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32.フォルティアーナ聖騎士団
しおりを挟む巨木が自分に迫ってくるのが、まるでスローモーションのように感じた。急流のために素早い身動きがとれず、避けることも出来ない。
このまま受け止めるしかない、と覚悟を決めたフィグルドの耳に不意に届いた、聞こえるはずのない愛しい人の声。
「フィグぅうううう!」
轟音を裂くようなその声と同時に、フィグルドの前に一気に土壁が盛り上がって水をせき止めた。驚愕に視線を声の方へ向けると、暴風雨の中、ノエスに抱きかかえられたリナリアの姿が――――あった。
では、この土壁はノエスの魔法か、と理解すると同時に。
「ぼーっとしないでよ……!団長!」
普段ぼそぼそとしか喋らないイサラの強く張り上げた声が聞こえ、水流の勢いが弱まった。そのことによって身体の自由が戻り、声のした逆側の対岸を見れば、イサラが両腕を川へ向けて歯を食いしばっている。彼の身体は青白く光り、魔法発動の粒子を溢れさせていた。
いかなイサラとて、氾濫した川そのものを自在に操るのは難しい。つまり、この水流の弱まりは一時的なものだ。すぐにそう判断して、フィグルドはざぶざぶと岸ではなく川の中央へと進み出た。
「おぅ、わかってんじゃねーか」
頭上から落ちてくる声に見上げれば、荒れ狂う空の中に浮かぶディーがいた。その顔はシニカルな笑みを浮かべていて、フィグルドのことを試すようにまっすぐ見つめている。
彼の言いたいことが、自分と同じ思いだとわかって、すぐに視線を前方へと戻す。
巨木を見過ごせば、このまま下流にある町へ多大な被害を出すかもしれない。だから、フィグルドの出した決断は早かった。
「イサラ!」
フィグルドが叫ぶと、イサラは限界だと魔法を解いて、後ろに倒れ込んだ。同時に、川の水の勢いが戻り、鉄砲水のように一気に動き出した。ノエスの作った土壁を、巨木と共にいとも簡単に貫いて、加速していく。
「ディー!」
次にディーの名を叫ぶと、彼もまた眼下の川へ向かって手を伸ばした。風を操り、巨木がまっすぐにフィグルドに向けてコントロールする。
フィグルドは両足を肩幅まで開き、わざと地面にめり込ませるために力をかける。ノエスの土魔法が、補助するようにフィグルドの足を川底の土で固定した。
拳を腰の位置で固め、迫りくる巨木をひたと睨みつけたまま、口を開く。
「エカルラート……わかっているな?」
「もう、雨の日に私を外に引っ張り出すなんて、高くつくからね!」
倒れたイサラの横に、仁王立ちで現れる燃えるような深紅の髪をした青年がいた。
彼のいつもの軽口に思わず口角をあげると、目の前に迫った巨木に向かって一度深く腰を落とした。鉄砲水そのままの勢いで、巨木がフィグルドに向かって突っ込んでくる。
フィグルドは照準を合わせると思い切り、拳を突き上げた。
どおぉおおおおおっ
その突き上げに、巨木が高く宙に浮く。そしてほぼ同じタイミングで、空が真白の雷光を縦に走らせた。
ガラガラガラガラッ
空を割るような音が轟き、巨木は雷撃に真っ二つに裂かれる。一瞬後、巨木を焼く炎が生まれ、エカルラートがその勢いを魔法で増幅させると、一気に燃え上がった。
まるで花火のごとく赤い炎が真っ暗な夜を煌煌と照らした。だがそれも瞬く間、地面に落ちる頃には消えて、消し炭となった灰が雪のようにぱらぱらと川の上に降り注いだ。
ふらり、と力が抜けて傾いだフィグルドの身体を、ノエスの土壁が受け止める。
そうだ、まだ終わりじゃない。リナリアの元に、帰り、その顔を見て無事を伝えなければ。フィグルドは最後の力を振り絞って、皆の助けを得ながら岸へと戻る。
そして、川からあがったフィグルドに、ノエスから降りたリナリアが駆け寄ってくる。そのまま自分の胸に飛び込んでくる冷えた身体をきつく、きつく抱きしめて。
耳元ではっきりと伝える。
「ただいま」
「……おか……、おかえりなさい……」
雨が降りしきっていてもわかるくらい、リナリアの顔は涙でぐちゃぐちゃだ。フィグルドはそんなリナリアが愛おしくて、愛おしくて、たまらなくて。
感情が溢れるまま、言葉を紡いだ。
「君が好きだ。出会った時から。ずっとずっと恋焦がれている。俺が聖騎士だからではない。ただ、一人の男として、君に選ばれたい」
「……え……?」
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