不気味な新人メイド ~中身は筋肉ムキムキの最強騎士(女装)でした~

逢 舞夏

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一章

11.砕け散る魔法と不気味な新人メイド

激しい揺れと、鼻をつく安い煙草の臭いで、ラヴィエルは意識を取り戻した。

「……っ、う……」

重い瞼を開けると、そこは薄暗い馬車の中だった。
手足は荒縄できつく縛られ、口には猿轡さるぐつわが噛まされている。
狭い車内には、四人の男が座っていた。彼らはラヴィエルが目を覚ましたことに気づくと、下卑た笑みを向けた。

「お、お目覚めかい。随分と可愛らしい寝顔だったぜ?」

ラヴィエルは恐怖で身を縮こまらせた。
叫ぼうとしても声にならない。
ガタゴトと車輪が回る音が響く。窓の外の景色は飛ぶように後ろへ流れていく。
日常が、リゼルがいる場所が、どんどん遠くなっていく感覚。

「暴れんなよ。じきにアジトに着く。そうすりゃお前は『商品』だ」

男が汚れた手で、ラヴィエルの髪を撫でる。
その不快な感触に、ラヴィエルは必死に首を振った。

(怖い……助けて……)

父様やマリーたちにも、もう二度と会えないのだろうか。
そして何より、リゼル。
あの不気味で、過保護で、温かい手を持つメイド。

(リゼル……会いたいよ……)

涙が滲み、猿轡を湿らせる。
絶望が黒い泥のように心を塗りつぶしていく。
もう、助からない。誰も来ない。
そう思って目を閉じた、その時だった。

「……あ?」

男の一人が、怪訝な顔をした。

「おい、なんか……重くねぇか?」

ガタ、ガタガタ……。
馬車の走る音が変わった。
軽快なリズムではない。まるで泥沼にハマったかのように、あるいは急な坂道を登っているかのように、馬車全体がきしみ始めたのだ。

「おい! 何やってんだ、速度が落ちてるぞ!」

男が小窓を開けて怒鳴る。
だが、返ってきたのは別の男の悲鳴だった。

「わ、わからねぇ! 馬たちは全力で走ってるんだ! なのに……進まねぇんだよぉ!!」

ヒヒィィィン!!
馬たちのいななきが聞こえる。蹄が必死に地面を搔く音がする。
だというのに、馬車はまるで「見えない何か」に後ろから掴まれたように、ズルズルと減速していく。
ギチチチチ……メキメキッ……。
車体の木材が悲鳴を上げ、きしむ音が車内に響き渡る。

「な、なんだよこれ……気持ち悪りぃな」

男たちが青ざめて剣を抜いた瞬間。
馬車は完全に停止した。
静寂が訪れる。
いや、静寂ではない。
後ろから聞こえるのだ。
ミシッ、ミシッ、と。
木製の扉の取っ手が、外側からゆっくりと握り潰される音が。

「……ひッ」

ラヴィエルは見た。
閉ざされた扉の隙間から、どす黒いオーラが漏れ出しているのを。
次の瞬間。

ベリベリベリッ!!

鍵のかかった頑丈な扉が、まるで紙のように外側から引き剥がされた。

「──見ぃつけた」
逆光の中に立っていたのは、メイド服を着た、憤怒の形相をした「彼」だった。


「な、なんだこの女は!?」
「逃げろ!!」

男たちからみたら、突然可憐なメイドが化け物みたいに現れたのだ。何が起きたか分からず動揺していたが、女だからと侮っている。
外の男が鞭を振るうが、馬はリゼルの殺気に怯えて、泡を吹いて道に崩れ落ちた。
ローブ服を着た男が舌打ちをし、懐から「青い魔石の嵌め込まれた杖(魔道具)」を取り出した。

「チッ、邪魔だ! 焼き払え!」

ローブ服が杖を振るうと、魔石が輝き、巨大な火球が放たれた。
魔法使いでなくとも、魔石さえあれば人を殺せる兵器。それが魔道具だ。

だが、リゼルは避けなかった。

「フンッ!!」

リゼルは腕を交差させ、火球を正面から受け止めた。
爆炎が弾ける。
しかし、煙が晴れた後、そこには無傷のリゼルが立っていた。鋼の肉体が、魔法の熱すら弾き返したのだ。

「ば、馬鹿な!? 生身で魔道具の攻撃を……!?」

「……安い魔石だな」

リゼルが一歩踏み出す。
その瞬間。

硬質な何かが砕ける音が響いた。
リゼルの首元で、青い光が弾け飛んだのだ。

ヴェンキンスの忠告通り、全力疾走と戦闘の負荷に、応急処置だけの魔道具が耐えきれなかったのだ。

「あ……」

ノイズが走り、リゼルを覆っていた「可憐な少女」の幻影が霧散する。

そこに現れたのは、エプロンドレスを身に纏った、筋骨隆々の大男だった。
盛り上がった筋肉。古傷の残る精悍な顔つき。鋭い眼光。

「な……男……!?」
「なんだこいつ!?」

男たちが悲鳴を上げた。

「……くそ。壊れてしまったか」

リゼルは砕けたネックレスを悲しげに見つめ、それからゆっくりと敵を見据えた。
その口調からは、もう「メイド」としての猫かぶりは消えていた。

「見られた以上……全員、死んでもらうぞ」

正体がバレたリゼルは、もう手加減をする必要がなかった。
真の殺気が解き放たれる。
敵たちは恐怖に後ずさった。勝てるわけがない。相手は国最強の騎士だ。

だが、ローブ服だけは狡猾だった。

「……動くな!!」

「ッ!」

リーダーは馬車からラヴィエルを引きずり下ろし、その首元にナイフを突きつけた。
切っ先が、ラヴィエルの白い肌に食い込み、血が滲む。

「一歩でも動いてみろ! このガキの喉を掻っ切るぞ!!」

リゼルの動きがピタリと止まる。

「……カスが」

「うるせぇ! 」

リゼルはギリギリと奥歯を噛み締め、握り拳から血が出るほど強く握りしめた後、ゆっくりと開いた。
そして、その場に膝をついた。

「……抵抗はしない。だから、その方に傷一つ付けるな」

「へっ、ざまあみろ!」

形勢は逆転した。
化け物が無抵抗になったのだ。悪党たちがそれを見逃すはずがない。

「よくもやってくれたな、この変態野郎が!」

鈍い音が響いた。
男たちが、無抵抗のリゼルを蹴り上げる。
さらに、至近距離で魔道具の杖から容赦ない攻撃が放たれた。

「ガアッ……!」

電撃が全身を駆け巡り、炎が皮膚を焼く。
筋肉が焼け爛れ、肉の焼ける嫌な臭いが立ち込める。
それでもリゼルは倒れない。膝をついたまま、歯を食いしばって耐え続ける。

(や、やめて……っ)

ラヴィエルは猿轡ごしに、必死に声を絞り出そうとした。自分のために、リゼルが壊されていく。

「なんだこの体は! 頑丈すぎて気味が悪ぃんだよ!」

苛立った男たちが、剣を振り下ろす。
刃がリゼルの肩や太ももを貫き、鮮血が噴き出した。

(にげ……て……リゼル、逃げ……て!)

ラヴィエルは泣き叫んだ。
あんなに強くて、かっこよくて、不気味なくらい僕を大切にしてくれた人が。
無抵抗で、ただの肉塊にされようとしている。

「……っ、ぐ……ぅ……」

リゼルは脂汗を流し、苦悶の声を漏らす。
だが、その目は決して死んでいなかった。
充血した瞳で、ラヴィエルを人質に取る男を睨みつけている。

(死ねない……ここで意識を飛ばせば、ラヴィエル様が……!)

痛みで意識が飛びそうになるのを、食いしばり耐える。
自分が死ねば、ラヴィエルは連れ去られる。それだけは絶対に阻止しなければならない。
執念だけで、リゼルは血まみれになっても倒れなかった。

「しぶとい野郎だ! おい、最大出力で灰にしてやる!」

ローブ服が、杖の魔石を限界まで輝かせた。
圧縮された業火が、リゼルの頭に向けられる。
これを食らえば、さすがのリゼルでも頭蓋ごと炭になるだろう。

(いやだ……!)

ラヴィエルの心臓が早鐘を打つ。
失いたくない。
この人は、僕の大切な──。

「死ね! 化け物!」

炎が放たれる寸前。
リゼルは喉からゴボリと血を吐き出し、それでも震える腕をラヴィエルの方へと伸ばした。
助けを求めたのではない。
血に濡れたその**掌てのひら**を、ラヴィエルの瞳に向けていっぱいに広げたのだ。

(……見ないでください)

自分が焼かれる惨たらしい瞬間を、ラヴィエルの視界から遮るために。
最後の「目隠し」になろうとして。

「やめてええええええ!!!!」

ラヴィエルは猿轡がズレて口の端が切れるのも構わずに絶叫した。

その瞬間。
ラヴィエルの淡い瞳が、カッ! と眩い光を放った。

音が消えた。
リーダーの杖から放たれようとしていた炎が、煙のように霧散し、掻き消えたのだ。

「な……!?」

リーダーが呆然と杖を見る。
魔道具が、沈黙している。魔力が完全に消失した。

「……え?」

ラヴィエルも自分の目を瞬いた。
何が起きたのかわからない。ただ、「リゼルを守りたい」と強く願っただけなのに。

静寂が訪れた戦場。
血だまりの中で、リゼルが顔を上げた。

「……ラヴィエル様?」

その瞳に、再び光が宿る。
守るべき主人が、奇跡を起こして自分を守ってくれた。
ならば、次は自分の番だ。

リゼルはゆらりと立ち上がった。
全身から血を流しながらも、その姿は傷だらけの獣そのもの。

「よくも……」

リゼルの声が、低く空気を震わせた。

「よくも、私の主人を泣かせたな」

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