箱庭物語

晴羽照尊

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エディンバラ編 序章

借り物の抵抗

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 イギリス、スコットランド、エディンバラ。

 ようやっと舞台を戻して、やはり同日。場所は、グレーフライヤーズ・ボビーの銅像、そこから数十メートルほどしか離れていないべドラム劇場。その二点の中間ほどの道路に、男と少女、そして、二人のメイドが互いに向き合っている。そんな状況だ。

「どうやら、お帰りになる意思はないようですね」

 メイドが言う。よく似た二人のメイド。それでもわずかに大人びて、背もやや高い、一方――男と少女になじみ深い、アルゴ・バルトロメイが。
 言って、改めて構える。どこからか――たぶんロング丈のメイド服に隠していたのだろう――伸縮性の警棒を、振りかぶり、その勢いで伸ばして。

 言葉だけではない、敵対として。

「わたしはとっとと帰りたいわよ。あったかいおうちにね」

 少女も、一歩敵方に歩み寄り、言った。武器など持っていない。だからなのだろうが、その年頃の、しかも見目麗しい少女がするのにはあまりに不似合いに、両腕をパキポキ鳴らしながら。

「おい、ノラ」

 男が小さく言う。少しだけ躊躇うような、少しだけ慌てるような、そんな声音で。
 それだけで、少女は理解する。男の言いたいことを。ちらりと斜め後ろの男へ目配せ。それだけで、多くを含んだ男の意思へ、端的に返答した。

「でしたら――」

 風が、揺れる。

「お引き取りいただきましょう!」

 そう言って間を詰めたのは――戦陣を切ったのは、幼い方のメイドだった。

        *

 ほとんど視認できないその一閃を、男はすんでで、反射的に閉じようとした瞼を抑え、ガードした。

「邪魔なのよ」

 が、それは不要な防御となる。男を狙ったその攻撃は、間に入った少女に押し留められた。リーチのある棍での攻撃。その、中距離からの、突き。目に見えないほど高速のその棍を、切っ先を、的確に掴んで。

 もう一度、少女は男へ視線を投げる。『いいのね?』と、声もなく再確認。それに、男は小さく頷き、肯定した。

「舞台を変えましょうか」

 少女は言う。棍の先を、掴んだ手とは逆の手で押し返し、相手へ突き返す。

 しかし、そこは十全な戦闘力を備えたEBNAのメイドナニーである。その程度の反撃は棍を握る腕の力だけで耐え忍んだ。一瞬の、膠着。
 少女はもとより、その一撃は牽制にのみ使うと決めていた。だから、次の初動も、少女が先手を取る。

 今度は、握った棍を横へ薙ぐように、力を込めた。体重差、は、やや少女の方が劣っていたはずだ。それでも、少女は力任せに。棍を、反対側を掴む、メイドごと。
 そして、半回転。勢いをつけて、投げ飛ばす。男より後方。その先、十メートルほど。グレーフライアーズ・ボビーの銅像を飛び越え、さらに先へ。
 飛ばされた彼女が地につく前に、その後を追う。着地に合わせて、その懐へ飛び込むために。

「下がりなさい。ハクとメイちゃんには、二人での対話が必要なの」

 拳を振りかぶり、少女は言う。敵は着地寸前。言い換えれば、ギリギリまだ、空中。身動きに制限がある。
 そのメイドめがけて、殴打での攻撃を試みた。

「下がるのはそちらです」

 が、彼女は空中で身を軽く翻し、棍を構えた。若干、無理のある体勢。だが、空中で身動きが取れない。反撃できない。そう思って油断している相手には、十分な不意打ちだ。

「いいえ、やっぱりあなたなのよ」

 もちろんそれは、油断などしていない相手には通用しない。精神的な優劣を除けば、どうしたって身動きの制限される、空中のメイドの方が不利なのだ。
 メイドが無理に振りかぶった棍は、身を屈める最小限の動きで躱され、そのまま足に溜めた力をバネに、少女は、ほんのわずかに身を浮かせた。

「下がりな……さい!」

 浮かせたまま、体を横へ一回転。そうして勢いを乗せ、蹴りを放つ。それはメイドの、振り抜けたばかりで、防御の薄い腹部を、綺麗に撃ち抜いた。
 これでさらに十メートル、男たちから距離は、離れる。

        *

 一筋、零れる。

 朱の線。それが、幼いメイドの口の端から、控えめに流れた。

 だが、それだけだ。ダメージとしてはそれ以上を越えていたのだろうが、メイドは、それだけで堪える。こみ上げる血と胃液を、無理矢理飲み込んで、馬鹿丁寧にハンカチを取り出し、優雅に口元を拭った。

「説得……でしょうか」

 やや間を空けて、メイドは言った。その声はわずかに低い。威圧……という意味もあるのだろうが、おそらく、ダメージがまだ残っている結果だろう。

「ハク様とメイド長――バルトロメイ氏が言葉を交わせば、それで説得できると? そのためにわたくしは邪魔だと、そういうことですか」

 言葉の最後にはもう、ダメージは回復した……といえるほどに違和感がなかった。そんな声音で、メイドは問いを発する。

「少し、違うわね」

 少女は言った。

「ちゃんと話せば、ちゃんと解り合える。それだけよ。……わたしはね、メイちゃんが戻ってこようが離反しようが、どっちでもいいのよ。……それが、あの子の意思ならね」

 この六年で親のようになった。そして少なくとも戸籍上は、本当に親になった。だが、そういう慈愛や母性を孕みつつも、大元はさらに達観して、俯瞰して見るような言葉の連なりで、少女は、静かに語る。

「どうでしょう。……お二人のお気持ちは伝わるかもしれません。が、バルトロメイ氏の気持ちを、お二人が理解できるとは思えません」

「言葉が悪かったのね。そう、理解できるなんて、わたしも思っちゃいないわ」

 少女は少しだけ微笑んで、間違いを訂正する。

。互いにその、腹の底まで見せ合えるわけがない。でも、……行動は語るわ」

 少女の言葉に、メイドは無言で応える。心の奥に仕舞った箱が、そのかけられた鍵が、ガチャガチャとうるさく響くから。

「ハクなら、メイちゃんの本当の言葉を引き出せる。あの子の本当の気持ち――言葉を――行動を、ね。その結果がわたしたちの理想にそぐわなくても、まあ、わたしは許容できるわ」

 ハクはどうか知らないけれど。そう、歯痒い言い草ではにかんで、少女は、少女のように、無邪気に構えた。

「……申し遅れました」

 心の音は、聞こえない。無視できるだけに、もう慣れた。
 だから、その幼いメイドは機械のように静まる。きっと、この抗争こそが最善の抵抗だ。自分自身への。そのように、判断して。

「私は、EBNA、第六世代第二位。フレスカ・メイザース」

 ロング丈のスカートを持ち上げ、うやうやしく一礼する。

「お気軽に、メイちゃんとお呼びくださいませ」

 いつかの、誰かのように。

 ――――――――

 十メートル。それほどに離れた距離感で、他人以上に無関係な間を空けて、男とメイドは向き合った。

「……こうして二人きりですと、なんだか照れてしまいますね」

 先に口を開いたのは、メイドだった。すでに警棒は構えられている。臨戦状態だ。彼女は言葉とは乖離した、眉間に皺を寄せた表情を保っている。

「ああ、……ぞっとしねえな」

 男も答える。気は抜かないままに。だが一度、ボルサリーノに片手を添えて。かぶり直すようにした。

「この六年間を、地下世界にて、たった数十時間でしか体験していないにしては、だいぶお変わりになりましたね。ハク様」

「そうでもねえだろ。順当に変わったのは、おまえたちの方だ」

「そうでしょうか?」

 メイドは片手で自身の頬を撫でた。また、メイクに隠れているらしい小皺を気にするように。

「私のことを気にかけていただけるのは、使用人として、素直に嬉しゅうございます。しかし、……さきほども言いましたよね。あなた様は、このようなことをしている場合ではございません。ハク様――いまではノラ様を含めた、ご家族みなさまの悲願であらせられる、『異本』集めが滞っているのですよ?」

「それも言ったはずだ。そんなことは、もう、どうでもいいんだよ」

 語気を荒げて、男は言う。

「さようですか」

 しかし、涼しい顔で――正確には表情は変わっていないが、雰囲気として――彼女は答えた。
 寒風が、一瞬の沈黙を撫でる。だから、男はもう一度、ボルサリーノを押さえた。

「……帰ってこいよ。メイ。俺には――俺たちにはおまえが、必要だ」

 不意に、男は言う。伝えたいことを伝えたいままに、まっすぐな言葉で。

「…………」

 メイドは、わずかに眉尻を上げた。それは、距離を隔てた男には、伝わらないほどにかすかだった。


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