない。
 
 自分だけが背負えばいいものじゃない――――――――

ぴくり、と耳が今までとは違う水の流れの音を拾う。おそらく、嵐になぎ倒された巨木が川を下って迫っているのだと察した。

 岸までは後3m。近いようで、今はひどく遠い距離。ここを焦って詰めようとすれば、おそらくバランスを崩して流され、巨木に二人ともやられてしまう。フィグルドは手を伸ばす男親に力の限り叫ぶ。
 
「受け止めてくれ!」
 
男親が意味を理解して頷いたのを確認すると、フィグルドは受け止めやすい角度を計算しながら、子供を空中へ放った。

 どさり、と男親が放られた子供を受けた衝撃で後ろに倒れ込む。フィグルドが息を飲んでその様子を見守っていると、ゆっくりと彼は起き上がり、子供をしっかりと抱きかかえたまま、親指を立てた。

 無事だというサインに、フィグルドが一気に体内の息を吐き出した。その時。
 
 ごぅっ
 
耳をつんざくような轟音と共に、目の前に巨木が壁のように現れた。
 
「――――――!!」
 



しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

『完結・R18』公爵様は異世界転移したモブ顔の私を溺愛しているそうですが、私はそれになかなか気付きませんでした。

カヨワイさつき
恋愛
「えっ?ない?!」 なんで?! 家に帰ると出し忘れたゴミのように、ビニール袋がポツンとあるだけだった。 自分の誕生日=中学生卒業後の日、母親に捨てられた私は生活の為、年齢を偽りバイトを掛け持ちしていたが……気づいたら見知らぬ場所に。 黒は尊く神に愛された色、白は"色なし"と呼ばれ忌み嫌われる色。 しかも小柄で黒髪に黒目、さらに女性である私は、皆から狙われる存在。 10人に1人いるかないかの貴重な女性。 小柄で黒い色はこの世界では、凄くモテるそうだ。 それに対して、銀色の髪に水色の目、王子様カラーなのにこの世界では忌み嫌われる色。 独特な美醜。 やたらとモテるモブ顔の私、それに気づかない私とイケメンなのに忌み嫌われている、不器用な公爵様との恋物語。 じれったい恋物語。 登場人物、割と少なめ(作者比)

乙女ゲームの世界に転移したら、推しではない王子に溺愛されています

砂月美乃
恋愛
繭(まゆ)、26歳。気がついたら、乙女ゲームのヒロイン、フェリシア(17歳)になっていた。そして横には、超絶イケメン王子のリュシアンが……。推しでもないリュシアンに、ひょんなことからベタベタにに溺愛されまくることになるお話です。 「ヒミツの恋愛遊戯」シリーズその①、リュシアン編です。 ムーンライトノベルズさんにも投稿しています。

洞窟ダンジョン体験ツアー案内人役のイケメン冒険者に、ラッキースケベを連発してしまった私が患う恋の病。

待鳥園子
恋愛
人気のダンジョン冒険ツアーに参加してきたけど、案内人のイケメン冒険者にラッキースケベを連発してしまった。けど、もう一度彼に会いたいと冒険者ギルド前で待ち伏せしたら、思いもよらぬことになった話。

『魔王』へ嫁入り~魔王の子供を産むために王妃になりました~【完結】

新月蕾
恋愛
村の人々から理由もわからず迫害を受けていたミラベル。 彼女はある日、『魔王』ユリウス・カルステン・シュヴァルツに魔王城へと連れて行かれる。 ミラベルの母は魔族の子を産める一族の末裔だった。 その娘のミラベルに自分の後継者となる魔王の子を産んでくれ、と要請するユリウス。 迫害される人間界に住むよりはマシだと魔界に足を踏み入れるミラベル。 個性豊かな魔族たちに戸惑いながらも、ミラベルは魔王城に王妃として馴染んでいく。 そして子供を作るための契約結婚だったはずが、次第に二人は心を通わせていく。 本編完結しました。 番外編、完結しました。 ムーンライトノベルズにも掲載しています。

【R18】熱い夜の相手は王太子!? ~婚約者だと告げられましたが、記憶がございません~

世界のボボブラ汁(エロル)
恋愛
激しい夜を過ごしたあと、私は気づいてしまった。 ──え……この方、誰? 相手は王太子で、しかも私の婚約者だという。 けれど私は、自分の名前すら思い出せない。 訳も分からず散った純潔、家族や自分の姿への違和感──混乱する私に追い打ちをかけるように、親友(?)が告げた。 「あなた、わたくしのお兄様と恋人同士だったのよ」 ……え、私、恋人がいたのに王太子とベッドを共に!? しかも王太子も恋人も、社交界を騒がすモテ男子。 もしかして、そのせいで私は命を狙われている? 公爵令嬢ベアトリス(?)が記憶を取り戻した先に待つのは── 愛か、陰謀か、それとも破滅か。 全米がハラハラする宮廷恋愛ストーリー……になっていてほしいですね! ※本作品はR18表現があります、ご注意ください。

義姉の身代わりで変態侯爵に嫁ぐはずが囚われました〜助けた人は騎士団長で溺愛してきます〜

涙乃(るの)
恋愛
「お姉さまが死んだ……?」 「なくなったというのがきこえなかったのか!お前は耳までグズだな!」 母が亡くなり、後妻としてやってきたメアリー夫人と連れ子のステラによって、執拗に嫌がらせをされて育ったルーナ。 ある日ハワード伯爵は、もうすぐ50になる嗜虐趣味のあるイエール侯爵にステラの身代わりにルーナを嫁がせようとしていた。 結婚が嫌で逃亡したステラのことを誤魔化すように、なくなったと伝えるようにと強要して。 足枷をされていて逃げることのできないルーナは、嫁ぐことを決意する。 最後の日に行き倒れている老人を助けたのだが、その人物はじつは……。 不遇なルーナが溺愛さるまで ゆるっとサクッとショートストーリー ムーンライトノベルズ様にも投稿しています

世界で1番幸せな私~イケメン御曹司の一途で情熱的な溺愛に包まれて~

けいこ
恋愛
付き合っていた彼に騙され、借金を追った双葉。 それでも前を向こうと、必死にもがいてた。 そんな双葉に声をかけてくれたのは、とてつもなくイケメンで、高身長、スタイル抜群の男性―― 常磐グループの御曹司 常磐 理仁だった。 夢みたいな展開に心は踊るのに…… 一途に愛をくれる御曹司を素直に受け入れられずに、双葉は離れることを選んだ。 つらい家庭環境と将来の夢。 そして、可愛い我が子―― 様々な思いが溢れ出しては絡まり合う複雑な毎日。 周りとの人間関係にも大いに悩みながら、双葉は愛する人との幸せな未来を手に入れることができるのか…… 松雪 双葉(まつゆき ふたば)26歳 ‪✕‬ 常磐 理仁(ときわ りひと)30歳

ただの政略結婚だと思っていたのにわんこ系騎士から溺愛――いや、可及的速やかに挿れて頂きたいのだが!!

藤原ライラ
恋愛
 生粋の文官家系の生まれのフランツィスカは、王命で武官家系のレオンハルトと結婚させられることになる。生まれも育ちも違う彼と分かり合うことなどそもそも諦めていたフランツィスカだったが、次第に彼の率直さに惹かれていく。  けれど、初夜で彼が泣き出してしまい――。    ツンデレ才女×わんこ騎士の、政略結婚からはじまる恋のお話。  ☆ムーンライトノベルズにも掲載しています☆

処理中です...