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11 送り雀と狼

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 ズンと、目の前の地面に、長い棒がつきささった。


 餓鬼阿弥が、木の杖を腐葉土の中につき立てて、それに両手でしがみついている。

 餓鬼阿弥が腰をおこしていく。骨と皮だけの足が、震えながら地面を踏みしめる。


 照らす月明かり。


 木々の間には、たわわに実った、ほおずきのような、狼たちの眼、眼、眼。


「……宝君……」


 小山のような背骨のラインが、うすい背中の皮からうかびあがっている。


「おん、 あ ぼ きゃ……べい ろ しゃ のう」


 まるで肉食恐竜の背のように、それは持ちあがり、二本の足で立ちあがる。


「ま か ぼ だら……ま に はん どま……じんば ら」


 低くかすれて、苦しげな声。


「はら ば りた」


 餓鬼阿弥が、金剛杖を両手でふりかざす。


 全体重をのせて、ふたたび、杖を地面につきおろす。


「や うんっ!」


 ズンっ!


 山が動いた。



 バタタタタ……。


 黒いチリのようなものが、一斉にふきあがり、あたり一面、めちゃくちゃに飛び交う。


「きゃあ!」

「うわっ!? 」


 チリのようなものが、ほおや、足や腰に体当たりしてくる。


「な、な、なんだ、これはっ!! 」


 早矢の声に、顔をおおった腕をずらすと、黒い羽が見えた。

 黒いくちばしも。

 鳥。雀ほどの大きさの真っ黒い鳥。


「こ、これが、送り雀っ!? 」


 わたしの声に反応したように、黒い雀たちは、わっと空に舞いあがった。

 
 小さな黒い影が、またたく間に夜空をおおい隠し、やがてゴマ粒のような点となって、散り散りに林へ去っていく。


「きえ、きえ、消えた……」


 ドキドキする心臓をおさえながら、目の前で木の棒が倒れていくのを見ていた。

 体をささえていた杖が手からぬけ落ち、餓鬼阿弥の体も横に倒れていく。


「た、宝君っ!! 」


 バサッと、餓鬼阿弥はうつぶせに倒れこんだ。


「だ……だいじょうぶっ!? 」


 そばにしゃがみこむ。


「……ご、めん、……か、蘭ちゃ……ん」


 震えるわたしの右手に、宝君の左手がそっとふれた。力を込め、きゅっとにぎる。


「ぼくには、祓ぇな……ぃ」



「……え……?」



 横で早矢が、つばを飲んだ。


 ぐるるるる……。


 わたしたちのまわりを、狼たちの赤い眼がかこんでいる。


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