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熱い。
視界が赤い。
燃え落ちる王城の梁(はり)と、悲鳴が遠く聞こえる。
だが、何よりも熱いのは、私の腹部に深々と突き刺さった無骨な鉄の剣だった。
「……が、ぁ……」
剣を握っているのは、顔も知らない近衛兵だ。彼は私の腹を抉ると、無表情に剣を引き抜いた。
ドサリ、と私が血の海に沈むのを、その後ろから見下ろしている男がいる。
父の首を持つのは美しい立ち姿の男。
私の婚約者であり、親友だった男――クラウスだ。
彼は倒れた私を、まるで道端の石ころでも見るような、冷え切った瞳で見つめていた。
「終わりだ、エル」
低く、よく通る声。かつては愛を囁いたその唇が、淡々と事実だけを告げる。
「愛していたよ。君のその、人を疑うことを知らない愚かさをね。……おかげで復讐は容易かった」
ああ、そうか。
全部、嘘だったんだ。
私の父である国王を殺すために、愚かな息子の私を利用しただけ。彼にとって私は、自分の手を汚す価値すらない道具だったのだ。
視界が霞む。痛みが遠のいていく。
もしも、もしも次があるのなら。
もう二度と、あなたを愛さない。あなたの復讐の道具になんてなってやらない――。
意識が闇に落ちる寸前、ふと、頬に何かが触れた気がした。
それは酷く温かくて、震えていて、まるで……。
「――ッ、オェッ!!」
目を開けた瞬間、喉の奥から熱いものが込み上げてきた。
突き刺された痛みが、内臓を裏返すように締め上げる。
「げ、ほっ……う、オエェッ……!」
私はベッドから転がり落ちるようにして、床に胃の中身をぶちまけた。
視界がチカチカと明滅する。
痛い。苦しい。息ができない。
口の中に広がる鉄錆のような血の味と、酸っぱい胃酸の味が混ざり合って、涙が止まらない。
「エルリード殿下!? どうなさいましたか!」
バン、と荒々しく扉が開き、誰かが駆け寄ってきた。
背中をさすってくれる手は温かいが、私はパニックでその手を振り払いそうになる。
「大丈夫ですか!? お水を持ってきます、しっかりしてください!」
覗き込んできたその顔を見て、私の思考が凍りついた。
栗色の髪に、そばかすの散った顔。心配そうに眉を下げている女性。
「……エマ……?」
掠れた声で名前を呼ぶと、彼女は「はい、エマですよ」と泣きそうな顔で頷いた。
馬鹿な。ありえない。
エマは私の専属侍女だったが、私が二十歳の時に流行り病で亡くなったと風の噂で聞いた。
それがどうして、ここにいる?
「……夢?」
「え?」
私はふらつく足で立ち上がると、壁に掛けられた姿見が視界に入った。
そこに映っていたのは、先ほど血を吐いて死んだ青年ではない。
顔色は真っ青だが、肌には張りがあり、少年の面影を残しつつも青年へと成長しかけている。
これは――過去の私だ。
「……は、はは……なんだ、これは」
乾いた笑いが漏れた。
これは、死ぬ間際に見るという走馬灯か?
それとも、あの地獄のような現実から逃げるために、私の脳が作り出した都合のいい夢なのだろうか。
ペタ、と鏡の中の自分の頬に触れる。
指先に伝わるガラスの冷たさ。
窓から差し込む朝日の眩しさ。
そして何より、床にぶちまけた汚物が発する、鼻を刺すような酸っぱい臭い。
――夢にしては、感覚が鮮明すぎる。
――幻覚にしては、あまりにも都合がいい。
私は自分の腕を、爪が食い込むほど強くつねった。
鋭い痛みが走る。
夢じゃない。ここは現実だ。
けれど、何かがおかしい。世界がぐらりと歪んでいるような、奇妙な違和感が拭えない。
なぜ? なぜ私は死んでいない?
さっきまで確かに、腹を裂かれて冷たい石畳の上で息絶えたはずだ。
それなのに、今の私は傷ひとつなく、あまつさえ死んだはずの侍女が生きている現実に立っている。
全身の力が抜け、その場にへたり込んだ。
汚れた床の上で、私は混乱の渦に飲み込まれていた。
記憶を手繰り寄せる。エマがまだ屋敷にいて、私がこの姿ということは、今は恐らく十六歳くらいか?
あの裏切りも、殺戮も、まだ何も起きていない世界。
(……訳が分からない。何が起きているんだ……?)
恐怖と混乱で震える体を抱きしめる。
だが、一つだけ確かなことがあった。
十六歳。
つまり、まだだ。
まだ私は、あの騎士教導院に入学していない。
――まだ、クラウスに出会ってすらいない。
これが神の気まぐれか、悪魔の罠かは分からない。
だが、ここがもし現実なら出会わなければいいんだ。
あんな裏切り者の人殺しになんて、関わらなければ。
私の人生は、まだやり直せる――。
私はエマの手を借りて、汚れたパジャマを着替え、口をゆすいだ。
鏡の中の顔色は相変わらず土気色のままだが、吐き気は少し治まっていた。
「侍医をお呼びしましょうか? まるで何かに怯えているようですわ」
「……いや、いい。ただの悪い夢だ」
私は首を横に振った。
侍医に見せたところで、この「死の記憶」という病が治るわけではない。
それに、今は一刻も早くこれからの計画を立てる必要があった。
ベッドに腰を下ろし、震える指を組んで考える。
確証がほしくて私は、日記の日付で確認したがやはり十六歳。
騎士教導院に入学するのは、この春だ。
前世の私は、そこでクラウスと出会い、彼の美貌と才知に惹かれ、友人となり……そして婚約者になった。
すべては彼が仕組んだ復讐への道筋にまんまとハマった私の愚かさゆえだ。
(……行かなければいい)
単純だが、確実な方法だ。
私は王位継承権を持つ第二王子だが、病弱だという理由をつけて城の奥に引きこもってしまえばいい。
前回は父上に認められたくて行かなくても良い教導院など行ってしまった。
父上――現国王は、優秀な兄上を溺愛している。
私が王都を離れることは許さないだろうが、城の中で大人しくしている分には文句はないはずだ。 むしろ、余計な野心を持たず、無能な引きこもりでいてくれた方が好都合だろう。
クラウスに出会わない。
政治に関わらない。
そうすれば、あの日父上の罪が暴かれるその時がきても、私はただの「無関係な愚か者」として、死罪だけは免れられるかもしれない。
「……そうだ。私は病気になろう」
エマに顔を向ける。
「エマ、父上に伝えてくれ。体調が悪くて起き上がれないと。しばらく誰とも会いたくないと」
「ええ、もちろんですが……。でも、エルリード殿下」
エマは困ったように眉を下げた。
「実は本日既に、お客様がお待ちですわ」
「客? こんな朝早くから? 断ってくれ。今の私はそれどころじゃ……」
「ですが、その……お客様といいますか……実は本日より、殿下の教育係としてお城に上がられたようで、勅書をお持ちになっております。ベルンシュタインの公爵家のご当主のクラウス様です」
心臓が、ドクリと嫌な音を立てた。
「……待て。なんて言った?」
耳鳴りがする。
エマの言葉が、うまく理解できない。
「ですから、クラウス・フォン・ベルンシュタイン公爵様です。今日から殿下の新しい教育係として上がられたと」
――は?
思考が止まる。
違う。記憶と違う。
クラウスが私の前に現れるのは、騎士教導院の入学式のはずだ。
それに彼は、当時はただの伯爵家の養子だったはず。公爵位を名乗るのはもっと後のことだ。
なぜ、時期が早い? なぜ、まだ出会ってもいない段階で、すでに「公爵」として、「教育係」として城に来る?
「お断りしてきますね。さすがにこの顔色では……」
「頼む!」
私は裏返った声で叫んだ。
全身から冷たい汗が噴き出す。
退出していったエマは断ると言っていたが、嫌な予感がする。
本能が警鐘を鳴らしている。今すぐ逃げろと叫んでいる。
だが、遅かった。
コン、コン。
軽やかなノックの音が、死刑執行の合図のように響いた。
「エルリード殿下。お加減が優れないと伺いましたが」
扉越しに聞こえてきたその声に、私は息を呑んだ。
低く、甘く、鼓膜に粘りつくような美声。
間違いない。
数分前――いや、数年後の未来で、私に「愛していたよ」と囁きながら、私の死を望んだ男の声だ。
「入ってもよろしいですか?」
返事をする余裕なんてなかった。
だが、こちらの許可など待つ気はないのだろう。
ガチャリ、とドアノブが無機質な音を立てて回る。
ゆっくりと扉が開く。
彼は静かに立っていた。
記憶の中より少し背が低いかもしれない。
けれど、その顔立ちはすでに完成された美しさと、若き当主としての風格を放っていた。
色素の薄い金髪に、深い森のような緑色の瞳。
天使のように微笑んでいるが、その瞳の奥には、底知れない闇が渦巻いている。
クラウスだ。
十六歳の、若きクラウスがそこにいた。
「……はじめまして、殿下」
彼は優雅に一礼すると、部屋の中へと足を踏み入れた。
一歩、また一歩。
彼が近づくたびに、部屋の空気が凍りついていくような錯覚を覚える。
私はシーツを握りしめ、後ずさろうとした。だが背中はすでにヘッドボードに張り付いていて、逃げ場はない。
「ずっと、お会いしたかった」
ベッドの縁に手をかけ、クラウスが顔を寄せてくる。
至近距離で目が合った。
その瞳を見た瞬間、私は「ヒッ」と短い悲鳴を漏らした。
口元は綺麗な弧を描いているのに、目だけが、私の毛穴さえ全てを見逃すまいとでも言うように見開かれていた。
それは到底、初対面の相手に向ける目ではなかった。
「お顔色が悪いですね。……可哀想に」
彼の手が伸びてくる。
逃げなければ。払いのけなければ。
そう思うのに、金縛りにあったように体が動かない。
冷たい指先が、私の頬に触れた。
――ビクリ、と体が跳ねる。
その感触は、死の間際、薄れゆく意識の中で感じた「あの温もり」と重なった。
(……温かい?)
混乱する私の頬を、彼は愛おしげに親指で撫でる。
そして、私だけに聞こえるような小さな声で、ぽつりと呟いた。
「ようやく、見つけた」
その声に含まれていたのは、復讐心でも、友情でもない。
もっとドロドロとした、黒く濁った声音だった。
私は悟ってしまった。
逃げられない。
騎士教導院に行かないとか、病気で引きこもるとか、そんな小手先の策は通用しない。
運命は――いや、この怪物は、最初から私を逃がすつもりなんてないのだ。
「これからは私が、片時も離れずお守りしますよ。……私の、エルリード殿下」
公爵としての絶対的な権力と、狂気じみた愛を孕んだ瞳に見下ろされ、私はただ震えることしかできなかった。
先ほどまでの死の恐怖と、処理しきれない情報の濁流に、私の意識は限界を迎えた。
視界がグラリと揺れる。
「……ッ、」
私の体が崩れ落ちるのを、彼の手が素早く支えた。
嫌だ。触らないでくれ。
そう拒絶しようとしたが、喉からはヒューという音しか出ない。
暗転していく視界の中で、彼が私を抱きしめ、満足げに微笑んだのが見えた気がした。
――ああ、神様。
これはいったい誰のための夢だ?
死んだと思って目が覚めた。どうしてあんな結末になってしまったのか、問いかけずにはいられない。
私たちの始まりは、あんなにも美しかったのに。
***
その日、私は「いらない子」であることを痛感させられていた。
父上は、体調を崩した兄上の治療のために、私の魔力を限界まで搾り取るよう侍医に命じたのだ。
いつものことだ。慣れている。しかし聞こえてしまった。「スペアならいくら壊れても構わん。ユーリスを治せ」
私の顔色が土色になろうと、倒れそうになろうと、父上は私を見ようともしなかった。
さらに「王族としての務めを果たせ」と、私はふらつく足で騎士教導院へ送り出されたのだ。
教室の喧騒が、耳鳴りのする頭には酷すぎた。吐き気をこらえ、私は監視の目を盗んで、裏手にある寂れた温室へと逃げ込んだ。
ガラス屋根を叩く激しい雨音に紛れて、膝を抱えて声を押し殺す。
みっともない。誰かに見られたら王族の恥だ。
「――うわ、すっげぇ雨」
ふいに、男の声がした。
心臓が跳ねた。私は咄嗟に膝に顔を埋め、両手で頭を抱えて丸くなった。
誰だ? いつの間に?
「……ん? 君、大丈夫?」
足音が近づいてくる。私は顔を隠したまま、震える声で威嚇した。
「……向こうへ行け! 誰もいない!」
「いやいや、いるじゃん。そんなとこで丸まってたら風邪引くよ?」
相手は立ち去るどころか、呆れたような、ひどく軽い口調で返してきた。
王族に対する敬語ではない。どうやら、私が誰か気づいていないようだ。
それが少しだけ安心だったが、今はとにかく一人になりたかった。
「放っておいてくれと言っているんだ!」
「そうはいかないって。こんな雨の中で震えてる奴、見捨てたら寝覚めが悪い」
彼は私の隣――少し距離を空けた壁際に、ドカッと腰を下ろす気配がした。
「ほら、帰んな。きっと今頃、君を心配してる人が探し回ってるぜ?」
その言葉が、地雷を踏んだ。
心配? 誰が?
父上か? 兄上か? それとも、私の機嫌を損ねれば自分の立場が危うくなる取り巻きたちか?
誰も「私」のことなんて見ていないくせに。
「……いない!」
私は顔を膝に押し付けたまま、叫ぶように吐き捨てた。
「私のことを心配する人間なんて、一人もいない! 私は……いらない人間なんだ!」
激情に任せて叫んでしまい、直後に後悔した。
見ず知らずの他人に、こんな弱音を。
きっと嘲笑される。「可哀想な奴だ」と憐れまれる。そう思って身構えた。
だが、返ってきたのは、拍子抜けするほど軽い声だった。
「ふーん。そっか」
衣擦れの音がして、彼がリラックスしたように壁に背を預けるのが分かった。
「じゃあ、俺が心配してやるよ」
「……は?」
思わず顔を上げそうになって、慌てて止めた。
何を言っているんだ、こいつは。
「だって、俺は君が心配だからね。こんなとこで風邪引いて倒れられたら気になるし」
「なっ、お前には関係ないだろう……!」
「関係できたじゃん、今。雨宿り仲間として」
彼はハハハと笑った。
「俺さ、辛い時に一人でいるのって寂しくて嫌いなんだ。だから、君が落ち着くまでここにいるわ。……ああ、気にしないで。俺もサボりたくて、たまたまここで休んでるだけだからさ」
そう言って、彼は本当に黙り込んでしまった。
慰めるわけでも、事情を聞くわけでもない。
ただ、同じ雨音を聞きながら、近くの壁に誰かが座っている。
『俺が心配してやる』
その適当で、無責任で、温かい言葉が、冷え切った胸にじんわりと染み込んだ。
王子としての私ではなく、ただの「雨宿り仲間」として扱ってくれたことが、何よりも救いだった。
しばらくして、雨脚が弱まった頃。
彼は「お、止んできたな」と立ち上がった。
「じゃあな。風邪引くなよ」
彼は私の顔を見ようともせず、ヒラヒラと手を振って去っていった。
その後ろ姿が見えなくなるまで待って、私はようやく顔を上げた。
濡れた金髪。特徴的な制服の着こなし。
顔は見ることが出来なかったが、背の高い後ろ姿で分かった。
確か、ラドー伯爵家、クラウスだ。
(……あいつ、クラウスだったのか)
私はしばらく、彼が座っていた場所を呆然と見つめていた。
それからの日々、私は学園で彼を目で追うようになった。
だが、クラウスは私に話しかけてくることはなかった。
廊下ですれ違っても、他の生徒と同じように恭しく礼をするだけ。あの雨の日のような砕けた口調も、親密な空気もない。
(気づいていないのか? それとも、忘れてしまったのか?)
私に取り入ろうとする生徒たちは山ほどいるのに、彼だけは媚びてこない。
目が合っても、すぐに逸らされる。
それが余計に、私を焦れさせた。
あの日、私に「心配してやる」と言ってくれた彼が、今は私を見ていない。
その距離感がもどかしくて、寂しくて。
気づけば私は、彼のことばかり考えるようになっていた。
その日、馬術演習は、春の陽気に包まれていた。
だが、私の心は晴れなかった。
「さすがエルリード殿下! 素晴らしい手綱捌きです!」
「その白馬も、殿下に乗られて誇らしげですね」
周囲を取り囲む取り巻きたちの、中身のない称賛。
彼らは私の「地位」しか見ていない。私がうまくいかなければ見てみぬふりをし、上手くいけば自分の手柄のように騒ぎ立てる。
うんざりだ。私は軽く溜息をつき、手綱を握り直した。
――その時だった。
ヒヒィンッ!!
私の馬が、何の前触れもなく嘶(いなな)き、前足を高く上げた。
視界が大きく傾く。
「うわっ!?」
「で、殿下!?」
「馬が、暴走しているぞ!」
誰かが魔法でもかけたかのように、馬は狂ったように駆け出した。
演習場の柵を飛び越え、裏手の荒地へと突き進む。
その先にあるのは――切り立った崖だ。
「と、止まれ! 止まってくれ!」
必死に手綱を引くが、馬は口から泡を吹き、さらに速度を上げる。
後ろを振り返っても、取り巻きたちは誰一人追ってこない。彼らは青ざめた顔で立ち尽くしているだけだ。
ああ、やっぱり。あいつらは私の命なんてどうでもいいんだ。
風切り音が耳をつんざく。
崖に近づいていく。
死ぬ。私はこんなところで、誰にも助けられずに死ぬんだ。
――ドッドッドッ!
絶望に目を閉じかけたその時、別の蹄の音が猛烈な勢いで近づいてきた。
黒い影が、私の右側に並ぶ。
「――手綱を離さないで!」
凛とした声が風を切り裂いた。
目を開けると、そこには黒馬を駆る一人の生徒がいた。
クラウス・ラドー
成績優秀だが、私のような王族に媚びることもなく、いつも遠巻きにこちらを見ていた男。
彼は私の暴走する馬に、恐ろしいほどの速度で並走し、ピッタリと馬体を寄せた。
少しでもバランスを崩せば、二頭とも転倒して、怪我では済まない速度だ。
「何をしている、離れろ! 巻き込まれるぞ!」
「前を見て! 私が支えます!」
彼は自分の手綱を右手だけで巧みに操りながら、空いた左手を伸ばした。
そして、私の馬の首筋に手を添え、自らの馬で押し込むようにして進路を制御し始めたのだ。
「大丈夫だ。そのまま、手綱をしっかり持っていてください!」
「で、でも、崖が……!」
「私を信じて!」
彼の緑色の瞳が、射抜くように私を見た。
その目には、恐怖など微塵もない。あるのは確固たる意志と、私を救おうとする熱だけ。
私は震える手で手綱にしがみついた。
崖の縁が見える。
あと十メートル。五メートル。
「――ハッ!」
クラウスが短く気合いを発し、二頭の馬の手綱を同時に引き絞った。
馬たちが嘶き、大地を削りながら急制動がかかる。
ザザザザッ……!
土煙が舞い上がり、小石がバラバラと崖下へ落ちていく音が聞こえた。
私の馬が止まったのは、崖の縁からわずか数歩手前。
そして、外側を走っていたクラウスの馬の前足は、すでに宙を舞っていた。
「ハァ、ハァ……っ」
静寂が戻る。
心臓が破裂しそうだ。
もし止まらなかったら。もし私が暴れていたら。
彼は私と共に、確実に崖の下へ落ちていただろう。
「……ご無事ですか、殿下」
すぐ隣で、乱れていない声がした。
見ると、彼は何事もなかったかのように微笑み、私の馬の首を優しく撫でて落ち着かせている。
額に光る汗と、風に乱れた金髪だけが、今の命がけの行動を物語っていた。
「どうして……」
声が震えた。
「どうして助けた? お前も死ぬところだったんだぞ」
「殿下が落ちるのを、ただ見ていることなどできません」
彼は馬上で私に向き直ると、極めて自然な動作で、私の震える手に自分の手を重ねた。
「貴方を失うくらいなら、共に落ちた方がマシです」
ドクン、と心臓が大きく跳ねた。
それは恐怖の鼓動ではなかった。
今まで遠い存在だと思っていた男。
私に取り入ろうともしなかった彼が、命を捨てて私を守った。
あんなに取り巻きがいたのに、私を助けに来たのは彼だけだった。
逆光の中で微笑む彼が、眩しくて直視できない。
私は彼に握られた手の熱さを感じながら、自覚してしまった。顔が赤くなるのを隠せなかった。
――この人だ。
私が必要としていたのは、地位でも権力でもない。
命がけで私を見てくれる、この人だけだ。
私は自ら、その崖よりも深い恋の穴へとスルスルと落ちていった。
その夜、私は自室で、落ち着きなく部屋の中を行き来していた。
心臓がうるさい。無意味に立ち上がったり、手のひらに滲む汗を、何度もズボンで拭う。
やってしまった。
「相談がある」というありきたりな口実で、クラウスを夜の部屋に呼び出してしまったのだ。
もちろん、相談なんて嘘だ。
私の目的は一つ。完璧な彼を、私のベッドに引きずり込むこと。
あの「崖の件」以来、私はもう彼なしでは息もできないほど溺れてしまっていた。彼の視線が欲しい。彼の熱が欲しい。彼が他の誰かを見るなんて耐えられない。
(大丈夫だ。私は王子だ。命令すれば彼は断れない……いや、違う。そうじゃない。彼の方から私を求めてほしいんだ!)
私は鏡の前で、わざとらしくシャツのボタンを二つ外した。青白い首筋が露わになる。これで少しは隙があるように見えるだろうか。
馬鹿げている。国の第二王子が、たかが一介の伯爵家の男を部屋に誘い込むために、こんな安っぽい娼婦のような真似をしているなんて。
コン、コン。
控えめなノックの音。
私は飛び上がりそうになるのを堪え、深呼吸をして、努めて尊大な声を作った。
「……入れ。鍵は開いている」
ガチャリ。扉が開き、夜の静寂と共にクラウスが入ってきた。
彼はいつものように完璧に制服を着こなし、涼しい顔で一礼する。
「失礼いたします、エルリード殿下。これほど遅い時間に、いかがなさいましたか?」
その端正な顔を見るだけで、喉がひきつる。
私は平静を装い、部屋の中央にあるソファではなく、わざとベッドの縁に腰掛けた。
「ああ、クラウス。……そこだと遠い。もっと近くへ」
私は自分の隣、ベッドの空いたスペースを指先で叩いた。
あまりに露骨な誘い。我ながら顔から火が出そうだ。
クラウスは一瞬だけ眉を上げたが、すぐに柔和な笑みを浮かべ、私の隣に腰を下ろした。
ベッドが沈み、彼の体温がすぐ隣に感じる。近い。彼の微かな香りが、思考を麻痺させる。
「それで、ご相談とは?」
「……その、なんだ。この前は感謝している。君も、その……色々と、忙しそうで、大変そうだから、なかなか礼もできずに」
しどろもどろだ。何を言っているんだ私は。
クラウスは首を傾げ、私の顔を覗き込む。その緑色の瞳に見つめられると、私は心臓が跳ね上がり上手く話せなくなる。
「私のことを、ご心配くださっているのですか?」
「と、当然だろう! お前は私の……大切な、クラスメイトなのだから」
「光栄です。ですが、礼など及びません。私が心酔しているのは、エルリード殿下。貴方お一人ですから」
――ああ、まただ。
彼はそうやって、私の欲しい言葉ばかりをくれる。
胸が熱くなり、衝動が抑えきれなくなる。私は震える手で、彼の制服の袖を掴んだ。
「……口だけなら、何とでも言える」
私は潤んだ目で見上げ、精一杯の虚勢を張った。
「証明してみせろ。お前が私のものだということを」
部屋に緊張感が走った。
驚いたクラウスから笑顔が消える。彼は無表情で私を見下ろし、そしてゆっくりと、私の顎を冷たい指先で持ち上げた。
「……証明、ですか」
低くなった声が、鼓膜を震わせる。
「それは、こういうことをしろ、という命令でしょうか?」
彼の親指が、私の頬からゆっくりと下唇をなぞる。
ゾクリ、と背筋に電流が走った。彼の指が触れた場所から、熱が広がっていく。
「殿下は……」
彼は私の唇から指を離さぬまま、楽しげに目を細めた。
「まさか、男に抱かれた経験がおありで?」
「っ!?」
私は弾かれたように身を引こうとしたが、顎を掴む指に力がこもり、逃げられない。
「馬鹿なことを! あるわけがないだろう! 私は、その、お前が……」
「私が?」
「……お前になら、触れられてもいいと、思っただけで……っ」
最後は消え入るような声になった。
顔が熱い。恥ずかしさで死んでしまいそうだ。こんなの、ただの世間知らずの子供が、背伸びして誘惑しようとして失敗しただけじゃないか。
クラウスが、ふっ、と短く笑った。
「……可愛らしいですね」
次の瞬間、私はベッドに押し倒されていた。
天蓋の景色がぐるりと回る。
「え、あ、クラウ……ッ!?」
「誘ったのは殿下ですよ? 今さら逃げようなんて、許しません」
彼の顔が覆いかぶさる。
唇が塞がれた。
優しいキスではなかった。深く、強引な口づけ。
息ができない。舌が侵入してきて、口内を蹂躙される。
「ん、んぅっ! ふぁ……っ!」
抵抗しようと腕を上げたが、彼は私の両手首を片手で容易く捕まえ、頭上で縫い止めた。
逃げ場のない状態で、私は彼の口づけに翻弄された。
「は、ぁ……っ、クラウス、待っ……!」
唇が離れた隙に酸素を求めたが、彼はすぐに首筋へと顔を埋めた。私は初めての行為でパニックになっていた。
私が自分で開けたシャツの隙間から、熱い舌が這い回る。
「ここ、随分と脈が早いですね」
彼が私の頸動脈の上に唇を押し当て、わざとらしく囁く。
「そんなに、私が欲しかったのですか? 」
名前を呼ばれただけで、腰が砕けそうになる。
悔しいけれど、否定できない。私は彼に触れられているだけで、頭がおかしくなりそうなほど嬉しいのだ。
「……あ、あんっ!」
彼の手がシャツの下に潜り込み、敏感な脇腹を撫で上げた。
指先が熱い。触れられた場所が火傷したように熱を持ち、情けない声が漏れてしまう。
彼は私の反応を一つ残らず観察しながら、静かに、
的確に、私が一番感じてしまう場所を暴いていく。
「殿下は素直じゃない。体はこんなに熱いのに」
「……やめろ」
「拒絶ですか?」
「ちがう、その呼び方は嫌だ……っ」
私は涙目で彼を見上げ、とっさに懇願していた。
「殿下なんて呼ばないでくれ。……名前で、エルって呼んでくれ!」
「……」
「お前にだけは、ただの『エル』として触れられたいんだ……頼む、クラウス……」
その言葉を聞いた瞬間、クラウスの瞳の色が、より一層濃く、昏く沈んだ気がした。
彼が私の耳たぶを甘噛みし、低く囁いた。
「朝まで離しませんよ。エルが泣いて許しを請うまで、たっぷりと可愛がって差し上げます」
その言葉は、甘い愛の囁きのようでありながら、絶対的な支配の宣言だった。
私は彼に見下ろされ、その昏い緑色の瞳に捕らえられたまま、ただ頷くことしかできなかった。
これが破滅への入り口だと知りながら、この甘美な地獄に喜んで身を投げ出したのだ。
***
ドクン、ドクン、ドクン……。
激しい動悸と共に、意識が浮上する。
熱い。体が火照っている。
股の間がじわりと湿って、甘い余韻が腰の奥に燻(くすぶ)っている。
「……ん、ぁ……クラウ、ス……」
夢の続きを求めて、私は無意識にその名前を呼んでいた。無意識に腰が揺れる。
愛しい男の名前。私を抱きしめ、私を愛してくれる唯一の男。
「――はい。ここにいますよ、エル」
すぐ耳元で、声がした。
反射的に目を開ける。
目の前に、美しい男の顔があった。
「……!」
その顔を見た瞬間、夢の魔法は解け、冷水を浴びせられたような恐怖が蘇った。
違う。
彼は、私を愛してくれたんじゃない、利用していたんだ!
真実は、私を殺した、裏切り者だ。
「ひっ……!」
私は短く悲鳴を上げて、シーツを掴んで身を引いた。
だが、体は正直だった。
夢の中の激しい情事の影響で、私の呼吸は荒く、頬は紅潮し、目は潤んでいる。
クラウスはベッドの脇の椅子に優雅に腰掛け、そんな私を値踏みするように見つめていた。
その手には、真っ白な手袋が嵌められている。
「随分と、良い夢を見ていたようですね」
彼は口元だけで笑った。
その目は笑っていない。私の乱れた呼吸、紅潮した肌、そして布団の下の生理的な反応まで、すべてを見透かすような冷たい視線。
「名前を呼んでいただけて光栄です。……夢の中で、私は貴方に何をしていましたか?」
問いただすような声に、私は羞恥と恐怖で唇を噛んだ。
言えるわけがない。
お前に抱かれて、朝まで乱される夢を見ていたなんて。
私を殺した人殺し相手に発情していたなんて、死んでも言えない。
「……なんでも、ない……」
私は布団を頭まで被り、ガタガタと震える体を隠した。
最悪だ。
あんなに幸せな記憶が、今は私を追い詰める。
「そうですか。まあ、いいでしょう」
衣擦れの音がして、彼が立ち上がる気配がした。
「これからは現実で、夢以上のことをして差し上げますから」
布団越しに聞こえたその言葉は、愛の囁きというよりは、確定された宣告のように響いた。
「……ッ、は、なせ!」
私は渾身の力を振り絞り、クラウスの腕を突き飛ばした。
息がしづらい。心臓が破裂しそうだ。
だが、気絶は免れた。恐怖よりも「こいつから離れなければ」という本能が勝ったのだ。
私はベッドの隅まで後ずさり、壁に背中を預けて彼を睨みつけた。
「帰れ……! 今すぐ私の部屋から出ていけ!」
指を突きつけて命令する。私は王子だ。不敬な振る舞いは許さない。
だが、クラウスは悪びれる様子もなく、優雅に肩を竦めただけだった。
「帰れとは冷たいですね。私は今日から、貴方の教育係として、ここに住み込むことになったのですよ」
「は……? 何を馬鹿な……」
「陛下のご命令です。『第二王子にはベルンシュタイン公爵家の教育が必要だ』と。……私の部屋は、この隣室に用意されています」
目の前が暗くなった。
隣? この男が?
王城の、私の空間に、この裏切り者が入り込むというのか。
「嘘だ、父上がそんな……」
「嘘ではありません。……それとも、陛下に確認しに行きますか? 今なら執務室にいらっしゃるでしょう」
彼は扉の方へ道を空け、どうぞ、と促すような仕草をした。
その余裕たっぷりの態度が、すべてを物語っていた。
父上はもう、私を売ったのだ。確認しに行ったところで、「クラウスの言う通りにしろ」と一蹴されるだけだ。……いや、待て。そもそも、その肩書き自体があり得ないはずだ。
「……お前、なぜ公爵になっている?」
震える声で問うと、クラウスはきょとんと小首を傾げた。
「どうして、とはどういう意味でしょうか? 私は生まれた時からクラウス・フォン・ベルンシュタインですが?」
「嘘をつくな! ベルンシュタイン公爵家は……私が五歳の頃に、断絶したはずだ!」
私はベッドの上で身を乗り出し、食ってかかった。
シーツを握りしめる指が、白く変色する。
「お前の父、前公爵は『国王暗殺未遂』の罪で処刑されただろう! 幼かったお前はラドー伯爵家に引き取られて……だから、お前は復讐のために……ッ!」
そうだ。だから私たちは歪んでしまったんだ。
私が覚えている記憶。お前が私に突きつけた真実。
それを突きつければ、仮面が剥がれると思った。
「なぜ知っている」と動揺するか、「思い出したのか」と本性を現すか。
……だが。
「殿下」
クラウスは眉を八の字に下げ、心底心配そうに私を見つめただけだった。
「……やはり、かなりお加減が悪いようだ。悪い夢でもご覧になったのですか?」
「な……」
「私の父は、私が十歳の時に流行り病で亡くなりました。処刑などされておりませんし、私は一度たりともラドー家になど入っておりません」
彼は諭すように、優しく、淡々と言い切った。
一瞬の動揺もない。
「ずっと、王家の臣下としてお支えして参りましたよ。これからも、ずっと」
「っ、違う! 私は知っているんだ、お前が……!」
「殿下」
私の言葉を遮り、クラウスがスッと音もなく距離を詰めた。
伸びてきた手が、私の額に触れる。
「可哀想に。現実と夢の区別がつかなくなっているのですね」
その瞳があまりにも真っ直ぐで、あまりにも「善意」に満ちていて。
私は言葉を失った。
おかしい。ついさっきまで生きてきた現実はなんだったんだ?
まるで、本当に「そんな事実は存在しない」とでも言うような、完璧な否定。
(まさか、狂っているのは……私の方なのか?)
あまりの完璧な態度に、自信がガラガラと崩れ落ちていく。
記憶の中の血塗られた惨劇と、目の前の穏やかな公爵。
どちらが現実か、証明する術がない。
「父上は……国王陛下は、それを認めているのか?」
「ええ。陛下からは『全権委任』の勅書をいただいております」
彼は懐から一枚の羊皮紙を取り出した。
そこにある父の署名と王家の印章は、彼が「正当な公爵」であることを証明する決定的な証拠だった。
「これから私が、貴方の全てを管理いたします」
クラウスは、まるで壊れ物を扱うように私の頬を撫でた。
その手つきは優しく、温かい。
だが、私を見るその目だけが、鈍く輝いている。
「もう、思い出さなくていいのですよ。……辛い過去(ゆめ)など、全て忘れてしまえばいい」
その言葉が、妙に胸に引っかかった。
まるで、私が思い出すことを恐れているような。
あるいは、二度と私に「過去」を語らせまいとする、強迫的な祈りのようで。
だが、今の私にはそれを追及する気力も、証拠も残されていなかった。
逃げ場はない。
この城にいる限り、私はこの男の視線から逃れられないのだ。
「顔色がまだ悪い。やはり少し横になった方がいい」
クラウスが再び近づいてくる。
私は威嚇するように睨んだが、彼はまるで怯まない。むしろ、怯える小動物を喜んで愛でるような、甘ったるい視線を注いでくる。
「安心してください、エルリード殿下。私がついている限り、貴方を傷つける者は誰も寄せ付けません」
彼の手袋をはめた指先が、私の乱れた前髪を直す。
「たとえそれが、家族であろうと、運命であろうとね」
その言葉に、私はゾクリとした。
彼は知っているのか? 私が死ぬ未来を。
いや、まさか。
私の二度目の人生は、こうして始まった。
鉄格子も鎖もない。
けれど、この男に閉じ込められた。
視界が赤い。
燃え落ちる王城の梁(はり)と、悲鳴が遠く聞こえる。
だが、何よりも熱いのは、私の腹部に深々と突き刺さった無骨な鉄の剣だった。
「……が、ぁ……」
剣を握っているのは、顔も知らない近衛兵だ。彼は私の腹を抉ると、無表情に剣を引き抜いた。
ドサリ、と私が血の海に沈むのを、その後ろから見下ろしている男がいる。
父の首を持つのは美しい立ち姿の男。
私の婚約者であり、親友だった男――クラウスだ。
彼は倒れた私を、まるで道端の石ころでも見るような、冷え切った瞳で見つめていた。
「終わりだ、エル」
低く、よく通る声。かつては愛を囁いたその唇が、淡々と事実だけを告げる。
「愛していたよ。君のその、人を疑うことを知らない愚かさをね。……おかげで復讐は容易かった」
ああ、そうか。
全部、嘘だったんだ。
私の父である国王を殺すために、愚かな息子の私を利用しただけ。彼にとって私は、自分の手を汚す価値すらない道具だったのだ。
視界が霞む。痛みが遠のいていく。
もしも、もしも次があるのなら。
もう二度と、あなたを愛さない。あなたの復讐の道具になんてなってやらない――。
意識が闇に落ちる寸前、ふと、頬に何かが触れた気がした。
それは酷く温かくて、震えていて、まるで……。
「――ッ、オェッ!!」
目を開けた瞬間、喉の奥から熱いものが込み上げてきた。
突き刺された痛みが、内臓を裏返すように締め上げる。
「げ、ほっ……う、オエェッ……!」
私はベッドから転がり落ちるようにして、床に胃の中身をぶちまけた。
視界がチカチカと明滅する。
痛い。苦しい。息ができない。
口の中に広がる鉄錆のような血の味と、酸っぱい胃酸の味が混ざり合って、涙が止まらない。
「エルリード殿下!? どうなさいましたか!」
バン、と荒々しく扉が開き、誰かが駆け寄ってきた。
背中をさすってくれる手は温かいが、私はパニックでその手を振り払いそうになる。
「大丈夫ですか!? お水を持ってきます、しっかりしてください!」
覗き込んできたその顔を見て、私の思考が凍りついた。
栗色の髪に、そばかすの散った顔。心配そうに眉を下げている女性。
「……エマ……?」
掠れた声で名前を呼ぶと、彼女は「はい、エマですよ」と泣きそうな顔で頷いた。
馬鹿な。ありえない。
エマは私の専属侍女だったが、私が二十歳の時に流行り病で亡くなったと風の噂で聞いた。
それがどうして、ここにいる?
「……夢?」
「え?」
私はふらつく足で立ち上がると、壁に掛けられた姿見が視界に入った。
そこに映っていたのは、先ほど血を吐いて死んだ青年ではない。
顔色は真っ青だが、肌には張りがあり、少年の面影を残しつつも青年へと成長しかけている。
これは――過去の私だ。
「……は、はは……なんだ、これは」
乾いた笑いが漏れた。
これは、死ぬ間際に見るという走馬灯か?
それとも、あの地獄のような現実から逃げるために、私の脳が作り出した都合のいい夢なのだろうか。
ペタ、と鏡の中の自分の頬に触れる。
指先に伝わるガラスの冷たさ。
窓から差し込む朝日の眩しさ。
そして何より、床にぶちまけた汚物が発する、鼻を刺すような酸っぱい臭い。
――夢にしては、感覚が鮮明すぎる。
――幻覚にしては、あまりにも都合がいい。
私は自分の腕を、爪が食い込むほど強くつねった。
鋭い痛みが走る。
夢じゃない。ここは現実だ。
けれど、何かがおかしい。世界がぐらりと歪んでいるような、奇妙な違和感が拭えない。
なぜ? なぜ私は死んでいない?
さっきまで確かに、腹を裂かれて冷たい石畳の上で息絶えたはずだ。
それなのに、今の私は傷ひとつなく、あまつさえ死んだはずの侍女が生きている現実に立っている。
全身の力が抜け、その場にへたり込んだ。
汚れた床の上で、私は混乱の渦に飲み込まれていた。
記憶を手繰り寄せる。エマがまだ屋敷にいて、私がこの姿ということは、今は恐らく十六歳くらいか?
あの裏切りも、殺戮も、まだ何も起きていない世界。
(……訳が分からない。何が起きているんだ……?)
恐怖と混乱で震える体を抱きしめる。
だが、一つだけ確かなことがあった。
十六歳。
つまり、まだだ。
まだ私は、あの騎士教導院に入学していない。
――まだ、クラウスに出会ってすらいない。
これが神の気まぐれか、悪魔の罠かは分からない。
だが、ここがもし現実なら出会わなければいいんだ。
あんな裏切り者の人殺しになんて、関わらなければ。
私の人生は、まだやり直せる――。
私はエマの手を借りて、汚れたパジャマを着替え、口をゆすいだ。
鏡の中の顔色は相変わらず土気色のままだが、吐き気は少し治まっていた。
「侍医をお呼びしましょうか? まるで何かに怯えているようですわ」
「……いや、いい。ただの悪い夢だ」
私は首を横に振った。
侍医に見せたところで、この「死の記憶」という病が治るわけではない。
それに、今は一刻も早くこれからの計画を立てる必要があった。
ベッドに腰を下ろし、震える指を組んで考える。
確証がほしくて私は、日記の日付で確認したがやはり十六歳。
騎士教導院に入学するのは、この春だ。
前世の私は、そこでクラウスと出会い、彼の美貌と才知に惹かれ、友人となり……そして婚約者になった。
すべては彼が仕組んだ復讐への道筋にまんまとハマった私の愚かさゆえだ。
(……行かなければいい)
単純だが、確実な方法だ。
私は王位継承権を持つ第二王子だが、病弱だという理由をつけて城の奥に引きこもってしまえばいい。
前回は父上に認められたくて行かなくても良い教導院など行ってしまった。
父上――現国王は、優秀な兄上を溺愛している。
私が王都を離れることは許さないだろうが、城の中で大人しくしている分には文句はないはずだ。 むしろ、余計な野心を持たず、無能な引きこもりでいてくれた方が好都合だろう。
クラウスに出会わない。
政治に関わらない。
そうすれば、あの日父上の罪が暴かれるその時がきても、私はただの「無関係な愚か者」として、死罪だけは免れられるかもしれない。
「……そうだ。私は病気になろう」
エマに顔を向ける。
「エマ、父上に伝えてくれ。体調が悪くて起き上がれないと。しばらく誰とも会いたくないと」
「ええ、もちろんですが……。でも、エルリード殿下」
エマは困ったように眉を下げた。
「実は本日既に、お客様がお待ちですわ」
「客? こんな朝早くから? 断ってくれ。今の私はそれどころじゃ……」
「ですが、その……お客様といいますか……実は本日より、殿下の教育係としてお城に上がられたようで、勅書をお持ちになっております。ベルンシュタインの公爵家のご当主のクラウス様です」
心臓が、ドクリと嫌な音を立てた。
「……待て。なんて言った?」
耳鳴りがする。
エマの言葉が、うまく理解できない。
「ですから、クラウス・フォン・ベルンシュタイン公爵様です。今日から殿下の新しい教育係として上がられたと」
――は?
思考が止まる。
違う。記憶と違う。
クラウスが私の前に現れるのは、騎士教導院の入学式のはずだ。
それに彼は、当時はただの伯爵家の養子だったはず。公爵位を名乗るのはもっと後のことだ。
なぜ、時期が早い? なぜ、まだ出会ってもいない段階で、すでに「公爵」として、「教育係」として城に来る?
「お断りしてきますね。さすがにこの顔色では……」
「頼む!」
私は裏返った声で叫んだ。
全身から冷たい汗が噴き出す。
退出していったエマは断ると言っていたが、嫌な予感がする。
本能が警鐘を鳴らしている。今すぐ逃げろと叫んでいる。
だが、遅かった。
コン、コン。
軽やかなノックの音が、死刑執行の合図のように響いた。
「エルリード殿下。お加減が優れないと伺いましたが」
扉越しに聞こえてきたその声に、私は息を呑んだ。
低く、甘く、鼓膜に粘りつくような美声。
間違いない。
数分前――いや、数年後の未来で、私に「愛していたよ」と囁きながら、私の死を望んだ男の声だ。
「入ってもよろしいですか?」
返事をする余裕なんてなかった。
だが、こちらの許可など待つ気はないのだろう。
ガチャリ、とドアノブが無機質な音を立てて回る。
ゆっくりと扉が開く。
彼は静かに立っていた。
記憶の中より少し背が低いかもしれない。
けれど、その顔立ちはすでに完成された美しさと、若き当主としての風格を放っていた。
色素の薄い金髪に、深い森のような緑色の瞳。
天使のように微笑んでいるが、その瞳の奥には、底知れない闇が渦巻いている。
クラウスだ。
十六歳の、若きクラウスがそこにいた。
「……はじめまして、殿下」
彼は優雅に一礼すると、部屋の中へと足を踏み入れた。
一歩、また一歩。
彼が近づくたびに、部屋の空気が凍りついていくような錯覚を覚える。
私はシーツを握りしめ、後ずさろうとした。だが背中はすでにヘッドボードに張り付いていて、逃げ場はない。
「ずっと、お会いしたかった」
ベッドの縁に手をかけ、クラウスが顔を寄せてくる。
至近距離で目が合った。
その瞳を見た瞬間、私は「ヒッ」と短い悲鳴を漏らした。
口元は綺麗な弧を描いているのに、目だけが、私の毛穴さえ全てを見逃すまいとでも言うように見開かれていた。
それは到底、初対面の相手に向ける目ではなかった。
「お顔色が悪いですね。……可哀想に」
彼の手が伸びてくる。
逃げなければ。払いのけなければ。
そう思うのに、金縛りにあったように体が動かない。
冷たい指先が、私の頬に触れた。
――ビクリ、と体が跳ねる。
その感触は、死の間際、薄れゆく意識の中で感じた「あの温もり」と重なった。
(……温かい?)
混乱する私の頬を、彼は愛おしげに親指で撫でる。
そして、私だけに聞こえるような小さな声で、ぽつりと呟いた。
「ようやく、見つけた」
その声に含まれていたのは、復讐心でも、友情でもない。
もっとドロドロとした、黒く濁った声音だった。
私は悟ってしまった。
逃げられない。
騎士教導院に行かないとか、病気で引きこもるとか、そんな小手先の策は通用しない。
運命は――いや、この怪物は、最初から私を逃がすつもりなんてないのだ。
「これからは私が、片時も離れずお守りしますよ。……私の、エルリード殿下」
公爵としての絶対的な権力と、狂気じみた愛を孕んだ瞳に見下ろされ、私はただ震えることしかできなかった。
先ほどまでの死の恐怖と、処理しきれない情報の濁流に、私の意識は限界を迎えた。
視界がグラリと揺れる。
「……ッ、」
私の体が崩れ落ちるのを、彼の手が素早く支えた。
嫌だ。触らないでくれ。
そう拒絶しようとしたが、喉からはヒューという音しか出ない。
暗転していく視界の中で、彼が私を抱きしめ、満足げに微笑んだのが見えた気がした。
――ああ、神様。
これはいったい誰のための夢だ?
死んだと思って目が覚めた。どうしてあんな結末になってしまったのか、問いかけずにはいられない。
私たちの始まりは、あんなにも美しかったのに。
***
その日、私は「いらない子」であることを痛感させられていた。
父上は、体調を崩した兄上の治療のために、私の魔力を限界まで搾り取るよう侍医に命じたのだ。
いつものことだ。慣れている。しかし聞こえてしまった。「スペアならいくら壊れても構わん。ユーリスを治せ」
私の顔色が土色になろうと、倒れそうになろうと、父上は私を見ようともしなかった。
さらに「王族としての務めを果たせ」と、私はふらつく足で騎士教導院へ送り出されたのだ。
教室の喧騒が、耳鳴りのする頭には酷すぎた。吐き気をこらえ、私は監視の目を盗んで、裏手にある寂れた温室へと逃げ込んだ。
ガラス屋根を叩く激しい雨音に紛れて、膝を抱えて声を押し殺す。
みっともない。誰かに見られたら王族の恥だ。
「――うわ、すっげぇ雨」
ふいに、男の声がした。
心臓が跳ねた。私は咄嗟に膝に顔を埋め、両手で頭を抱えて丸くなった。
誰だ? いつの間に?
「……ん? 君、大丈夫?」
足音が近づいてくる。私は顔を隠したまま、震える声で威嚇した。
「……向こうへ行け! 誰もいない!」
「いやいや、いるじゃん。そんなとこで丸まってたら風邪引くよ?」
相手は立ち去るどころか、呆れたような、ひどく軽い口調で返してきた。
王族に対する敬語ではない。どうやら、私が誰か気づいていないようだ。
それが少しだけ安心だったが、今はとにかく一人になりたかった。
「放っておいてくれと言っているんだ!」
「そうはいかないって。こんな雨の中で震えてる奴、見捨てたら寝覚めが悪い」
彼は私の隣――少し距離を空けた壁際に、ドカッと腰を下ろす気配がした。
「ほら、帰んな。きっと今頃、君を心配してる人が探し回ってるぜ?」
その言葉が、地雷を踏んだ。
心配? 誰が?
父上か? 兄上か? それとも、私の機嫌を損ねれば自分の立場が危うくなる取り巻きたちか?
誰も「私」のことなんて見ていないくせに。
「……いない!」
私は顔を膝に押し付けたまま、叫ぶように吐き捨てた。
「私のことを心配する人間なんて、一人もいない! 私は……いらない人間なんだ!」
激情に任せて叫んでしまい、直後に後悔した。
見ず知らずの他人に、こんな弱音を。
きっと嘲笑される。「可哀想な奴だ」と憐れまれる。そう思って身構えた。
だが、返ってきたのは、拍子抜けするほど軽い声だった。
「ふーん。そっか」
衣擦れの音がして、彼がリラックスしたように壁に背を預けるのが分かった。
「じゃあ、俺が心配してやるよ」
「……は?」
思わず顔を上げそうになって、慌てて止めた。
何を言っているんだ、こいつは。
「だって、俺は君が心配だからね。こんなとこで風邪引いて倒れられたら気になるし」
「なっ、お前には関係ないだろう……!」
「関係できたじゃん、今。雨宿り仲間として」
彼はハハハと笑った。
「俺さ、辛い時に一人でいるのって寂しくて嫌いなんだ。だから、君が落ち着くまでここにいるわ。……ああ、気にしないで。俺もサボりたくて、たまたまここで休んでるだけだからさ」
そう言って、彼は本当に黙り込んでしまった。
慰めるわけでも、事情を聞くわけでもない。
ただ、同じ雨音を聞きながら、近くの壁に誰かが座っている。
『俺が心配してやる』
その適当で、無責任で、温かい言葉が、冷え切った胸にじんわりと染み込んだ。
王子としての私ではなく、ただの「雨宿り仲間」として扱ってくれたことが、何よりも救いだった。
しばらくして、雨脚が弱まった頃。
彼は「お、止んできたな」と立ち上がった。
「じゃあな。風邪引くなよ」
彼は私の顔を見ようともせず、ヒラヒラと手を振って去っていった。
その後ろ姿が見えなくなるまで待って、私はようやく顔を上げた。
濡れた金髪。特徴的な制服の着こなし。
顔は見ることが出来なかったが、背の高い後ろ姿で分かった。
確か、ラドー伯爵家、クラウスだ。
(……あいつ、クラウスだったのか)
私はしばらく、彼が座っていた場所を呆然と見つめていた。
それからの日々、私は学園で彼を目で追うようになった。
だが、クラウスは私に話しかけてくることはなかった。
廊下ですれ違っても、他の生徒と同じように恭しく礼をするだけ。あの雨の日のような砕けた口調も、親密な空気もない。
(気づいていないのか? それとも、忘れてしまったのか?)
私に取り入ろうとする生徒たちは山ほどいるのに、彼だけは媚びてこない。
目が合っても、すぐに逸らされる。
それが余計に、私を焦れさせた。
あの日、私に「心配してやる」と言ってくれた彼が、今は私を見ていない。
その距離感がもどかしくて、寂しくて。
気づけば私は、彼のことばかり考えるようになっていた。
その日、馬術演習は、春の陽気に包まれていた。
だが、私の心は晴れなかった。
「さすがエルリード殿下! 素晴らしい手綱捌きです!」
「その白馬も、殿下に乗られて誇らしげですね」
周囲を取り囲む取り巻きたちの、中身のない称賛。
彼らは私の「地位」しか見ていない。私がうまくいかなければ見てみぬふりをし、上手くいけば自分の手柄のように騒ぎ立てる。
うんざりだ。私は軽く溜息をつき、手綱を握り直した。
――その時だった。
ヒヒィンッ!!
私の馬が、何の前触れもなく嘶(いなな)き、前足を高く上げた。
視界が大きく傾く。
「うわっ!?」
「で、殿下!?」
「馬が、暴走しているぞ!」
誰かが魔法でもかけたかのように、馬は狂ったように駆け出した。
演習場の柵を飛び越え、裏手の荒地へと突き進む。
その先にあるのは――切り立った崖だ。
「と、止まれ! 止まってくれ!」
必死に手綱を引くが、馬は口から泡を吹き、さらに速度を上げる。
後ろを振り返っても、取り巻きたちは誰一人追ってこない。彼らは青ざめた顔で立ち尽くしているだけだ。
ああ、やっぱり。あいつらは私の命なんてどうでもいいんだ。
風切り音が耳をつんざく。
崖に近づいていく。
死ぬ。私はこんなところで、誰にも助けられずに死ぬんだ。
――ドッドッドッ!
絶望に目を閉じかけたその時、別の蹄の音が猛烈な勢いで近づいてきた。
黒い影が、私の右側に並ぶ。
「――手綱を離さないで!」
凛とした声が風を切り裂いた。
目を開けると、そこには黒馬を駆る一人の生徒がいた。
クラウス・ラドー
成績優秀だが、私のような王族に媚びることもなく、いつも遠巻きにこちらを見ていた男。
彼は私の暴走する馬に、恐ろしいほどの速度で並走し、ピッタリと馬体を寄せた。
少しでもバランスを崩せば、二頭とも転倒して、怪我では済まない速度だ。
「何をしている、離れろ! 巻き込まれるぞ!」
「前を見て! 私が支えます!」
彼は自分の手綱を右手だけで巧みに操りながら、空いた左手を伸ばした。
そして、私の馬の首筋に手を添え、自らの馬で押し込むようにして進路を制御し始めたのだ。
「大丈夫だ。そのまま、手綱をしっかり持っていてください!」
「で、でも、崖が……!」
「私を信じて!」
彼の緑色の瞳が、射抜くように私を見た。
その目には、恐怖など微塵もない。あるのは確固たる意志と、私を救おうとする熱だけ。
私は震える手で手綱にしがみついた。
崖の縁が見える。
あと十メートル。五メートル。
「――ハッ!」
クラウスが短く気合いを発し、二頭の馬の手綱を同時に引き絞った。
馬たちが嘶き、大地を削りながら急制動がかかる。
ザザザザッ……!
土煙が舞い上がり、小石がバラバラと崖下へ落ちていく音が聞こえた。
私の馬が止まったのは、崖の縁からわずか数歩手前。
そして、外側を走っていたクラウスの馬の前足は、すでに宙を舞っていた。
「ハァ、ハァ……っ」
静寂が戻る。
心臓が破裂しそうだ。
もし止まらなかったら。もし私が暴れていたら。
彼は私と共に、確実に崖の下へ落ちていただろう。
「……ご無事ですか、殿下」
すぐ隣で、乱れていない声がした。
見ると、彼は何事もなかったかのように微笑み、私の馬の首を優しく撫でて落ち着かせている。
額に光る汗と、風に乱れた金髪だけが、今の命がけの行動を物語っていた。
「どうして……」
声が震えた。
「どうして助けた? お前も死ぬところだったんだぞ」
「殿下が落ちるのを、ただ見ていることなどできません」
彼は馬上で私に向き直ると、極めて自然な動作で、私の震える手に自分の手を重ねた。
「貴方を失うくらいなら、共に落ちた方がマシです」
ドクン、と心臓が大きく跳ねた。
それは恐怖の鼓動ではなかった。
今まで遠い存在だと思っていた男。
私に取り入ろうともしなかった彼が、命を捨てて私を守った。
あんなに取り巻きがいたのに、私を助けに来たのは彼だけだった。
逆光の中で微笑む彼が、眩しくて直視できない。
私は彼に握られた手の熱さを感じながら、自覚してしまった。顔が赤くなるのを隠せなかった。
――この人だ。
私が必要としていたのは、地位でも権力でもない。
命がけで私を見てくれる、この人だけだ。
私は自ら、その崖よりも深い恋の穴へとスルスルと落ちていった。
その夜、私は自室で、落ち着きなく部屋の中を行き来していた。
心臓がうるさい。無意味に立ち上がったり、手のひらに滲む汗を、何度もズボンで拭う。
やってしまった。
「相談がある」というありきたりな口実で、クラウスを夜の部屋に呼び出してしまったのだ。
もちろん、相談なんて嘘だ。
私の目的は一つ。完璧な彼を、私のベッドに引きずり込むこと。
あの「崖の件」以来、私はもう彼なしでは息もできないほど溺れてしまっていた。彼の視線が欲しい。彼の熱が欲しい。彼が他の誰かを見るなんて耐えられない。
(大丈夫だ。私は王子だ。命令すれば彼は断れない……いや、違う。そうじゃない。彼の方から私を求めてほしいんだ!)
私は鏡の前で、わざとらしくシャツのボタンを二つ外した。青白い首筋が露わになる。これで少しは隙があるように見えるだろうか。
馬鹿げている。国の第二王子が、たかが一介の伯爵家の男を部屋に誘い込むために、こんな安っぽい娼婦のような真似をしているなんて。
コン、コン。
控えめなノックの音。
私は飛び上がりそうになるのを堪え、深呼吸をして、努めて尊大な声を作った。
「……入れ。鍵は開いている」
ガチャリ。扉が開き、夜の静寂と共にクラウスが入ってきた。
彼はいつものように完璧に制服を着こなし、涼しい顔で一礼する。
「失礼いたします、エルリード殿下。これほど遅い時間に、いかがなさいましたか?」
その端正な顔を見るだけで、喉がひきつる。
私は平静を装い、部屋の中央にあるソファではなく、わざとベッドの縁に腰掛けた。
「ああ、クラウス。……そこだと遠い。もっと近くへ」
私は自分の隣、ベッドの空いたスペースを指先で叩いた。
あまりに露骨な誘い。我ながら顔から火が出そうだ。
クラウスは一瞬だけ眉を上げたが、すぐに柔和な笑みを浮かべ、私の隣に腰を下ろした。
ベッドが沈み、彼の体温がすぐ隣に感じる。近い。彼の微かな香りが、思考を麻痺させる。
「それで、ご相談とは?」
「……その、なんだ。この前は感謝している。君も、その……色々と、忙しそうで、大変そうだから、なかなか礼もできずに」
しどろもどろだ。何を言っているんだ私は。
クラウスは首を傾げ、私の顔を覗き込む。その緑色の瞳に見つめられると、私は心臓が跳ね上がり上手く話せなくなる。
「私のことを、ご心配くださっているのですか?」
「と、当然だろう! お前は私の……大切な、クラスメイトなのだから」
「光栄です。ですが、礼など及びません。私が心酔しているのは、エルリード殿下。貴方お一人ですから」
――ああ、まただ。
彼はそうやって、私の欲しい言葉ばかりをくれる。
胸が熱くなり、衝動が抑えきれなくなる。私は震える手で、彼の制服の袖を掴んだ。
「……口だけなら、何とでも言える」
私は潤んだ目で見上げ、精一杯の虚勢を張った。
「証明してみせろ。お前が私のものだということを」
部屋に緊張感が走った。
驚いたクラウスから笑顔が消える。彼は無表情で私を見下ろし、そしてゆっくりと、私の顎を冷たい指先で持ち上げた。
「……証明、ですか」
低くなった声が、鼓膜を震わせる。
「それは、こういうことをしろ、という命令でしょうか?」
彼の親指が、私の頬からゆっくりと下唇をなぞる。
ゾクリ、と背筋に電流が走った。彼の指が触れた場所から、熱が広がっていく。
「殿下は……」
彼は私の唇から指を離さぬまま、楽しげに目を細めた。
「まさか、男に抱かれた経験がおありで?」
「っ!?」
私は弾かれたように身を引こうとしたが、顎を掴む指に力がこもり、逃げられない。
「馬鹿なことを! あるわけがないだろう! 私は、その、お前が……」
「私が?」
「……お前になら、触れられてもいいと、思っただけで……っ」
最後は消え入るような声になった。
顔が熱い。恥ずかしさで死んでしまいそうだ。こんなの、ただの世間知らずの子供が、背伸びして誘惑しようとして失敗しただけじゃないか。
クラウスが、ふっ、と短く笑った。
「……可愛らしいですね」
次の瞬間、私はベッドに押し倒されていた。
天蓋の景色がぐるりと回る。
「え、あ、クラウ……ッ!?」
「誘ったのは殿下ですよ? 今さら逃げようなんて、許しません」
彼の顔が覆いかぶさる。
唇が塞がれた。
優しいキスではなかった。深く、強引な口づけ。
息ができない。舌が侵入してきて、口内を蹂躙される。
「ん、んぅっ! ふぁ……っ!」
抵抗しようと腕を上げたが、彼は私の両手首を片手で容易く捕まえ、頭上で縫い止めた。
逃げ場のない状態で、私は彼の口づけに翻弄された。
「は、ぁ……っ、クラウス、待っ……!」
唇が離れた隙に酸素を求めたが、彼はすぐに首筋へと顔を埋めた。私は初めての行為でパニックになっていた。
私が自分で開けたシャツの隙間から、熱い舌が這い回る。
「ここ、随分と脈が早いですね」
彼が私の頸動脈の上に唇を押し当て、わざとらしく囁く。
「そんなに、私が欲しかったのですか? 」
名前を呼ばれただけで、腰が砕けそうになる。
悔しいけれど、否定できない。私は彼に触れられているだけで、頭がおかしくなりそうなほど嬉しいのだ。
「……あ、あんっ!」
彼の手がシャツの下に潜り込み、敏感な脇腹を撫で上げた。
指先が熱い。触れられた場所が火傷したように熱を持ち、情けない声が漏れてしまう。
彼は私の反応を一つ残らず観察しながら、静かに、
的確に、私が一番感じてしまう場所を暴いていく。
「殿下は素直じゃない。体はこんなに熱いのに」
「……やめろ」
「拒絶ですか?」
「ちがう、その呼び方は嫌だ……っ」
私は涙目で彼を見上げ、とっさに懇願していた。
「殿下なんて呼ばないでくれ。……名前で、エルって呼んでくれ!」
「……」
「お前にだけは、ただの『エル』として触れられたいんだ……頼む、クラウス……」
その言葉を聞いた瞬間、クラウスの瞳の色が、より一層濃く、昏く沈んだ気がした。
彼が私の耳たぶを甘噛みし、低く囁いた。
「朝まで離しませんよ。エルが泣いて許しを請うまで、たっぷりと可愛がって差し上げます」
その言葉は、甘い愛の囁きのようでありながら、絶対的な支配の宣言だった。
私は彼に見下ろされ、その昏い緑色の瞳に捕らえられたまま、ただ頷くことしかできなかった。
これが破滅への入り口だと知りながら、この甘美な地獄に喜んで身を投げ出したのだ。
***
ドクン、ドクン、ドクン……。
激しい動悸と共に、意識が浮上する。
熱い。体が火照っている。
股の間がじわりと湿って、甘い余韻が腰の奥に燻(くすぶ)っている。
「……ん、ぁ……クラウ、ス……」
夢の続きを求めて、私は無意識にその名前を呼んでいた。無意識に腰が揺れる。
愛しい男の名前。私を抱きしめ、私を愛してくれる唯一の男。
「――はい。ここにいますよ、エル」
すぐ耳元で、声がした。
反射的に目を開ける。
目の前に、美しい男の顔があった。
「……!」
その顔を見た瞬間、夢の魔法は解け、冷水を浴びせられたような恐怖が蘇った。
違う。
彼は、私を愛してくれたんじゃない、利用していたんだ!
真実は、私を殺した、裏切り者だ。
「ひっ……!」
私は短く悲鳴を上げて、シーツを掴んで身を引いた。
だが、体は正直だった。
夢の中の激しい情事の影響で、私の呼吸は荒く、頬は紅潮し、目は潤んでいる。
クラウスはベッドの脇の椅子に優雅に腰掛け、そんな私を値踏みするように見つめていた。
その手には、真っ白な手袋が嵌められている。
「随分と、良い夢を見ていたようですね」
彼は口元だけで笑った。
その目は笑っていない。私の乱れた呼吸、紅潮した肌、そして布団の下の生理的な反応まで、すべてを見透かすような冷たい視線。
「名前を呼んでいただけて光栄です。……夢の中で、私は貴方に何をしていましたか?」
問いただすような声に、私は羞恥と恐怖で唇を噛んだ。
言えるわけがない。
お前に抱かれて、朝まで乱される夢を見ていたなんて。
私を殺した人殺し相手に発情していたなんて、死んでも言えない。
「……なんでも、ない……」
私は布団を頭まで被り、ガタガタと震える体を隠した。
最悪だ。
あんなに幸せな記憶が、今は私を追い詰める。
「そうですか。まあ、いいでしょう」
衣擦れの音がして、彼が立ち上がる気配がした。
「これからは現実で、夢以上のことをして差し上げますから」
布団越しに聞こえたその言葉は、愛の囁きというよりは、確定された宣告のように響いた。
「……ッ、は、なせ!」
私は渾身の力を振り絞り、クラウスの腕を突き飛ばした。
息がしづらい。心臓が破裂しそうだ。
だが、気絶は免れた。恐怖よりも「こいつから離れなければ」という本能が勝ったのだ。
私はベッドの隅まで後ずさり、壁に背中を預けて彼を睨みつけた。
「帰れ……! 今すぐ私の部屋から出ていけ!」
指を突きつけて命令する。私は王子だ。不敬な振る舞いは許さない。
だが、クラウスは悪びれる様子もなく、優雅に肩を竦めただけだった。
「帰れとは冷たいですね。私は今日から、貴方の教育係として、ここに住み込むことになったのですよ」
「は……? 何を馬鹿な……」
「陛下のご命令です。『第二王子にはベルンシュタイン公爵家の教育が必要だ』と。……私の部屋は、この隣室に用意されています」
目の前が暗くなった。
隣? この男が?
王城の、私の空間に、この裏切り者が入り込むというのか。
「嘘だ、父上がそんな……」
「嘘ではありません。……それとも、陛下に確認しに行きますか? 今なら執務室にいらっしゃるでしょう」
彼は扉の方へ道を空け、どうぞ、と促すような仕草をした。
その余裕たっぷりの態度が、すべてを物語っていた。
父上はもう、私を売ったのだ。確認しに行ったところで、「クラウスの言う通りにしろ」と一蹴されるだけだ。……いや、待て。そもそも、その肩書き自体があり得ないはずだ。
「……お前、なぜ公爵になっている?」
震える声で問うと、クラウスはきょとんと小首を傾げた。
「どうして、とはどういう意味でしょうか? 私は生まれた時からクラウス・フォン・ベルンシュタインですが?」
「嘘をつくな! ベルンシュタイン公爵家は……私が五歳の頃に、断絶したはずだ!」
私はベッドの上で身を乗り出し、食ってかかった。
シーツを握りしめる指が、白く変色する。
「お前の父、前公爵は『国王暗殺未遂』の罪で処刑されただろう! 幼かったお前はラドー伯爵家に引き取られて……だから、お前は復讐のために……ッ!」
そうだ。だから私たちは歪んでしまったんだ。
私が覚えている記憶。お前が私に突きつけた真実。
それを突きつければ、仮面が剥がれると思った。
「なぜ知っている」と動揺するか、「思い出したのか」と本性を現すか。
……だが。
「殿下」
クラウスは眉を八の字に下げ、心底心配そうに私を見つめただけだった。
「……やはり、かなりお加減が悪いようだ。悪い夢でもご覧になったのですか?」
「な……」
「私の父は、私が十歳の時に流行り病で亡くなりました。処刑などされておりませんし、私は一度たりともラドー家になど入っておりません」
彼は諭すように、優しく、淡々と言い切った。
一瞬の動揺もない。
「ずっと、王家の臣下としてお支えして参りましたよ。これからも、ずっと」
「っ、違う! 私は知っているんだ、お前が……!」
「殿下」
私の言葉を遮り、クラウスがスッと音もなく距離を詰めた。
伸びてきた手が、私の額に触れる。
「可哀想に。現実と夢の区別がつかなくなっているのですね」
その瞳があまりにも真っ直ぐで、あまりにも「善意」に満ちていて。
私は言葉を失った。
おかしい。ついさっきまで生きてきた現実はなんだったんだ?
まるで、本当に「そんな事実は存在しない」とでも言うような、完璧な否定。
(まさか、狂っているのは……私の方なのか?)
あまりの完璧な態度に、自信がガラガラと崩れ落ちていく。
記憶の中の血塗られた惨劇と、目の前の穏やかな公爵。
どちらが現実か、証明する術がない。
「父上は……国王陛下は、それを認めているのか?」
「ええ。陛下からは『全権委任』の勅書をいただいております」
彼は懐から一枚の羊皮紙を取り出した。
そこにある父の署名と王家の印章は、彼が「正当な公爵」であることを証明する決定的な証拠だった。
「これから私が、貴方の全てを管理いたします」
クラウスは、まるで壊れ物を扱うように私の頬を撫でた。
その手つきは優しく、温かい。
だが、私を見るその目だけが、鈍く輝いている。
「もう、思い出さなくていいのですよ。……辛い過去(ゆめ)など、全て忘れてしまえばいい」
その言葉が、妙に胸に引っかかった。
まるで、私が思い出すことを恐れているような。
あるいは、二度と私に「過去」を語らせまいとする、強迫的な祈りのようで。
だが、今の私にはそれを追及する気力も、証拠も残されていなかった。
逃げ場はない。
この城にいる限り、私はこの男の視線から逃れられないのだ。
「顔色がまだ悪い。やはり少し横になった方がいい」
クラウスが再び近づいてくる。
私は威嚇するように睨んだが、彼はまるで怯まない。むしろ、怯える小動物を喜んで愛でるような、甘ったるい視線を注いでくる。
「安心してください、エルリード殿下。私がついている限り、貴方を傷つける者は誰も寄せ付けません」
彼の手袋をはめた指先が、私の乱れた前髪を直す。
「たとえそれが、家族であろうと、運命であろうとね」
その言葉に、私はゾクリとした。
彼は知っているのか? 私が死ぬ未来を。
いや、まさか。
私の二度目の人生は、こうして始まった。
鉄格子も鎖もない。
けれど、この男に閉じ込められた。
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