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第十六話 -半神-
01
しおりを挟むベッドの脇で椅子に座るその背中は、やけに小さく見えた。
「クレス…。隣、座ってもいい?」
窓際で薄いカーテンが風に揺られて波を作っている。
「ああ…」
ヘラクレスの返事を待ってからケイが隣に座る。ベッドに寝ているアスクレピオスはまだ呼吸音がおかしい。あの後すぐにケリュケイオンで診療所に飛んで、アイムの助けを借りながらピラムと協力して必死に二人を手当てしたが、果たしてちゃんと応急処置ができていたかどうか。
「…リュコスは?」
ヘラクレスが短く訊く。
「意識は戻ってないけど、ピラムがついてるよ。…今は、二人きりにして欲しいって」
「…そうか」
「やっぱ双子だよな。なんだかんだ言ってもピラムは良い弟だと思うよ」
本人が聞いたら蕁麻疹を起こしそうなセリフを吐いたケイに、ヘラクレスは自嘲気味に笑って、アスクレピオスの方を見たまま語りだした。
「双子の弟…か。…俺にもいたぜ。もっとも、一度も兄と呼ばれたことはないが」
「マジか。ヘラクレスが双子だったなんて話、聞いたことなかった…」
その弟とやらはそんなに有名な人ではなかったのだろうか。ヘラクレスは軽く首を横に振って続けた。
「…俺と弟は双子として生まれたが、父親はそれぞれ別だった」
……またか。本当に神界あるあるなんだな。一瞬ケイは思ったが口には出さなかった。ヘラクレスが一人で続けた。
「弟は親父と母さんの間にできた本当の子で人間。俺は…親父の留守中にゼウスが母さんを騙して強姦してできた半神だった」
「…………」
色々苦悩した両親も、初めは生まれた双子を平等に育てようと努力した。が、結局家にヘラクレスの居場所はなかった。いっそ本当にこの家の子として人間に生まれていたらどんなに良かったか。
ゼウスはヘラクレスを受け入れてくれたが、母を犯したゼウスを心から父だと思うことはできなかった。むしろ本当の子でもない自分を受け入れようとしてくれた人間の父親の方が血は繋がっていなくてもよほど父親だと思えた。その上ゼウスは息子のヘラクレスを受け入れても、ゼウスの正妻であるヘラがゼウスの浮気によって生まれたヘラクレスを受け入れるはずもなく、赤ん坊のころから何度も暗殺されかけた。
「…つくづく俺は自分が生まれてきたことを呪った。…ま、神界あるあるだがな」
「その言葉流行ってんのか? 他の奴らも言ってたぞ」
その言葉にようやく少しだけ笑って男は言った。
「みんな似たようなもんだからな。…半神は」
「半神…」
この世界に来て、何度か耳にした言葉だった。神と人の間に生まれたハーフを指している言葉だと聞いたが…。
思わずその言葉を反芻した後、ケイが訊く。
「でも、今はみんなもう神なんだろ?」
すると、ヘラクレスは恐ろしいほど真剣な顔で訊き返した。
「…………お前もあいつらとこの世界をずっと見てきたならもうわかってるんだろ?」
「え…?」
「半神は神じゃねぇ。神界では神として扱われていても、純血の神とは根本的に違う。かといって人でもねぇ。人間のように一瞬の人生を全力で生きて、生き終えたらすべてを忘れて次に進めるような生き方は出来ねぇ」
人ではないから人と違って神に救われることは決してない。
神ではないから神と違って超越した感情思考も持ってはいない。
人間の母親からもらった肉体など数千年前に朽ち果て、神界で神となってなお、その身体には半分人間の血が流れたまま。
人の心を持ったまま神として永遠に終わらない時を彷徨い歩く人ならざる神ならざる身。
それが。
「…それが俺たち半神の正体だ」
そう言った男の横顔があまりにも淋しげで。
ヘラクレスだけではなかった。
アポロンやアルテミスを憎み切れないアスクレピオスも、故人への想いをいつまで経っても捨てきれないアウトリュコスも、彼らの側にいながら何も出来ない自分に苛立っているピラムも。みんな、本当は。
「なぁ、クレス。俺さ…」
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