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33-2.
しおりを挟む二人だけの寝室に、淡いオレンジ色の灯りが灯る。
神の空間は、どうやら時を止めていたらしく、消えると同時に二人は嵐の中、岸に立っていたが、まわりの時間は何も変わっていなかった。
助けにそれぞれの王国から駆けつけてくれた聖騎士達に感謝を伝え、ひとまず子供達の無事を確認した後、二人は家に帰ることにした。
イサラはどうせならリナリアの家に泊まっていくと駄々をこね、彼女も迷惑をかけたからと皆を家に誘った。だが、リナリアの後ろでフィグルドの目が三白眼になっているのを察して、エカルラート達はイサラを引きずるように王城へと連れて帰って行ったのだった。
サイアス王国の王城には、フォルティアーナ聖騎士団の執務室と共に、彼らが来国した際に泊まれる自室がきちんとそれぞれ与えられている。この嵐の中また王国に戻るのは大変なので、今夜は泊っていくことにしたようだ。
激しい嵐はまだ止まない。がたがたと強い風が家を叩くように吹いている。
だけどもう、心細くも、怖くもない。
リナリアは、ずっと怖かった。嵐の中、フィグルドを送り出してから、ノエス達が迎えにくるまで。
部屋の灯りもつけずソファの上でブランケットに包まって丸まっていた。息をすることすら、罪深いと感じるような孤独と共に。こうしている間に、フィグルドは大けがを負うかもしれない。子供を救えなかったことに絶望するかもしれないと考えるたび、怖くて、彼を救えなかった自分が情けなかった。
恐怖に押し潰されそうになって、一人でもフィグルドの元へ向かおうと決心し、立ち上がったその時。
扉がノックされて、ノエスとイサラが、ディーとエカルラートも連れて嵐の中、姿を現した。
彼ら四人が揃う姿は、予知夢にはなかった。覆せない凶兆の夢を見る時、同時にあらゆる手段を講じても無駄だったという事実も突きつけてくる。だが、聖騎士がこの嵐の夜に現れる姿は、夢の中で展開されなかった。
だから最初、ノエス達に助けを求めつつも、おそらくこの出来事には他の聖騎士達が関われない前提なのだろうと思って、「無の力」を行使することを決意したのだ。
「無の力」の行使がうまくいかなかった時の保険でかけたノエス達へのSOSが、現実となった。つまり……リナリア自身の動きが予知夢に存在しなかった出来事を作り出したことに気づいた。わずかな希望の光に、リナリアは自分も現場へ連れていってほしいと懇願した。
共に来たディーには足手まといだと言われたし、イサラには危険だと訴えられたが、必死で食い下がった。
最後はノエスの「俺が、団長に代わって守る」という一言と、エカルラートの「フィグちゃん意外と単純だからリナリアちゃんみたら元気出すわよ」という軽いトークに、ディーとイサラがしぶしぶながら折れた。
そして、その言葉通り、フィグルドはリナリアを見た途端生きる活力を取り戻したし、聖騎士団としての見事な連携を見せ、街を守ったのだ。
覆せないはずの予知夢を、フィグルドとリナリア、仲間たちで覆した。
そしてリナリアをさらに驚かせたのは、フィグルドからの愛の告白だった。求婚したのは、義務なんかじゃないと、彼はリナリアの最大の憂いを打ち砕いてくれた。
あまりにも激動の時間だったせいか、まだ気持ちがふわふわとしていて、実感がわかない。ただ、改めて、自分の夫はかっこいいな、なんてしみじみと思ってしまう。
さらに、急にそんな人に愛されているという事実と、結婚しているという事実がリナリアに押し寄せてきて、無意識に身体を緊張させた。
だって今までずっと、自分の片思いだと思っていたのだ。
だから心のどこかで、夫婦ごっこをしているような感覚だった。
暖かい橙の光に照らされた、彫刻のように整った端正な顔が、目の前にある。夜着の上からでもわかる厚い胸板と、太い腕。昼間はかっちりと整えられた輝く黄金の髪が、夜は無造作に降ろされていて、少し幼く見える。だけど、何故か色気はひどく増している。
寝台の上で二人向かいあって座っていて、傍から見ると少し滑稽に見えるかもしれない。でも、二人の心臓は今までにないくらい早鐘を打っていた。
リナリアの湯上りのせいではない頬の赤味と、何故かチラチラとフィグルドを盗み見る目線。
フィグルドはそんなリナリアの様子に目を細めると、手を伸ばす。びくりとリナリアが身体を硬くするのもかまわず、ふわりと持ち上げると、胡坐をかく自分の膝の上にその身体を座らせる。
「何で急に他人行儀なんだ?」
くすり、と微笑するフィグルドに、リナリアはもじもじしながら視線をさ迷わせた。
「その……直視したら目が潰れそうで……」
「……ホラーの話か?」
リナリアはスプラッタ嫌いだろう?と首を傾げるフィグルドに、頬を膨らませる。
「ち、違うもん」
「じゃぁ、なんだ」
「………わ……、私の旦那様は……かっこいいなぁ……って……」
か細い消え入りそうな声で言われて、フィグルドは思わず天井を仰ぎ見た。
そうでなくても怖がらせないように少しずつ触れあっていこうと理性を総動員させているというのに、当の本人が牙城を崩そうとしてくるのだ。
「リナ、お前……そういうところだぞ」
「な、何が?」
「本当に質が悪い。やはり加護を受けた神に似るのか……?」
渋い顔でフィグルドが唸る。神という単語に、リナリアが「あ」と反応を示した。
「……そういえば、初めて雷神ティガー様見たけど……」
今のリナリアにはまだ記憶が戻っていないので、ティガーとは先ほどの対面が初だ。フィグルドは少し興味を持って、先を促す。リナリアはえへへ、と楽しそうに答えた。
「もふもふしたい!」
「…………次に会った時に、絶対言うなよ?」
恐ろしいことになる、とフィグルドが真顔で注意すると、リナリアは残念そうに眉を下げた。フィグルドはふ、と口元を緩めると、右手でリナリアの顎をそっと持つとわずかに持ち上げた。
リナリアは頬と目元をうっすら染めながら、抵抗せず顎をあげると、じっとフィグルドの金褐色の瞳を見つめ返した。
「リナ……、愛している。どんな君も、いつの君も、俺は余すことなく可愛がりたい」
自分を怖がっていた君も、身を挺して守ろうとしてくれた君も、記憶を失ってしまうことを決意した君も、記憶を失ってもなお、愛してくれた君も。
「改めて、本物の夫婦になろう」
言葉と同時に、唇が降りてくる。ふわりと羽毛のような触れあいを一度。それからすぐに深く互いの口を重ね合わせた―――――――――。
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