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32-2.
しおりを挟むリナリアの瞳が、ゆっくりと見開かれる。
ずっと君に思いが通じているものだと思っていた自分は、はっきりと君に告げたことがなかったのだ、と。
フィグルドは少しだけ身体を離すと、リナリアの顔を覗き込んだ。この思いが嘘偽りないと伝えるように、目線を合わせる。
リナリアの涙が止まり、黒曜石の瞳が動揺に揺れた。震える唇が、まるで独白のように零す。
「そんな、嘘だぁ……」
口の中だけで発せられた小さな声も、フィグルドの耳にははっきりと届く。
「嘘なものか。君が思うほど、俺は聖人君子じゃない。好きな女の子に迫られれば浮かれもするし、思いが通じたのだと勘違いもする」
「せ、迫ってなんか……」
リナリアの青白かった頬に、さっと朱が差す。
恥ずかしさで視線をきょろきょろとうろつかせるのが可愛らしくて、思わず衝動的に口づけようと顔を寄せたら。
「おい、いちゃつく前に言うことがあるだろ」
ディーの苛立った突っ込みが頭上から降って来た。そのことにより我に返ったリナリアが、迫っていたフィグルドの顔を両手でぺしん、と防いで、慌ててそちらに視線を向ける。
「あ……、あ……!ディー、ありがとう!ノエスも、イサラも、エカルラートも!」
名を呼ばれて、少し離れたところで控えていたノエスと、対岸にいるイサラ、エカルラートがにんまりと笑った。
リナリアに口づけを拒否された挙句、意識が他の聖騎士に向いてしまったことにフィグルドは思いきり不満そうに眉間に皺を寄せた。この段階でも、彼はリナリアを抱きしめる腕を解こうとしない。解いてしまったら、彼女が逃げてしまうことを恐れているかのように。
「そもそも何故、お前たちがここにいるんだ?」
助けにかけつけた恩人たちに対して、フィグルドの声がひどく不満を募らせていて、四人は吹き出すのを堪えている。
一人リナリアだけが、何か誤解を与えてしまったか、と慌てて代わりに答えた。
「あのね……!昨日、ノエスとイサラが遊びに来てくれた時に、お願い……したの……。助けて欲しいって……」
その言葉だけで、わかった。彼女も、この皮肉な運命を覆すことを、諦めていなかったのだ、と。
自分と同様に、無の力以外での解決を、心の底では望んでいてくれたのだ、と。
同時に、フィグルドの頭の中に、「予知夢を覆せなかった時間軸」の記憶が入り込んでくる。フィグルドに関する記憶を失くしたリナリアとの出会い、過去の試練を受け、彼女のあまりにも過酷な決断の日々を見たことを。
そこで、全てを理解した。
自分が何故、彼女の手記を見つけることが出来たのか。
自分が何故、運命に逆らおうと必死になったのか。
「はは……。君も不確定要素を持っていたわけか」
フィグルドは脱力するように、ぽすりとリナリアの頭に自分の額をつけた。
「……君も?」
小首を傾げたリナリアの頬に手を添えて、目を細める。
「予知夢を覆すための鍵だ」
「……え……」
何故それを、とリナリアの唇が微かに動く。彼女にとって、予知夢はフィグルドが知らないことのはずだったからだ。
フィグルドはリナリアを抱きしめたまま、空中に向かって声をかけた。
「どうせ覗いているんだろう、レプス、ティガー」
呼びかけに応えるように、突然、暴風雨の景色が真っ白の空間へと飲み込まれる。そこには、フィグルドとリナリアだけが存在した。河川敷も、救助した子供とその親も、聖騎士達もいない。
二人の前に、ふわりと羽のような軽さで、女神レプスが雷神ティガーを伴って降臨する。
『よくぞ試練を乗り越えた。小さき者達よ』
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