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5 天の川をわたって
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しおりを挟む「誠ぉ、きょうだったっけ? 児童館の七夕の劇」
放課後。オレが掃除当番で、教室の後ろを掃いていると、綾たちの声がきこえてきた。
「うん。だから、きょうは部活にちょっと顔だけ出して、すぐに早退させてもらうつもり。和泉のつくってくれた人形つかって、がんばってくるよ~」
誠が顔をくずして、へにゃっと笑う。
「がんばれ、誠~」
松葉づえをついて、綾もへらっと笑い返す。あいつらホント、笑顔まで似ている。
ほうきの柄にもたれて、窓の外に顔を向けると、ななめの日が差し込んできていた。
七夕か……。
梅雨の中休みで、今晩は星空が見られそうだ。
って、オレにはなんも関係ねぇけどな……。
ガキのころのように、短冊を書いたりするわけでもなし。誠のようなイベントがあるわけでもなし。
「バイバイ~」「またあした~」と、教室から出ていくクラスメイトたち。
日々、ボッチを決め込んでみて、「みんなよくそんなに口が動くな」と思うようになった。
心の中をよくまぁ、そんなにすらすらと、人に伝えられるもんだ。
掃除当番でのこっている数人をのこして、クラスメイトたちがはけていく。
そのうち、ほうきでゆかを掃く音がきこえるほど静かになった。
「しゅうりょ~う」
男子たちは、ゴミをあつめてゴミ箱に捨てると、掃除ロッカーにほうきをつっこんだ。バンッとロッカーのドアを閉めて、水を得た魚のように、バタバタと部活にかけだしていく。
……帰るか。
オレもロッカーの中にほうきをかけた。スクールバックを取りに、自分の席にもどる。
「……え?」
ななめ前の席に松葉杖が立てかけられていた。
綾が、包帯を巻いた左足首をぷらぷらさせて、横向きに座っている。
こいつ……部活に行ったんじゃ……。
「掃除、終わった?」
大きなたれ目が、こちらを見あげた。
ふいをつかれて、息がとまる。
……オレを見てる……。
なんでだ? 記憶ももどしてないはずなのに。
「……なに?」
「話があるの。中条に」
……オレに?
ドクドクと、胸がすごい音で鳴りはじめる。女子とふたりきりになって、話しかけられただけで動揺するとか。これじゃ、まるで奥手なオタク男子だ。
綾は自分のスクールバッグのファスナーを開けて、中から桜色の表紙の本を取り出した。
「ね、中条なら、ここに書いてある内容わかる?」
「……内容……?」
綾のさしだした本の表紙は硬くて、手に取るとずしりと重たかった。開くと、中はノートになっていて、綾の字がならんでいる。半ページごとに日付がふられている。
「これ……日記帳?」
つぶやいてから、ハッとなった。
日記をつけてた? それじゃ……記憶を消す前のことがここに……。
綾の顔を見おろす。
つぶらな瞳が力を込めて、じっとオレを見つめてくる。
……読んでいいのか……? これ……。
「……中条。あたしね、ヘンなんだ」
綾は、長いまつげをふせた。
「中条のことを『ヨウちゃん』って呼んでから、ずっと。……ううん。ホントは、その前からおかしかった。すごく大事なことがあるみたいなのに、もやもやして思い出せないの。苦しくて。苦しくて……。
でもね、わかんないの。ここに書いてあることが、妄想なのか、本当にあったことなのか。ねぇ、ここに書いてある『ヨウちゃん』って、中条のこと?」
ぐっと、息を飲み込む。
綾の問いに答えず、オレは、最初のページを開いた。
小さくて丸っこい字が、ドングリのようにひしめきあっている。
《きょうから、日記をつけようと思う。
ヨウちゃんはいつも、自分のことを隠すから。
なにかあっても、平気なふりをするから。
ヨウちゃんのささいな変化も逃がさないように。
あたしは、自分の羽と交換に、ヨウちゃんと別れたんだから。
この羽をつかわなきゃならないときは、いつでも、すばやく動き出せるように。》
……羽を……つかわなきゃならないとき……?
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