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第3章 敬虔なる暴食
20話 腐った果実
しおりを挟む「なっ、折角私が態々案内するというのに、断ると言うのかっ!?」
同時に言ってしまったのが不味かったのか、豚(カイザーク)はお冠だ。
「いえ、教皇もお忙しいと思いましてね。例のルーベンスの件、まだ片が付いていないのでしょう? 何やらきな臭い噂も聞いたことですし。僕達も案内して頂けたら嬉しいのですが、このお忙しい中態々貴重なお時間を頂くわけにはいかないでしょう? ねぇ?」
まさか暇しているだなんて言いませんよね?、と兄様はしれっと眩しい笑みを浮かべて言った。
腹黒の渾名も伊達じゃない、眩しい笑顔なのに背後に黒いオーラが見える。
「く、……そ、そうですな。私もこれで失礼しますよ!」
痛いところをつかれたのか、豚は尻尾を巻いてこの場を去った。
「……兄様流石ですね」
「ん、…す…ごぃ!」
「ははっ、惚れ直した?」
俺達の称賛に兄様は爽やかな笑みを浮かべた。
本当にこれで9歳とは思えない。
前世合わせ30歳の俺より愛想笑いとか上手いと思う。
「ところで……きな臭い噂って何ですか? 父様からその様なこと特に聞いてませんが」
俺は話を変え、先程の会話で引っ掛かったことを尋ねた。
きな臭い噂とは、一体何なのか。
父様はそんなことは言っていなかった。
しかも、ルーベンスに関係することって一体……?
「……あぁ、父様は知らないんじゃないかな?まだ……ね」
兄様は遠くの方をを見つめて、意味深で自嘲気味に笑った。
アイスブルーの瞳にほの暗い影が落ちる。
「……どういうことですか? 兄様は……何を知っているんです?」
何だ?
兄様は何を隠している?
ルーベンスの件……?
だからトーリ・クレイシスはあんなに声を荒げていたのか?
まさか……いや、そんな筈は…………
でも、……もし……そうだとしたら……?
俺は思いあたった可能性に、顔を強張らせた。
もし、それが真実であるのならば大問題だ。
「やっぱり、リューは賢いね。今リューが考えていることで当たっていると思うよ? ……そして今回の生け贄の羊は恐らく、トーリ・クレイシスになるね。彼はとても正しいから……」
兄様はあっさりと言ってのけた。
顔色1つ変える事なく。
「…どぅ…いう…こと…?」
「……教会が腐っているってこと。教会はルーベンスへの支援を全く行っていないよ」
ユーリは酷く動揺し兄様に尋ねた。
何が起こっているのか、まだきちんと理解しているわけではない。
それでも兄様の告げる真実に、顔は蒼白し今にも倒れそうだ。
「何で……何で父様にその事を話さなかったんですか?」
俺は信じられないという面持ちで、兄様を問いただした。
あの町周辺は封鎖されている。
山に住む動物や水も汚染されていて、危険だと聞いた。
何よりもあの地は、農耕には適さない。
大した食糧は残っていないだろうし、残っていても汚染されたものばかりだ。
そんな状況の中で、食糧や医療品、回復魔法が使える神官が送り込まれていないとなると……導き出されるのは、病や飢えによる大量の死者だ。
今までの話から、教皇はその事実を知った上で民を切り捨てた張本人。
しかもそれだけに飽きたらず、その責任をトーリ・クレイシスに押し付ける心積もりでいるという。
到底、看過できることではないだろう。
「僕も知ったのは昨日の夜の事だからね。それにルーベンスの地は、この王都から遠く離れた地にある。もう手遅れだよ」
だから、今更何をしても仕方がない、と兄様は淡々と告げる。
兄様は何時もそうだ。
本邸での時だって、しょうがないと直ぐに結論を出し、俺を宥めた。
けど……俺は違う。
今の俺は、そう簡単に割り切ることなんか出来ない。
「おと、さ…ま、だか…ら…おこっ…て?」
ユーリは震える声で呟いた。
ユーリには母親がもういない。
だからこそ、父親は唯一の大切な家族だ。
「トーリさんを探しに行こう。まだ俺達に出来ることはあるかもしれない!」
俺はユーリの手を引いて、トーリの消えた方向へ向かった。
誰かの決めたシナリオなんて、俺達には関係ない。
まだ変えられる未来はある筈だ。
「……もう、無駄なのにな」
そう溢した兄様の呟きを、俺は聞こえない振りをして必死に走った。
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