ナイショの妖精さん

くまの広珠

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4 告白の後先

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「まぁ、想像以上の散らかりようね」


 お母さんが腰に手をあてて、ため息をついた。


 散らかってるっていうか……荒れてる……。


 ぜんぶつくりかけ、やりかけで、投げ出しちゃってるみたいな。


「あの……お部屋の中、見せてもらってもいいですか?」

「どうぞ、ごゆっくり。わたしは上でお店してるから。なにかあったら、呼んでちょうだいね」


 階段をあがっていくお母さんのスリッパの音がきこえなくなると、あたしはゆかのハーブを避けながら、つくえにまわってみた。

 数本ならんだビン。入っている液体がどれも虹色なのは、フェアリー・ドクターがつかう薬だっていうあかし。


 フェアリー・ドクターの薬は、妖精の傷を治すための薬。

 妖精から負った、人間の傷を治すための薬。


 一枚一枚、ラベルに植物の名前と、効能が書かれてる。

 ちょっと縦に細長い、ヨウちゃんの字を読みあげて、背すじが凍りついた。


「切り傷」。

「悪夢避け」。

「呪い返し」。


 ……なにこれ……?


 ヨウちゃんって、すっごい現実主義者で、妖精だって、最初はなかなか受け入れなかったくらい。


 それなのに……。


 つくえには、開きっぱなしのノートもうまっていた。

 ヨウちゃんが、自分で翻訳してメモしたみたい。マス目を無視して、ザカザカっと書きとめてある。


「ヘアベル。煎じ薬は呪いを封じこめる。花を身につけると、どんなことにもウソがつけなくなる」


 また、呪い……。


 パラって、次のページをめくると、目のマークが描かれてた。

 ドキンと心臓が波打つ。

 ラグビーボールを横に倒した形の輪郭。真ん中に丸い玉。

 ヨウちゃんの足元から出ていた、あの黒いモヤとおんなじ。


「邪視。人やものごとに注がれると、それらに災いがふりかかる。理由なく、人が衰弱して、死にいたる」



 ……怖い……。


 このまま心臓がかたまっちゃいそう。

 ガタガタ震える自分の腕を、自分で抱きながら、つくえの向かいが目に入った。

 南から西に広がる格子窓の下に、ゆりイスが置いてある。

 そのまわりだけ、不自然なくらい、物がなんにも落ちてない。


 ……あ。あたしの場所……。


 毎日、この書斎に来てたころ。

 あたしはいつも、あのゆりイスに座っていた。

 ゆりイスがあたしの定位置。このつくえのイスが、ヨウちゃんの定位置。


 ヨウちゃん……あたしの場所、ちゃんと、のこしてくれてる……。


 ほっぺたに、あったかい涙が落ちていく。


「か、考えなきゃ! ヨウちゃんのためにできることっ!」


 ぐっとほおをぬぐって、下を見たら、ゆかにお母さんの翻訳ノートが落ちていた。

 お父さんの英語の本を、お母さんがヨウちゃんのために翻訳したノート。

 拾いあげて、ペラペラとページをめくる。

 いろんな種類のハーブと、その効能が書いてある。


「ネトルとヤロウのサシェ。携帯すると、恐怖心がやわらぐ」


 これ……。


「サシェのつくり方。植物を乾燥させて、粉状にくだき、小さな袋に入れる。ネトルとヤロウの割合は……」


 これをつくれば、ヨウちゃんの気持ちが、少しはラクになるかもしれない。

 だけど、そんなの気持ちをまぎらわすだけ……。


「あの邪視が悪いんだ。黒いタマゴがお父さんに向けた恨みを、息子のヨウちゃんにまで向けてる。だったら、いっそ、あのタマゴを割っちゃえば……」


 ぞくっとした。


 ……割ったら、どうなるんだろう……?

 中の何かが孵化する前に割れば、呪いも、中の何かも消えるのかな……?


 ビンのラベルに書かれた、「呪い返し」の文字。


 ヨウちゃん……もしかしたら……。


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