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10 無謀な旅立ち

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「駅前から熊野本宮行きのバスが出ている。一日に十本くらい。それに乗れば、二時間弱で湯の峰温泉に着く」


 駅の観光案内所で手に入れたパンフレットを、わたしは胸にぎゅっと抱きしめた。


 決めたっ!

 今度の日曜日に、湯の峰に行こう!


 バスで二時間なら日帰りできる。バス代は、貯めたおこづかいではらえる。

 夜遅くならないうちに帰ってくれば、ママやパパに心配をかけない。


 おとななしで、知らないバスに乗って、遠くに出かけることは、はじめてだけど。

 わたしだって、六年生だ。下調べをすれば、わたしにだってちゃんと行けるはず!


 それに、ひとりじゃない。宝君といっしょだ……。


 駅に寄ったために、いつもより遠回りになった家路を、ランドセルをゆらしていそぐ。



「ただいま」


 家の玄関を開けると、リビングのほうからママの、「おかえり」という声がきこえた。


 先週の日曜日。パパがおじいちゃんの家から、土車を持ち帰ったとき、ママはチラッと見ただけで、何も言わなかった。


 わたしにダリが見えること。それは、狼にとり憑かれているせいだということ。


 いきさつをパパは、ママに話してくれたのだろうか。ママは信じてくれたのだろうか。


 信じてくれたらいいな、とは思う。




 ――ママがオバケを信じないのは、パパと結婚する前からなんだ――


 おじいちゃんの家からの帰り道。車を運転しながら、パパがつぶやいた。

 一方、パパには霊感がなかったけど、霊感の強いおじいちゃんがそばにいるせいで、オバケの存在を信じていた。それでも、ママがすごく嫌がるので、そういう話はしないようにしていたらしい。

 小二のときに、わたしがオオカミ神社で倒れて。おじいちゃんは、わたしを近所のお寺につれていって、お祓いしてもらった。

 それが、ママ的に気に入らなかったようで。

 以来、ママは、おじいちゃんに対して、霊そのものを見るような、汚らわしいものを見るような目を向けるようになってしまった。


 だからうちは、お盆もお正月も、おじいちゃんの家に行かなくなったのだと言う。



 ――あのお祓いで、香蘭から狼の霊がはなれたと、おじいちゃんもパパも思い込んでいた。まさか、こんなことに大変なことになっていたとは……。いっしょにいたのに、気づかなくて、ごめんな――


 運転席で、パパがわたしに頭をさげた。


 

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