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第3章 敬虔なる暴食
24話 兄様の優しさと決意
しおりを挟む「何……を……?」
俺は呆然と兄様に向けて呟いた。
自分でも掠れた小さな声だった。
「何って、化け物退治だよ。あれは国が固く禁止している外法により呼び出されたモノだ。排除するのが当然だろう?」
「あれはユーリですよ!? 何を言ってるんですか!!?」
あんまりな兄様の言い分に声をあげ反論する。
今度は先程とは違い声がすんなりと出た。
兄様はユーリをまるで害獣かのように扱ったのだ。
その意図がなかったとしても、流石に許容出来ない。
「浄化魔法も殆ど効果がなかっただろう?」
「っ!!!!!」
言葉が詰まる。
それは先程試して、既に分かっている事実だからだ。
何故兄様がその事を知っているのか。
「それは……」
「悪魔は……通常の浄化魔法では無理だよ? 女神の加護を受けた力でないと。そして、加護を受けた人間は現在存在しない。アレは放っておけば周りに害を及ぼす。救う方法がないのだから、より犠牲を少ない方を選ぶべきだ」
「……レイアス殿、ユーリを、ユーリを殺すつもりなのか?」
トーリは震える声で兄様に問うた。
その顔からは血の気が失せ、最早青を通り越して白くなっている。
「あぁ、それが最善だ」
兄様は表情1つ変わらなかった。
正しいと思っているからこそ、兄様は揺らがない。
「殺さなくとも封印を施せば!」
「……それまでに何人死ぬ? 将来、女神の加護を受ける者が現れるとも限らない。そんな不確かな事のために犠牲を払うことは出来ない。……それにこれは貴方の責任だ、トーリ・クレイシス。貴方か引き起こした責任を、ユーリが代わりに背負っているに過ぎない。貴方は自分が何を仕出かしたのか分かっているのか? まさか聖職者である貴方が悪魔の危険性を考えてなかったとでも言うつもりかい? ……貴方は悪魔の危険性を十分に知っていた筈だ。それでも手を出した。貴方のしたことは誰かを救うどころか、唯、犠牲者を増やしただけだ。……それを分かっているのかトーリ・クレイシス? 貴方の仕出かしたことにこれ以上巻き込まれる者を作るな」
「わ、……私は……ただ、……ぁあ、ユーリっ!」
兄様は酷く冷淡に、残酷な事実をトーリに突き付ける。
トーリは遂に床に踞り、嗚咽を漏らし始めた。
「貴方やリューは手を出す必要はない。……貴方達では無理だろう。僕がやる。見たくないなら今すぐ部屋を出るんだ。傷がそろそろ癒えるみたいだ、動き出す。……全く自動回復なんて厄介なものだね」
再生能力があるのか、既に兄様が負わせた傷は殆ど完治していた。
また動き出すのは、時間の問題だ。
兄様は出口を指差すと、俺達に出て行くよう促した。
これはきっと兄様の優しさなのだろう。
本当は一人より三人の方が有利だ。
けれど仲の良かった俺や父親であるトーリを遠ざけて、なるべく傷付けないようにしている。
その責任を全て背負って。
「……私は……此処にいさせて貰う、私の罪だ。……私の。私は見届けなければならない」
トーリは決心が着いたようだ。
暗い虚ろな目でユーリを見据えた。
俺は……どうすればいいのだろう?
弟みたいに可愛がっていた。
会って間もないけれど、ユーリは俺にとって大切な友達だ。
俺はこのまま逃げて後悔しないのか? ……本当に?
このまま諦めて、責任を兄様に押し付けて……俺は何食わぬ顔をするのか?
ふいに母様の顔が浮かんだ。
俺のことを信じてくれている人の顔が。
母様は俺を信じて、愛していてくれる。
もし此処で俺が簡単に諦めたら、きっとその信用を裏切ることになるだろう。
だから――――
「もう少し待ってください。少しだけ、僕に時間をください!」
俺は兄様に懇願した。
先程のトーリの意見とは訳が違う。
殺させる訳にはいかない。
兄様の手も汚させない。
もう迷いはない。
「……リュー、君の気持ちも分からなくはないけど、その他の多くの命と天秤にかけることは出来ないよ。わかるだろう?」
兄様は俺を諭すように言った。
兄様は何時だって正しい。
きっと前世の俺だったら同じ決断をしただろう。
でも今の俺は昔とは違う。
今度は簡単に諦めたりしない。
逃げたりはしない。
俺は生まれ変わって、母様にたくさんの強さを貰った。
父様やオズ様やエド様、ユーリからも大切な物を貰った。
そして兄様からも。
だから、俺はもう逃げたりはしない!
「兄様、もう何を言っても無駄ですよ? 僕はもう決めましたから。諦めないと。僕の魔力が尽きるまで抗わせてもらいます!」
俺は前を見据えた。
もう決めたのだから、後は押し通すだけだ。
「……リュー」
「それに……兄様だって本当は助けたいんでしょう? 分かりますよそれくらい……これでも弟ですから!」
俺の言葉に、ここにきて初めて兄様が表情を歪めた。
先程の作り物の笑顔より余程いい。
やっぱり兄様にとってもユーリは、ちゃんと大切な友達であったようだ。
よかった、本当に。
「それに兄様に僕を止めることは出来ないですよ?」
俺は悪戯っぽく笑う。
恐らく魔力の量や魔術の腕前は、俺の方が上だ。
俺が本気でユーリを守る為に抵抗すれば、ユーリを殺すどころではなくなるだろう。
「……そうだね。それは非合理的だ。ここは時間をあげることが得策かな。……いいよ? 好きにするといい。でもリューの魔力が切れるまでだよ。それ以上は待てない」
そう言って溜め息をつくと兄様は、俺の前から退いて後ろに下がる。
俺は再び黒い靄に覆われたユーリを、真っ直ぐに見据えた。
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