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13 空をわたる
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しおりを挟む「おい、香蘭! 宝! あれだっ つぼ湯っ!」
ふいに早矢が、欄干から身をのりだした。
指さす先を見ると、橋の下の河原に、小屋が建っていた。
木の皮で葺かれた屋根。そのてっぺんには、石のおもし。
昔話に出てきそうな古びた小屋だ。中の広さは、畳六畳ぶんもなさそうに見える。
闇を吸って黒ずむ板壁に、目をこらした。大きな板が横に張られていて、白い筆文字で「つぼ湯」と書かれている。
「行こうっ!」
わたしは、「つぼ湯」へ続くお寺のわき道の石段をのぼりはじめた。
後ろから早矢が、餓鬼阿弥の背中をささえてくれる。
静かな温泉街だ。湯治客たちはみな寝てしまったのだろうか? じょぼじょぼと、川の流れる音だけがきこえてくる。
まじって、オオオオオ……と地鳴りがした。
オオオオオ……。
音は、わたしのすぐ後ろからきこえてくる。
「……か、蘭ちゃ……ん」
背中から、餓鬼阿弥の体がどさりと落ちた。
「……え?」
ふり返ると、石段から転げそうになって尻もちをついている餓鬼阿弥の肩を、早矢が支えていた。
ふたりの目は、わたしを見ていない。
視線の先は、わたしとの間にある、石段の上。
オオオオオオオオオ……。
灰色の岩のような影が、石段に四本の足をついて立っている。鼻面を地面にふせて、地吠えしている。
「……お、狼……? いつのまに……?」
「……ぃ……今……香蘭ちゃんの背中から出てきた……」
わたしの背中……?
じゃあこの狼は、わたしの中にいた狼……。
背すじが冷え込んでいく。
パッと、狼がきびすを返した。
はじけるようにとびあがり、わたしたちの頭の上を軽々越えて、お寺の裏のしげみにとびこむ。
ガサっと音がしただけで、きこえてくる音はまた、川の音だけになった。
「……え……?」
三人とも、その場にぼんやりと立ちつくす。
「……狼が……逃げた……?」
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