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エピローグ.
しおりを挟む「君にしか頼めないことなんだ」
そう言って十三歳になったばかりの細い肩に、この国の威厳ある王は手をかけた。
お願いという形をとってはいるが、実質それが王命であることは敏いリアンにはわかっていた。
こんな容姿に生んだ両親を恨めばいいのか、今代の第二王子と同年代に生まれてしまったことを恨めばいいのか、皆目見当つかない。
ちらりと横を見ると、ひらひらのドレスを着せられ、長い鬘をつけている美少女が鏡に映る。
女の子になりたいなどと思ったことは一度もない。
ただ、鏡の中の自分は一目で男だとわかることはないだろう、と思った。
この国の大事な第一王女が誘拐未遂された事件は、国でもかなり有名な話だ。妖精姫と呼ばれる可憐な見た目に狂った家庭教師が、少女を誘拐し、国外逃亡を企てた。
幸い、王城の敷地を出る前に事件は発覚し、王女は助け出された。時間にして数時間。だがその数時間ですら、幼い少女にとっては恐怖の時間であっただろう。
自分の力の敵わぬ大人の男に、押さえつけられて、従わせられていたのだから。聞いた話によると、王女はショックで救出後しばらくの間口もきけず、さらに身内である国王や兄ですら近づくと恐怖に震えるようになったと言う。
可哀そうだ、とは思う。
けれどだからって、この王家一族はぶっとんだことを思いついたのだ。
男性恐怖症に姫がなると、将来結婚すらままならなくなるだろう。そこで、まずは女の子と見間違うほどの美少年に女装させて、慣らしていくというなんとも頭の悪い方法を思いついたのだ。
そんなことで、男性恐怖症が治せるのかなど、リアンにもわからない。
巻き込まずに自分達でどうにかしてくれ、と思うが、おそらく身元がしっかりしていて同年代、人となりがある程度わかっており、さらに女の子にも見える容姿の持ち主、というと自分以外あてはまらなかったそうだ。
いい迷惑だ…
十歳の女の子と何を話せばいいかなんてわからないし、こんなひらひらの動きにくい服装をさせられるのも屈辱だった。
それでも、伯爵家という立場上、自分に否やはない。
そうしてリアンは十三歳の時、男性恐怖症となっている王女エレノアと出会った。
「……だぁれ?」
木陰に隠れた小さな少女を見つけた時、リアンは驚いた。自分自身も容姿はもてはやされてきたが、その少女はどこか人間離れしていた。
ともすれば森の妖精で、触れようとしたら消えてしまうのではないかというくらい線も細く、空気が柔らかかった。
キラキラと太陽光に輝くシルバーブロンドの髪に、深い森を思わせるエメラルドグリーンの瞳。
「あ…僕は…リアン…。君の友達になれたら……」
恰好は女の子だが、言葉遣いまでそうしろと言われたわけではないので、正直に答える。
「友達?」
「そう……。ねぇ、なんで、泣いているの?」
零れ落ちそうなほど大きな瞳から、はらはらと雫を流していた少女…エレノアは鼻をすすりながら答える。
「寂しいの…。私が隠れても、誰も探しにきてはくれないから」
「そんなことはないよ。メイド長だって君を探して……」
違う、と示すためにふるふると小さな頭を振る。
「……お父様も、お母様も、お兄様も……私を……可哀そうな子として見るの」
それが辛い、と小さく呟いて、エレノアはまたハラハラと涙をこぼした。
その泣いている姿があまりにも可愛らしくて、リアンはふらふらと誘われるように近づき、その隣へ腰を下ろした。
「姫様……僕が、傍にいるよ」
「……あなたが?」
「……嫌……かな?」
小首を傾げて問いかけると、エレノアは少しだけふふ、と笑った。
「変なの」
「変かな?」
鸚鵡返しすると、くすくすと、泣いていた妖精がようやく笑った。リアンはその笑顔に見惚れながら、おそるおそるその小さくて丸い頭にそっと手を置いた。
嫌がる様子はないことにほっと安堵して、撫でる。でもやっぱり女の子に触るなんて思春期のリアンには少し勇気がいることで、すぐに手を離してしまった。
その照れくささに気づいているのかいないのか、エレノアはリアンの手をとると自分の頭に導いて、まるでもっと撫でろというように押し付けてきた。なんだかそれがくすぐったくて、許されたような気がしてしまって、その後ずっと、エレノアの気が済むまでその柔らかな髪を撫でた。
エレノアが思ったよりすんなり懐いてくれたことに安心半分、最初に自分が男だと告げられなかったことに不安が半分。慣れてきてから言えばいい、と王には言われたが、まるでだましているようで気が進まなかった。
だから、本当は会ってすぐバラそうと思っていたのに、エレノアの様子にここで打ち明けて自分に恐怖の目を向けられたらたまらない、と思ってしまった。
そうしてエレノアと仲良くなっていく一方で後ろめたい気持ちが募っていく。明るくて朗らかで、素直なこの子を裏切りたくないと思う反面、拒絶されるのが怖かった。
女の子の恰好をするのは嫌だったけれど、それはエレノアの傍にいるための免罪符のように感じ始めた頃……不慮の事故が起きた。
小さな姫は初めて触れる、自分とは違うモノに興味を示してしまった。どうして、自分はあんなことを許してしまったのだろう。
自分より幼い少女にあんなことをされるのは屈辱以外何物でもなかったはずなのに。
だけど同時に自分の顔を覗き込んで、嬉しそうに瞳を輝かせている彼女を見るのが、自分は好きだった。
それが恋であることに、気づいてすらいなかったけれど。
「本気で有言実行するとは思わなかった」
呆れたような声音で、昔からの友人であるユリウスが言った。リアンは鏡に映る、最高位魔術師のみが着ることを許される礼服におかしなところがないかをチェックしている。
答える気はない。
そもそも自分にそのきっかけを与えたのは他でもない、ユリウス達である。謝る義理すらない。
「……まぁ、お前が他国へ出奔する損害を考えたら、あまったれのあいつが鎖になるなら万々歳だろうさ」
口では利害を紡ぎながら、その実、愛する妹が国に残ったのが嬉しいと想像がつくその言葉に、リアンは目を細める。
「妹馬鹿だな」
「……会わせろよ?」
「……」
「おい、返事」
リアンは何も答えないまま、愛しい花嫁が待つ控室へと、移動した。
ノックして開いたその扉の向こうには
焦がれて
焦がれて
手に入れた真っ白の花嫁姿をした妖精姫が、いた。
「リアン」
鈴を転がすような可愛らしい声で、自分の名を口にして――――――
END
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