箱庭物語

晴羽照尊

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ヤップ編

この世界での形

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 2027年、一月。ミクロネシア連邦、ヤップ。
 青い空、美しい海。サンゴ礁やマングローブに囲まれた、いまだ物質文化に染まらない土着文化の残る、四つの島々から成る地方。原住民たちは原初的な、裸にも近い服装で暮らしており、必要なものを必要なだけ生産・採集するといった生活観で、持つ者は持たざる者によく施す、再分配経済が発達している。

 であるにもかかわらず、このヤップでは実に高度な貨幣制度が存在する。『フェイ』と呼ばれるこの地の貨幣は、大きく、硬く、厚い石からできた車輪のような形をしており、30センチから4メートルもの大きさのものまで存在するという。当然、このサイズの石貨がそう頻繁にやり取りされるわけもなく、基本的な交易は、帳簿に記載するのみで完結され、フェイのやり取りはごくまれに、差額を埋めるときなどに行われる程度だ。

 この方式がいかに高度であると言えるのか? 一般的な貨幣論によると、貨幣――いわゆる『お金』の始まりは、物々交換に不便を感じた結果の賜物とされているが、実は違う。少なくとも過去や現在に、物々交換を基本的な交易の手段として用いていたという証拠はなにひとつ存在せず、そうではない証拠は多分に見つかっている。であるのに、元来は物々交換経済が存在していたと信じられているのは、それが実に、直観的な信憑性が強いからだ。物々交換に不便を感じ、お金の前身となる、『交換価値が高く、保存のきくなにか』を支払いの主流に据え、それがいつしか、価値の変動が起きにくく、加工が容易で、場合によっては融かして混ぜ合わせ、再凝固すらできる金属に変わっていった。確かに解り良いストーリーである。
 しかし、そもそもどうして、その貨幣社会に移行する過程で、物々交換などという制度を経由したと考えたのか? それは、現代人が、過去の人々を侮っていたからとしか言いようがない。原始的な人々は、高度なマネーシステムなど持ち得るはずもなく、ただ自分が生産したものを、別の誰かが生産した物と交換し、生活を豊かにしようと。そうするより他に、手段などあろうはずもないと、見下したからだ。

 そもそも、お金とはなにか? 厚さ0.1ミリメートルにも満たない紙切れや、多様な金属の欠片のことだろうか? 我々が毎日のようにやり取りをしている『なにか』の本質とは、どこにあるのだろうか?

 答えは『信用』である。現代でもそれは顕著に表れているだろう。仮に紙切れや金属片が『お金』の正体であるならば、クレジットカードや電子マネーで決済ができる現代の経済状況は、異常であると言わざるを得ない。電脳空間に示される数字の羅列が『お金』としての機能を果たしている異常――以上、その正体は、視覚化された目に見えぬもの、なのである。
 そこで、もっともそれを言い現すに適切な言葉が、『信用』となる。まさしくクレジットカードは『信用払い』とも呼べるものであるし、電子マネーの残高も、我々が支払いの先後に貨幣を用いてチャージした、『信用』の形であるとも言える。銀行にお金を預けたとて、現代では、そのお金が現金のまま、そのままに保存されているわけではない。すべては電子的に数字として記帳され、実際の貨幣を見る機会は減ってきている。

 さて、話が逸れたが、ヤップでの貨幣制度に焦点を戻そう。この、交換することを必要としない『フェイ』での売買は、まさしく『信用』での取引である。ひとつ、それを顕著に代弁するヤップの億万長者の話を抜粋する。

 いわく。『彼はこの島最大の価値を持つフェイを保有している。だが、そのフェイは事故により、はるか昔に海の底に沈んでしまった。それでも、代々それを受け継いできた彼は、いまもなお、そのフェイの所有者である』。この逸話は島中の誰もが知っているし、またそれを誰もが信じて疑っていない。だが、かの海の底に沈んだフェイをいまとなっては、しっかとその目で見た者は誰ひとりとしていない。であるのに、その支払い能力は失われず、彼はいまでも、最大のフェイを持つ、島一番の億万長者であるのだ。

 ――――――――

「……そいつは――あるいはそいつのご先祖様は、ものすげえ詐欺師だったんじゃねえのか?」

 男は言った。身も蓋もない。

「そんなことまでは知らないわ。可愛いわたしは、ハクが暇だっていうから、昔、本で読んだことを語り聞かせてあげただけだもの」

 まあ、少し解り良いように、言い回しは変えたけれど。と、心の中だけで少女は思った。

 海である。澄み切った、美しい海である。その海上に、クルーザーを走らせ小一時間、そこは、ヤップ島から西方数キロ沖の、海上だった。

 やれやれ。と、男は甲板に広げたビーチチェアに寝転ぶ。季節は冬だが、ヤップの気候は通年して温暖だ。この日も最高気温30度、最低気温24度、時刻は昼前で雲ひとつない快晴。現在は乾季で湿度も低く、心地よい気候と言える。

 男は、珍しく開放的な格好をしていた。黒地に青いラインの入った、競泳用のハーフスパッツ。以上である。いや、そばにいつもの、茶色いぼろぼろのコートを無造作に放り出しているし、こちらもいつも通りのボルサリーノを、アイマスクのように目元にかぶせているが、とにかく水着姿であった。筋骨隆々とまではいかないが、やせ過ぎず太り過ぎず、適度に筋肉が浮いた体は、やや一般的な黄色人種モンゴロイドと比べて白めである。

「そろそろ着くけど」

 と、運転席から、甲板にはほとんど聞こえないような小さな声で、男の子が言った。
 まだ六歳の小さな体。それは肌黒く、やや薄めの黒色人種ネグロイドのようである。黒い肌に、同化するような黒――ダークグレーのトランクス型水着。首にはゴーグルをぶら下げた出で立ちだ。漆黒の髪は短く切り揃えられ、坊主頭と言ってもいい。全体的に平均的な六歳男児であるが、目付きだけが達観して、あらゆるものを俯瞰的に見ているように大人びていた。

「ハク! おねえちゃん! そろそろ着くって!」

 男の子の声は当然と、甲板には響かない。だから、実質の運転を任されていた幼女が、改めて声を張った。
 ヤップの空のように美しく透き通る、スカイブルーの髪。腰まであるロングヘアを靡かせて、まだ発育途中の柔肌を彩る。その髪色に合わせたような水色のハイネックビキニを着て、やや布面積多めに体を守っている。肩には淡いピンク色で薄手のカーディガンを羽織り、走行するクルーザーが受ける風にも体を冷やさないように、幼女は、万全の準備を整えていた。

「あいっ!」

 甲板を走り回っていた女の子が、きききっ、と、ブレーキをかけるように立ち止まり、元気よく挙手をして応えた。
 透き通る白い肌に、輝く銀髪。それはおかっぱに切り揃えられ、太陽の光で存分に煌めいていた。肌よりもよほど白い、まさしく真っ白なワンピースタイプの水着で幼い体を包み、少女から借りた――勝手に借りた、大きすぎる麦わら帽子をかぶっている。

「ありがとう、ラグナ! 準備するわ!」

 黒いサングラスを持ち上げ、男と並んだビーチチェアから身を起こし、少女は返答する。
 女の子と比べれば、大人びたせいか、ほんの少しだけ不健康そうな、白い肌と銀髪。体の肉付きは、発展途上な幼女よりもやや劣っている。
 そんな少女が甲板に降り、立ち上がると、腰まである銀髪が上半身を纏うように靡いた。そのスリットから覗くは、スレンダーな体と、それを包む黒のフレアビキニ。トップとボトム、それぞれにフリルがあしらわれた可愛らしいデザインだが、色がブラックということもあり、どこか大人の色気も感じさせる。大人でありながら少女のような、そんな彼女にぴったりの水着であった。

 さて、海である。本作にはかなり珍しい、水着回である。

 そしてそんなサービス回に、出演者がもうひとり。

        *

「夏だっ! 海だっ! ビーチだあぁっ!!」

 とうっ! と、掛け声を上げて、そのギャルは甲板へ飛び出した。
 金髪巻き毛をツインテールにまとめて。後天的に焼いた小麦肌には、布面積が少ないブラジリアンビキニ。しかもけばけばしい極彩色。マーブル模様に七色がひしめき合う、目に悪い色合いだ。そんなけばさは顔面にも表れていて、その顔を塗りたくるメイクは、カラフルな装いに仕立て上げられている。爪先までこだわりのカラフルが浸食しているようで、多種多様な色や模様に染め上げられたネイルには、ところどころスワロフスキーまであしらわれていた。さらには、全身、ところどころをギラギラと、あるいは痛々しいまでに装飾するピアス。耳元だけではなく、へそ、目元、鼻、唇、さらには舌にまで。つけられるところにはどこにでも、というほどの勢いで飾られたそれらは、ギラギラとどこか威圧的に、快晴の空に浮かぶ太陽光を反射していた。

 そのギャルが飛び出した先、甲板のその場所には、運の悪いことに――というより、ギャル的にはおそらく故意に狙ったのだろう――男がいた。その勢いに男は押し倒され、当然のようにギャルは馬乗りになる。奇跡のような物理現象だった。

「痛えしうるせえ! 夏でもビーチでもねえし!」

 叫んでおくが、男としてはもう慣れたものである。特段にうろたえることもなく、ただ勢いで飛んでしまったボルサリーノを手繰るように手を伸ばした。

「にっひひぃ~☆ 熱いのもうるさいのも、夏の醍醐味だよぉ☆ ほら! そんなとこ寝転がってないで、しゃんとしなきゃ!」

 ものっそい突っ込みどころのあるセリフだったが、構えば構うだけ面倒な女子であることは理解していたので、男は黙って、ギャルの差し出した手を掴んだ。
 と、押し倒されたときと同じ――いや、それ以上の力で引き起こされる。だからバランスが取れず男は前のめり、当然のように――

「ぶっちゅううぅぅう!」

 乱雑に唇を奪われた。歯と歯がぶつかり、唾液を垂れ流したままの、幼稚で、破天荒で、情緒の欠片もない、それでいてどこか、艶美な口付けだった。

 まあ、それでほんの少し、甲板が氷のように殺意に覆われたのだけれど――ともかく。

 今回の『異本』蒐集には、彼女、アリス・L・シャルウィッチも参加することとなっていた。繰り返すが、温暖な気候だろうと、季節は一月、冬である。それでも彼女がいれば、真夏のように騒がしい旅程になることは必至である。


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