つもるちとせのそのさきに

弥生

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風化した黒鋼の大剣 断章5

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【白に降る黒】

 それは黒い葉が舞い落ちる季節の事だった。

 白く細い手首から赤い赤い血が流れ落ちる。
ポタリ……ポタリと滴り落ちた雫は地に描かれた模様に染み込むと、ぶわりと赤い霧が拡散し、周囲に溶けていった。

「……」
 白い髪の青年は、どこか遠い目でそれを見つめると、素早く止血して大樹の根本に座る。

「なぁ、ラーイ」
 はらりと、黒い葉が白い髪に舞い落ちる。
 それを止血した方とは反対の手で摘まむと、そっと頬に葉を当てる。

「昨日はやっとアーカイブの鍵を解除することが出来たぞ」
 樹はさわさわと風に揺れるだけで、何も返さない。
「古代文字の基礎は墓守の記録で学んだが、解除するまで150年が掛かってしまった」
 立派な黒い樹にもたれ掛かりながら、上を見る。
 黒い葉が雪のように降ってくるようであった。
「墓守に与えられたワクチンから、管理者への対抗策を練ろうとしたが、上手くいかないな? ワクチンを分解する薬になってしまったんだ」
 樹の固い黒表皮を撫でる。
「らーい」
 物言わぬ樹に、そっと頬をつける。
 その表情は悲観でもなく苦痛でもなく。
 ただそっと降り積もる月日を静かに数えるようであった。
 青年にとっては、積み重ねる時は絶望ではなく、降り注ぐように愛してくれた男の想い出をひとつひとつ辿る事に近しかった。

 心がコトリと孤独を刻めば、同じ分だけコトリと青年との記憶を心に刻んだ。

 どれほど黒く塗りつぶされようとも、注がれた想いは心に白い希望の種を植える。

 愛した。
 それ以上に、愛されていた。
 
 未来を残してくれたあの人が、抱えきれないほどの愛を注いでくれた。
 どれほどの時を経ようとも、薄れることのない想い。


 その想いがあれば、青年はどれほど長い時でも待つことができた。



 はらりはらりと、白に黒が降り積もる。


 再び出会う、その日まで。







「……ちゃん」
「……ん……」
「………坊っちゃん」
「………みゅ……」
「ジーン坊っちゃん」
「ふみゅ……」
 黒い枯れた大木の根元、黒髪の青年の袴を涎だらけにした白い長髪の青年が揺さぶり起こされる。
「坊っちゃん、いくら初秋とはいえ日帰り暮れると寒くなりますよ」
「む……そんなに寝ていたか?」
「俺の胡座枕の上で三時間ほどですかね」
「しっとりと濡れている……出すなら私の中にすれば良いものを」
「これ俺の息子の粗相じゃなくて坊っちゃんの唾液です。というか袴の前が濡れたんで、帰るまで死ぬほど恥ずかしいんですが」
「ふーん」
「うわ、躊躇なく擦らないでください! 寝てる息子が起きちゃいますから!!」
 証拠隠滅とばかりに雑に擦られて、別の意味で大惨事になりそうと雷は慌てる。

「なんかいい夢でも見たんですか?」
「ん?」
寝惚けたままのジーンはどこか陶酔としている。
 振り返り………枯れた大木と愛しい黒を視界に納めながらにっこりと微笑む。

「ああ。懐かしい……愛しい夢を見ていた」




風化した黒鋼の大剣 断章5

役目を終えた大剣は、男の根元で見
守る。青年が言葉を返さぬ主に語り
かけるのを。剣としての形が失われ
るほどの長い年月、黒鋼は見守る。
約束された再会が叶う、その日まで。





※こちらの話は*さんにつもるちとせのイラストを書いていただいたときにSSとして書き下ろしたものに加筆修正しています。
頂いたイラストが本当に素敵でしたので、ぜひ一度見ていただきたいです。





【風化した黒鋼の大剣 断章1】
男が目覚めると、そこは終わらない
地獄が続く世界だった。退化した文
明。世界を覆い尽くすウイルス。変
異した身体。目覚めることができな
い悪夢に男は深く項垂れた。

【風化した黒鋼の大剣 断章2】
悪夢が続く世界。精神すら枯れ果て
た男はある無垢な青年に出会う。そ
の青年の鮮やかな感情は死した心を
動かすには十分すぎるほどであった。
男は命をかけ、ある覚悟を決める。

【風化した黒鋼の大剣 断章3】
男が持ち得たのは不死ゆえの剣の技。
斬るよりも砕くことに特化した黒鋼
の大剣を己の腕のように振るう。
屠った命は万を超え、二万を超えた
あたりで数えるのを止めた。

【風化した黒鋼の大剣 断章4】
幾星霜の死闘の末、吐血が黒く染ま
る。刀身もすでに限界だ。男は死骸
の山を築きながら強大な敵を屠る。
その命を絶てた時、黒鋼の大剣も役
目を終えたかのように二つに折れた。

【風化した黒鋼の大剣 断章5】
役目を終えた大剣は、男の根元で見
守る。青年が言葉を返さぬ主に語り
かけるのを。剣としての形が失われ
るほどの長い年月、黒鋼は見守る。
約束された再会が叶う、その日まで。

【風化した黒鋼の大剣 終章】
折れたる剣はその欠片を引き継ぎ
新たな大剣へと鍛え上げられる。
欠けても戻り、折れても再生する
不死なる大剣、黒雷へ。
再び彼らを守る剣となるために。



【風化した黒鋼の大剣 完】


    
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