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16.ウェザービー王家の別邸(1)

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「おかしいですわ…。」
「どうかしましたか、エカテリーナ。」

(徳を積んだら、状況が打開するはずでしたのに…!)

どういう訳か、エカテリーナはロイドと共に馬車に揺られていた。
王家の所有する郊外の別荘に秋の紅葉を見に行く途中なのだ。
ひさしぶりにポルーニン邸を訪れたロイドはエカテリーナに会うや否や、遠出を提案した。
兄や両親に助けを求めようとしたエカテリーナであったが、さすがは隙のないロイド、ポルーニン一族への手回しはすでに完璧なされた後であった。こうしてエカテリーナは問答無用で王家の馬車に担ぎ込まれたという訳である。

ここの所皇太子としての業務が忙しかったロイドにとっては久しぶり逢瀬であったこともあって、皇子は非常ににこやかな面持ちでエカテリーナと向き合っていた。

「な、なんでもありません…。」

よもや、慈善活動をしたので貴方との関りを断つことができると思いました、など言えるはずもない。

「ほら、あそこに見えてきたのが我が王家の所有地ですよ。」

ロイドの指さした方向に車窓を覗きこめば、豊かな自然に囲まれた立派な屋敷が見えてくる。
王国の東北部の湖水地域に位置するこの別邸は歴史のある古城であり、王家のプライベートな私領である。
エカテリーナもその存在を耳にしたことはあったが実際に招待を受けて足を運んだのは今回が初めてであった。

「ロイド様はよくこの地に来られるのですか?」
「そうですね…子供の頃はよく訪れていましたが、最近はさっぱり。けれど僕にとってはとても思いで深くて、大切な場所です。」

しっとりと静かにロイドは言った。
優しい感情を灯した灰色の眼差しはただじっと車窓の風景に向かっている。
エカテリーナはロイドのその姿をちらりと横目で伺った。

エカテリーナとロイドは幼い頃から顔なじみであったが、最近のロイドはあどけない青年期をすっかり過ぎ去り大人の男としての色気を漂わせているように思えた。
身長はすらりと高く伸び、少年特有の顔のふくよかさは既になく直線的な鼻梁は彫刻めいた美しさを湛えている。

エカテリーナの視線に気が付いたのかロイドは車窓から視線を外すと、エカテリーナの方に向き直ると微笑んだ。

「だから貴方を連れて来たかったのです。」

夕日の差し込む馬車の中は実に不思議でロマンチックな空気で満ちていた。
普段はロイドの手から逃れる方法ばかり考えてばかりいるエカテリーナも、今日この時ばかりはロイドの姿から目を離す事が出来なかったのだった。
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