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15. 貴婦人たるもの徳を積まなくては!

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 「ずばり“徳”、ですわ。」

エカテリーナは本日の衣装を用意しているアンナに向かって鋭く指摘した。

「はぁ…、“徳”ですか?」
「そうです。“徳”です。」

エカテリーナは考えたのだ。なぜ自分はロイドに捨てられる運命だったのか、なぜ現世でアラン・フレデリックとかいう不埒者に遭遇してしまうのか、そしてあろう事か社交の場で転びそうになってしまったのか。そして導き出した答え、それは“徳”だった。

こんな話を聞いたことはないだろうか。
たとえば貧しい翁が地蔵に笠を被せてやって結果思いがけない幸運に恵まれるだとか、鶴を助けたらその恩返しに鶴が人間に化けて帰ってくるだとか、エトセトラ。

つまりすなわち、この世界にはどうやら“徳”を積むとそれが自分に返ってくるという事象が時たま発生するらしい。

「私今まで俗物にしか興味がありませんでしたでしょう?つまり徳不足なのです。イイことをすれば私にもきっとイイことが起きるかもしれません!」
「お嬢様、また変な方向に行ってませんか?」
「行ってませんわ!」

アンナはとうとうエカテリーナを軌道修正することを完全に放棄したようだ。
寝室備え付けのウォークインクローゼットからファー付きのベロアドレスを持ち出すと、“今日は冷えそうですからこちらを”と言ってエカテリーナに手渡す。そして再度髪飾りを探すためにクローゼットに入って行ってしまった。

「それで?何か算段がおありで?」
「…わたくし個人的に起業家や商人に投資は行ってはきましたの。今度は、持っている一部のお金を貧しい方々にも融資してみようと思いまして…」
「貧民に…しかしそれでは資金の回収ができないではありませんか。」
「まぁ、慈善事業みたいなものですし利益の方は正直期待しておりませんわ。それでも一応、起業したい貧しい女性たちに対象を絞って融資する予定なのです。」

前世に娼館で働いてきたとき、エカテリーナは貧しい女たちの末路を嫌と言うほど見て来たのだ。男たちに媚びずに自立した生き方を模索する女性たちの支援ができれば良い、と思ったのは本心ではあった。

「そうして、私の名声と徳が爆上がりしてしまうという訳ですわ~‼」

本日もエカテリーナは絶好調。彼女の高笑いは寝室のあるポルーニン邸東館三階に響き渡っていたと後に使用人Cは語った。
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