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5 長い長い夏休み
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しおりを挟む赤レンガ造りの砲弾倉庫跡に、夏の日差しがあたっている。
そのまわりに広がるヒースの茂み。とうもろこしみたいにひしめきあう、細かい赤紫色の花の粒が、もう半分くらいは開いてる。
「葉児ぃ、なんかおもしろいアイテム、持ってきてくれた~?」
誠が両手をさしだすと、ヨウちゃんはその手のひらに、ガラスビンをのせた。
「なにこれ?」
誠はビンを、空に透かしてる。
横からのぞきこむと、中に虹色の粉が入っていた。
「ブルーム。和名だとエニシダの灰。風を呼んだり、とめたりできるらしい」
へぇ~。けっこう本格的にファンタジック。
「ねぇ、ヨウちゃん。フェアリー・ドクターって、そんなものまでつくれちゃうの?」
「いや、オレもこんなんつくったのは、はじめてだけど」
「こんな粉で、マジで風なんかくんの~?」
「なんだよっ! 誠が、おもしろい薬があったら持って来いっていうから、特別つくってきてやったんじゃね~かっ!」
ヨウちゃんと誠の言い争いがおかしくって、広い帽子のつばの下で、あたしはアハハって笑った。
夏休みも二週目。あたしや誠の部活が終わった後で、塾がないとき、あたしたちはよくこの砲弾倉庫跡にあつまってくる。
ハグを倒す方法を考える会議なんだけど、最近はこういう雑談が多いかも。
「左回りで灰を撒くと、風を呼べる。で、右に撒くと、風がとまるらしい」
「マジで~? なぁなぁ、葉児、ためしにつかってみてよ」
「一瞬だけだぞ。えっと……左回り……」
ヨウちゃんが、ビンのコルクを開けて、左に回りながら、足元にさらさらと灰を撒いた。
「ブレームよ。風を起こせ」
虹色の灰は、ヒースの茂みに消えていく。
「……風……起きないね」
「葉児ぃ。そんな無表情でぼそぼそ言ってても、風が来ないんじゃないの? そんなふつうな言葉じゃなくってさ。なんかもっとこう、カッコイイ呪文とか、決め台詞にしないと! 魔法つかいみたいなさ」
「はぁ~?」
「ちょっと、貸して! いっくよ~っ! ブレームよっ! オレのまわりにつどいて、その身を目覚めさせ、今この地に風を巻き起こせっ!! 」
うわっ! 誠ってば、決まってるっ!
コルクを開けて、左にくる~って回ったと思ったら、両手と両足を広げて、バッと立ちどまる。
「誠っ! すご~い! なんとかレンジャーの変身ポーズみたい~っ!! 」
あたしが手をパチパチたたいたら、誠、鼻をふふんと鳴らして、「だろだろ~?」。
「いやいや、ものすごい中二病チックだったから。てか、風起きないな」
「ねぇ。あたし、さっきから思ってたんだけどさ……。これ、フェアリー・ドクターの薬でしょ? だったら、ほかの薬と同じように、妖精に関することじゃなきゃ、効かないんじゃないの?」
ヨウちゃんと誠、「あ」とかたまった。
誠はともかく、ヨウちゃんまで。こんな基本をわすれるなんて。
「うわはははっ!! 葉児、だっさ~。こんなつかえないもん、わざわざつくって、どうすんだよ~っ!」
「ば~か! おまえだって、今、異常にカッコつけて、つかえもしない薬でポーズ決めてたろっ!! 」
まぁ、こんなのもいいかな~って思う。
ついこないだまでは、口をなくしたみたいだったヨウちゃんが。こんなふうに、誠とゲラゲラ笑いあってるんだもん。
「じゃあ、はい、綾」
あたしの手のひらに、ガラスビンがさしだされた。
「ほぇ?」
「綾がテストして。てか、この薬、綾にしかつかえない」
「ウソっ!? あたしが、風を起こすの?」
「和泉ぃ。実験、実験! もちろん、魔法少女みたいな決め台詞もヨロシクね」
「え~? そんなの、ムリムリ、ムリ~っ!! 」
って、言ってはみたけど、風を起こせたらちょっとスゴイかも。
あたしは、ビンのコルクをぬいた。右手をのばして、片足でつま先立ち。虹色の灰を撒きながら右にくる~っと回ったら、白いワンピースのすそが、ふわ~と丸く広がった。
「ブルームさん、お願い、風を起こして!」
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