ナイショの妖精さん

くまの広珠

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 きのうは、部活の終わりが、待ち遠しかったのに。

 きょうは、終わるのがイヤ。

 終わって、ひとりで帰るのは、ヨウちゃんが怒ってるっていう現実を、再確認するみたいなものだもん。


 有香ちゃんとならんで昇降口におりて。くつだなから、ローファーを取り出しながら、あたし、ため息をついた。


 あたしが避けたのがいけなかったのかな?

 それとも、みんなにからかわれたから、ヨウちゃん、すねちゃった?


 校庭は真っ暗。運動部も部活を終わらせて、片づけにかかっている。



「あれ? 中条」


 先にくつをはいていた有香ちゃんが、昇降口の入り口を見て、立ちどまった。


「……え?」


 そっちを見たら、入り口のドアガラスに、ヨウちゃんが背中で寄りかかってた。

 チラッと顔をあげた琥珀色の目と、目が合う。


「綾ちゃん、ほら」


 有香ちゃんがあたしの背中を押した。


「わたしは帰るね。バイバイ」


 メガネ越しににっこり笑って、手をふって。有香ちゃんはひとりで、昇降口から走っていっちゃう。


「ば……バイバイ……」


 手をふって見送ったけど、気まずくなって、あたしうつむいた。

 ヨウちゃんもまた、うつむいてる。


 ど……どうしよう……。

 やっぱ、まだ、怒ってる……よね?


 あたしたちを取りかこむ、昇降口のうす闇。肌寒くて、重たい。


「……え、えっと。ヨウちゃん。ずっと……ここにいたの?」


「そう」


 びっくりして、あたしは顔をあげた。


「だ、だって……授業が終わってから、二時間くらいあったのにっ!? 」


「考え事してた。それに、また図書室に行って、先輩に見つかったらめんどうだからな。あの人、自分のペースに人を巻き込むから、苦手なんだよ」


「……だけど……」


 右手をのばして、ヨウちゃんの手をにぎろうとして。

 それなのに、あたしの手は空ぶりして、自分のわきの下にもどった。


 だって、ヨウちゃんの手、ズボンのポケットにつっ込んだままで、出てこない。


 ヨウちゃんは、うす暗いくつだなのすみを見つめている。


「……さっきの。教室でのやつ。正直、傷ついた」


「ご、ごめんね。みんなの笑いものにしちゃって。デートのこととか話しちゃったの、イヤだった?」


「そんなことじゃねぇよ。そんなことじゃなくて……。綾……なんでおまえ、自分より卯月先輩といるほうが、オレはうれしいとか、そういうこと言うんだよっ!? 」


 ヨウちゃんが顔をあげる。歯をかみしめる口元が震えてる。


「オレが、おまえをどう想ってるかなんて、もう、とっくに伝わってるはずだろ? 伝わってるよなっ!? 」


 ヨウちゃんの両手が、ポケットから出て、のびてくる。向かい合わせに、あたしの両腕をぎゅっとつかむ。


「大好きなんだよっ! 四六時中、綾のことばっか考えてんだっ!!  なのに、こんだけ想ってんのに、伝わってないとか、そんなこと……言われるだけでも、たえらんないんだよっ!! 」


「……ヨウちゃん……」


 ドキンドキンと心臓が鳴る。

 ヨウちゃんは首をたらして、あたしの胸に頭をつけた。


「……おまえに……同じように想ってくれとは言わない。けど……この感情を否定されるのは、キツイ……」


「……ごめんなさい……」


 あたしの両腕をつかむ、大きな手のひらが震えている。

 胸がきゅ~となって、息をするのも苦しくなった。


 どうしよう……。わかんない。


 これが、今だけの感情なの?

 ヨウちゃんは、あたしがヨウちゃんを助けたから、今は気持ちが高ぶってるだけで。こういう感情も、ママが言うように、そのうち冷めていっちゃうものなの?



「……綾。今度の日曜、デートして」


 ヨウちゃんが、涙をためた目をあげた。


「西湾のショッピングモール。映画観て、遊ぼ」


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