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5 天の川をわたって
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しおりを挟む数日ぶりに晴れた空に、朝の太陽がまぶしい。
なのにこっちは、まぶたが重くて、頭がガンガン痛くて。目の下にクマをつくったひどい顔のまま、自分の席に腰をおろす。
それでも、いちいちオレの顔をのぞきこみ、ようすを確認しに来るクラスメイトはいない。
人間関係の糸を、一本一本切っていった結果がコレ。
小六のときはクラスのボスだった中条は、中一にして、空気と化した。
エライ落ちっぷりだな、オレ。
かわいた笑いをうかべ、ほおづえをついてざわめく教室をながめていると、ひとりの女子が登校してきた。
頭のてっぺんでゆれるアホ毛。顔の力をぜんぶ抜いて笑う、脱力系の笑顔。キラキラかがやく大きなたれ目。
ぐっと胸をつかれて、出しきったはずの涙が、また目からあふれそうになる。
……綾……。
金曜の晩。バーベインの煎じ薬と対なる薬、つまり「失った恋を復活させる」とかいう、こっぱずかしい薬をつくって。
実行してみたはいいけど。
結果。思い出したことが、よかったのか、悪かったのか。正直言って、わからない。
思い出す前までは、何かわからない感情にふりまわされるのが、イヤで仕方なかったのに。その正体を知ってしまうと、あまりのつらさに、また目をそむけたくなってくる。
「和泉ぃ、足、ホントにだいじょうぶ~?」
綾について、誠が教室に入ってきた。
誠……背がのびたな……。
オレに追いつかないまでも、もう百六十五は越えてるんだろう。まだまだこれからのびそうだ。
「へーき、へーき! ただのねんざだって」
綾は松葉杖をついている。左足首に白い包帯が痛々しい。
って、原因はオレか……。
「お医者さんがおおげさなの。一週間で治るのに松葉杖だよ?」
綾が、オレのななめ前の席まで、おっちらおっちらやってきた。
誠は綾の前にまわって、イスを引く。
「ありがと、誠」
綾は、誠がさしだしたイスに腰をおろした。
「ぜ~んぜん」
誠は、綾のイスの位置を直してやると、松葉杖を綾のかわりに、つくえのわきに立てかけている。
あいつ、すげぇな。
誠は気が利く。昔っから。
「それでね、誠。人形劇でつかう人形ができたんだ」
綾はスクールバッグをごそごそやって、中から、フェルトの人形を二体取り出した。
「こっちが織り姫で、こっちが彦星。どう、誠? ちゃんと劇でつかえそう?」
「うわ~! 和泉ぃ、ありがとう! オレ、めっちゃうれしいっ!」
ほおを赤らめて、誠は腕に人形をつっこんだ。パペットになっていて、中で指を動かすと、人形の手や口が動く。
「うん。ちゃんと、つかえるよっ!! カワイイ人形じゃん! 和泉ぃ、どこが不器用なんだよ~?」
「で、でもね……この子の目と口は、有香ちゃんに刺繍してもらったの。あ、あと、ほら、手がいびつでしょ? それから……」
「そんなの、だまっとけば、ぜんぜんわかんないのに~」
へらへら笑う誠に、綾もふにゃっと笑い返す。
なんだ、あのでれでれカップル。
「うお? 綾、どうしたっ!? 松葉杖っ!? 」
教室に入ってくるなり、河瀬がさけんだ。
「え? ウソっ! 綾ちゃんがケガ~っ!? 」
永井もかけ寄ってくる。
くそ……いたたまれない。
いや、オレはちょっとぶつかっただけだし。綾がおどろいて、勝手にコケたんだし。
でも……オレは、やっぱりあいつにとって疫病神なんだろう。
永井や河瀬や誠にかこまれて、綾が笑う。のんきな顔で、ケラケラ、ケラケラ。
綾はもともと、よく笑うヤツだった。
オレと関わって、笑顔が減った。
このままでいい……。
あいつは今、オレに関することをぜんぶわすれている。ハグのことも。たぶん、自分が妖精だということまで、ぜんぶ。
そんな綾に、ハグは近寄って来られない。
これでいい。
これが綾の幸せだ。
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