箱庭物語

晴羽照尊

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エディンバラ編 本章

兎の毛で突き、滄海の一粟を穿つ

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 EBNAのメイドナニー執事バトラーは、日常生活の家事全般、社交界での礼儀作法、各国独特の慣習や一般的な学術知識に加えて、あらゆる専門的な知識や技能、武術までひととおり修得する。が、最終的にはそれぞれの得意分野に特化して、知識や技能は伸ばしていくことになる。戦闘力に関しても、である。
 だからこそ教育を終えた彼ら彼女らは、それぞれ得意とする武器と武術を駆使して、それぞれ個性的な戦闘を行うわけであるが、それでも、あらゆる分野の基礎自体は学んでいる、というところがミソであると言える。

 この戦闘での決着も、まさにそこが肝要だった。

 ブロンドメイドが執事の、瞬間できた隙へ的確にカウンターを決めたときだ。

「返セ……!」

 彼の、もはや全身ぼろぼろに焼け崩れていた表情が、その目元が、光を取り戻したのだ。

「…………!!」

 それと同時に、熱量が落ちた部分へ、熱を瞬間解放。逆に隙ができた部分こそを高温で守る。それにより、予想外の高熱に、ブロンドメイドは一瞬、怯んだ。

「この肉体は俺の――俺と、お嬢様のものだっ!」

 ブロンドメイドは道具であると同時に、人間でもある。人間としての思考力。それこそを道具と割り切り、的確に利用することで道具として究極となる。それが彼女の強さの根源だ。人間としての観察力、洞察力、経験、直観。理性を持った人間だからこそ感じられるそれらを思考して、判断する。

 その処理能力もけた違いに研ぎ澄まされており。例えば、回避の一点においても、上下左右後方、どちらへ逃げるか。どのような肉体の動きを取るか。右足から? 左足から? そのときの重心移動は? 移動中の肉体部位それぞれの位置、力のかかり具合、筋肉の収縮度合、あらゆる情報を感覚ではなく認識として把握している――し続けている。

 だから、彼女の文字通りの一挙手一投足は、すべてが計算ずくだ。彼女が一歩後ずさるときに、右足から下がるか左足から下がるかで、状況は天と地ほどに変容しうる。

 このとき彼女は、執事が意識を取り戻すことをまったく想定していなかった。ましてや、自分がカウンターを決めるタイミングで、うまくそれを逆手に取り、逆に執事の方からカウンターとして、攻撃を受ける部位の熱量を上げるなど。

 だから、怯んだ。怯んで、、ブロンドメイドは一歩、退いた。それは、彼女自身、動いてからしか認識できない――反射行動。

「ようやく――」

 言葉を止めて極玉きょくぎょくを解放。メイドは、その反射行動へ合わせた、足払いを仕掛ける。

 ブロンドメイドが反射的に一歩退いた、右足。その右足が床につき、重心を右足に移動する、途中に・・・、まだ重心のほとんどを一挙に引き受けているはずの左足へ、相手の体勢を崩すための、足払いを。

 それは、ブロンドメイドこそが得意としている、相手の力を――動きを利用する技術。一歩退こうとする彼女へ、後ろから、前方向への力を掛け合わせ、姿勢を崩す、彼女への意趣返しだった。

        *

 その攻撃に、ブロンドメイドはすぐ、冷静に対応した。この状況で躱すことはできない。それをすぐ、受け入れる。ならば、一度崩れた姿勢を、可能な限りに早く立て直せばいい。意識を取り戻した執事の追撃も、また迫っている。しっかと姿勢を崩し、自らが倒れるところを狙っている。いいですわ。と、ブロンドメイドはまだ、いつかの先輩としての気持ちで、二人を称賛した。

 だから、転がることを選択する。無様に転がろう。崩された姿勢に逆らうことなく、その力こそをさらに利用して、転がり、逃げる。これなら、瞬間、怯まされた焦りを沈めることもできるし、なにより二人から距離を取れる。それで、この一撃はリセットだ。彼と彼女には自分を転がした名誉だけをくれてやろう。

 そういう計算で、ブロンドメイドは転がった。

 無様に――とはいっても、そばに伸ばしていた樹木に腕を伸ばし、大きくバク転。その身を大きく飛び退かせ、粛々と着地。メイドとしての淑やかさを失わない、ただただほんの少し、危うい回避をした程度の、それだけの動揺。着地からコンマ数秒もすれば、もう、彼女はいつも通りの、万全で万能な、究極のメイドに回帰できる。

「ん…………」

 無慈悲な銃声が、小さく唸った。
 それから、小さな破裂。

「…………その程度が命取りやって、教えてくれたんはあんさんや」

 ブロンドメイドが着地したその影に、何者かが、いた。

「……本当、第六世代以降は――」

 厄介ですわね。
 という言葉は、最期の言葉にすらなりえず――あっけなく幕は、降りた。

 EBNA。第四世代首席。ダフネ・メイクイーン。

 00:58 銃傷により死亡。

        *

 崩れ落ちるブロンドメイドの影から、小柄なメイドが、そばかす顔に大きな丸メガネを引っかけて、現れた。構えるは、真っ白なプラスチック製の拳銃。それを、反対の手にも握っていたが、もうブロンドメイドの絶死を確認したのだろう、涼しい顔で両足のホルスターへ収めた。メイドとしてはあまりに似つかわしくない、ショートパンツ姿である。黒を基調に白いフリルがあしらわれ、イメージ的にはメイド服っぽいには違いないが……。そんな彼女が、二つの三つ編みに束ねた栗色の髪を揺らし、まっすぐと姿勢を正した。

「…………ご無沙汰してます。カルナさん」

「フルーア・メーウィン、か」

 執事は言った。第八世代――つまるところが彼のひとつのちの世代。その、首席の名前を。

 その者もまた、特異なメイドだ。それは服装だけ見ても理解できようものだが、それは彼女の戦闘スタイルに起因するものゆえに、ある意味、仕方のないことでもある。むしろ彼女の特異さは、ブロンドメイドや褐色メイドとは違った意味で完全なものだとも言えよう。

 彼女は、その戦闘力のみで世代の主席にまで登りつめた異端児。もちろんEBNAのメイドとして恥とはならない程度にその他の教育も収めているが、そのどれもが歴代最下位と呼べるほどの完成度の低さ。突出した戦闘力がなければされていてもおかしくないメイドだったのである。

 おそらく世界中を探しても、彼女一人しかいないだろう。彼女は、EBNAにおいて、北欧神話における、狩猟やスキーの女神『スカジ』、その『神話時代の極玉』を賜り、数十の特異な反応を起こす銃弾であり『宝創ほうそう』のひとつ、宝弾、『ガーランド』を扱い、隠匿の性能を持つ総合性能Bの『異本』、『ジャック・クラフトの時を切る刃』に適応した。つまり、における三つの特別な力やアイテム、それらすべてを使いこなす、完全に完成した戦士ウォーリアーなのである。

「フルーア。なぜあなたが、こんなことを?」

 メイドは問うた。EBNAのメイドや執事は基本的に、組織に忠実だ。疑問は当然である。

「…………」

 その問いに、そばかすメイドは普段通りの長い沈黙を用いて、ため息を挟んだ。

「…………つまるところが、EBNAは失敗した。そういうことです。わたくしだって、もはやいまの主以外を主人と認めたりなど、できかねますから」

 言って、そばかすメイドは、特段傾いていない丸メガネを持ち上げて、間隙を挟む。

「…………それに、わっちは最初っから気に入らへんかったんや。『道具』として人間に奉仕する。それはええ。けんど、心も感情もほっぽり出して、主人の、わっちらを慮ってくれはる気遣いにも鈍感になんぞ、なりたあらへんもんな」

 そばかすメイドはそう言うと、執事とメイドの表情を見て、わずかに眉を上げた。

「…………私とご主人様は、『家族』なのですから」

 言葉を取り繕って、そばかすメイドは少し、自身の前髪に触れた。栗色の、猫のような癖っ毛に。


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