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7話 怒り
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離宮での平穏な日々は、唐突な来訪者によって破られた。
「陛下、緊急の報告がございます」
私とアジュラ陛下がテラスでティータイム(という名のブラッシングタイム)を楽しんでいると、近衛騎士が慌てた様子で駆け込んできた。
「サレス王国より、特使が到着しました。……リリアナ様の引き渡しを要求しております」
「……なんだと?」
アジュラ様の金色の瞳が、一瞬で凍てつくような殺気を帯びる。
私の心臓がドクリと跳ねた。
サレス王国。私を捨てた故郷。
まさか、こんなに早く接触してくるなんて。
「特使の名は?」
「ガリエル公爵。……リリアナ様の実父でございます」
お父様……!
血の気が引いていくのがわかる。
あの人の冷酷な目つき、罵声を浴びせられた記憶がフラッシュバックして、指先が震え出した。
「リリアナ」
震える私の手に、大きく温かい手が重ねられた。
「恐れることはない。貴様は余の守護者であり、この国の至宝だ。誰にも指一本触れさせん」 「陛下……」 「来い。愚かな客人に、誰の所有物に手を出そうとしているのか、教えてやる必要があるな」
♢♢♢
本宮の謁見の間。
玉座に座るアジュラ陛下の隣に、私はなぜか豪奢な椅子を用意され、座らされていた。
目の前には、見覚えのある——かつて私を見下していた父、ガリエル公爵が立っている。
父はやつれ、以前のような覇気はない。服もどこか薄汚れている。
だが、その目は相変わらず傲慢な光を宿していた。
「お会いできて光栄でございます。偉大なる神聖アルマ帝国皇帝陛下」
「……挨拶は不要だ。用件を言え」
アジュラ様の冷たい声にも怯まず、父は私を睨みつけた。
「そうですか……では単刀直入に申し上げます。そこにいる娘、リリアナを返していただきたい」
「ほう? 貴国が『無能』として追放した娘をか?」
「ええ、そうです。どうやら手違いがあったようでしてな。我が国では今、原因不明の疫病と凶作が蔓延しており、聖女の手が足りんのです」
父は悪びれもせず、まるで落とした財布を拾いに来たかのような口ぶりで続けた。
「リリアナ、いい加減に戻って来い。ミナもお前を許すと言っている。カイル殿下も、側室としてなら置いてやってもいいと仰せだ。これほどの温情はないぞ?」
流石にこの言葉には我が耳を疑った。
許す? 側室? いったい何を言っているの?
自分たちが私を殺そうとしたことなど、まるでなかったかのような言い草。
あまりの身勝手さに、恐怖よりも先に、怒りがこみ上げてくる。
「……お断りします」
私は震える声を絞り出した。
「私はもう、あなたの娘ではありません。サレス王国には戻りません」
「なんだと!? 親に向かってその口の利き方は——」
父が激昂し、私に掴みかかろうと一歩踏み出した、その瞬間。
ドオォォォン!!
落雷のような轟音が響き、父の足元の床が弾け飛んだ。
「ひぃっ!?」
父が尻餅をつく。
玉座にかけたままのアジュラ陛下が、片手を軽く振っただけだ。
それだけで、父の足元には深さ数メートルのクレーターが穿たれていた。
アジュラ陛下は、もはや人間としての擬態を保てないほどに、激しい怒りの魔力——そして獣の殺気を立ち昇らせていた。
「——もういい。失せよ」
「え、あ、え……」
「失せよと言った」
地獄の底から響くような声。
父だけでなく、周りの騎士たちさえも恐怖で凍りつく。
腰が砕け動くことが出来ない父に、呆れ果てたかのように言葉をかける
「リリアナは『返せ』と言われて返すような物ではない。余が選び、余が愛し、余が求めた、唯一無二の伴侶だ」
「は、伴侶……!? 皇帝の妃だと……!?」 「
「左様。貴様らがドブに捨てた宝石は、余が拾い上げ、最も輝く場所に据えた。今さら返せだと? どの口が言うか」
アジュラ陛下が立ち上がる。
その背後に、巨大な白狼の幻影が揺らめいた。
「消えろ。二度と余の愛し子の前に顔を見せるな。……さもなくば、サレス王国ごと地図から消し去ってくれる」
「ひ、ひぃぃぃぃっ!!」
圧倒的な「格」の違い。
捕食者と被食者の差。
父は恐怖のあまり泡を吹き、転がるようにして謁見の間から逃げ出した。
静寂が戻った部屋で、アジュラ様はふぅ、と息を吐き、私に向き直った。
その顔は、いつもの甘い表情に戻っている。
「……怖がらせたか? 少し力を込めすぎたかもしれん」
「い、いいえ……」
私は胸を押さえた。
ドキドキしている。
でもそれは恐怖ではない。
これほどまでに強く、激しく、誰かに守られたことなどなかったから。
「ありがとうございます、アジュラ陛下……大好きです!」
私が感極まって抱きつくと、陛下は一瞬驚いた顔をして、それから嬉しそうに私の頭を——ちょうど狼の時と同じように、わしゃわしゃと撫で回してくれたのだった。
「陛下、緊急の報告がございます」
私とアジュラ陛下がテラスでティータイム(という名のブラッシングタイム)を楽しんでいると、近衛騎士が慌てた様子で駆け込んできた。
「サレス王国より、特使が到着しました。……リリアナ様の引き渡しを要求しております」
「……なんだと?」
アジュラ様の金色の瞳が、一瞬で凍てつくような殺気を帯びる。
私の心臓がドクリと跳ねた。
サレス王国。私を捨てた故郷。
まさか、こんなに早く接触してくるなんて。
「特使の名は?」
「ガリエル公爵。……リリアナ様の実父でございます」
お父様……!
血の気が引いていくのがわかる。
あの人の冷酷な目つき、罵声を浴びせられた記憶がフラッシュバックして、指先が震え出した。
「リリアナ」
震える私の手に、大きく温かい手が重ねられた。
「恐れることはない。貴様は余の守護者であり、この国の至宝だ。誰にも指一本触れさせん」 「陛下……」 「来い。愚かな客人に、誰の所有物に手を出そうとしているのか、教えてやる必要があるな」
♢♢♢
本宮の謁見の間。
玉座に座るアジュラ陛下の隣に、私はなぜか豪奢な椅子を用意され、座らされていた。
目の前には、見覚えのある——かつて私を見下していた父、ガリエル公爵が立っている。
父はやつれ、以前のような覇気はない。服もどこか薄汚れている。
だが、その目は相変わらず傲慢な光を宿していた。
「お会いできて光栄でございます。偉大なる神聖アルマ帝国皇帝陛下」
「……挨拶は不要だ。用件を言え」
アジュラ様の冷たい声にも怯まず、父は私を睨みつけた。
「そうですか……では単刀直入に申し上げます。そこにいる娘、リリアナを返していただきたい」
「ほう? 貴国が『無能』として追放した娘をか?」
「ええ、そうです。どうやら手違いがあったようでしてな。我が国では今、原因不明の疫病と凶作が蔓延しており、聖女の手が足りんのです」
父は悪びれもせず、まるで落とした財布を拾いに来たかのような口ぶりで続けた。
「リリアナ、いい加減に戻って来い。ミナもお前を許すと言っている。カイル殿下も、側室としてなら置いてやってもいいと仰せだ。これほどの温情はないぞ?」
流石にこの言葉には我が耳を疑った。
許す? 側室? いったい何を言っているの?
自分たちが私を殺そうとしたことなど、まるでなかったかのような言い草。
あまりの身勝手さに、恐怖よりも先に、怒りがこみ上げてくる。
「……お断りします」
私は震える声を絞り出した。
「私はもう、あなたの娘ではありません。サレス王国には戻りません」
「なんだと!? 親に向かってその口の利き方は——」
父が激昂し、私に掴みかかろうと一歩踏み出した、その瞬間。
ドオォォォン!!
落雷のような轟音が響き、父の足元の床が弾け飛んだ。
「ひぃっ!?」
父が尻餅をつく。
玉座にかけたままのアジュラ陛下が、片手を軽く振っただけだ。
それだけで、父の足元には深さ数メートルのクレーターが穿たれていた。
アジュラ陛下は、もはや人間としての擬態を保てないほどに、激しい怒りの魔力——そして獣の殺気を立ち昇らせていた。
「——もういい。失せよ」
「え、あ、え……」
「失せよと言った」
地獄の底から響くような声。
父だけでなく、周りの騎士たちさえも恐怖で凍りつく。
腰が砕け動くことが出来ない父に、呆れ果てたかのように言葉をかける
「リリアナは『返せ』と言われて返すような物ではない。余が選び、余が愛し、余が求めた、唯一無二の伴侶だ」
「は、伴侶……!? 皇帝の妃だと……!?」 「
「左様。貴様らがドブに捨てた宝石は、余が拾い上げ、最も輝く場所に据えた。今さら返せだと? どの口が言うか」
アジュラ陛下が立ち上がる。
その背後に、巨大な白狼の幻影が揺らめいた。
「消えろ。二度と余の愛し子の前に顔を見せるな。……さもなくば、サレス王国ごと地図から消し去ってくれる」
「ひ、ひぃぃぃぃっ!!」
圧倒的な「格」の違い。
捕食者と被食者の差。
父は恐怖のあまり泡を吹き、転がるようにして謁見の間から逃げ出した。
静寂が戻った部屋で、アジュラ様はふぅ、と息を吐き、私に向き直った。
その顔は、いつもの甘い表情に戻っている。
「……怖がらせたか? 少し力を込めすぎたかもしれん」
「い、いいえ……」
私は胸を押さえた。
ドキドキしている。
でもそれは恐怖ではない。
これほどまでに強く、激しく、誰かに守られたことなどなかったから。
「ありがとうございます、アジュラ陛下……大好きです!」
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