箱庭物語

晴羽照尊

文字の大きさ
269 / 385
幕間(2027‐2‐3)

あの日の話・後編

しおりを挟む
 ふわり。と、ロングスカートをなびかせて、そのメイドは舞い降りた。

「ノラ様のご懸念通りです。

 やや棘のある語調で、ふがいないに視線を落とし、彼女は言う。

なれは……」

 末弟の――いや、あるいは、の使用人か。と、女は想起した。殺されていた。その程度の見切りは当然と、できている。つまりは死にかけたわけだが、しかし女は、その点に関しては、自らで意外に思うほど、なんとも感じていなかった。

「おや、これは、懐かしい顔だ」

 青年も、想起する。こちらに関しては、女よりもよほど古い記憶。メイドが以前に仕えていた主とは、WBOの会合で顔を合わせたことがあり、その付き人として見知っていた。いや、見知っていた、などというだけでは生ぬるい。一度、本気で殺し合ったこともある仲だ。

 それよりも、青年は、己が内に燃え滾っていた怒りが、幾分、薄れていることに疑問を抱いていた。対象としていた目標を、実質的には仕留め切っていたことに達成感を抱いたのか。あるいは、横槍が入って、怒りが分散したのかもしれない。……自己分析はすれど、彼自身は、どうにも腑に落ちなかった。だがまあそれは、いい。と、捨て置く。

「あなたも目標ターゲットとして、まだ、仕留め切れてない。いい機会だ。ここで努力を完遂するのも、いいかもしれない」

 彼は彼らしく、ニタニタと、見ていて不快になるような笑みを、大きく浮かべた。

此度こたび、あなたに用はありません、織紙おりがみ四季しきわたくしは、主人の命により、灼葉しゃくようほむら様の生存を、ただ守るために参りました」

 ボラゾン製の警棒を抜き、それを青年に突き付ける。そうして距離を保ちながら、全身を上気させる。肌はみるみる赤く熱をもち、全身の毛が逆立つ。額の一部はぐんぐん突きあがり、角のように凶器へと成っていく。――彼女の極玉きょくぎょくの、発露だった。

 それを見て、青年は、さらに凄絶に、口角を上げて、笑う。

「いい……! それでこそ、殺す努力のかいがある!」

「死ぬのはてめえだ。クソキチガイがっ――!」

 一触即発。いまにもどちらからともなく、殺しかかりそうな雰囲気の中、女は、ふと、わけの解らないことを、悟った。

「そうじゃ。わらわ、死んだ」

 マジで、わけが解らなかった。

「「はあぁ!?」」

 当然の疑問が、語尾とともに、上がる。

        *

「なんかおかしいと思ったんじゃ。妾、いますげえだるい。こうね、心の中が、いろんな感情ぐるぐるして、よく解らんのじゃ。シキはクソじゃし、殺したいけど、でも、死んじゃったらいろいろ終わるじゃん? なんかこれで終わっていいんじゃろうか。とか、思ったり。かといって、おまえみたいなの相手に逃げるとか、プライドが許さんじゃん? もうね、どうすればいいか解らんで、それでさっきも不覚を取ったのじゃ。じゃから、妾、死んだ。シキ。おまえの知る、おまえの殺したかった妾は、もうおらん。もう死んだ。こんなわけ解らん状態の妾なんぞ殺しても、おまえも虚しいじゃろう? つうことで、そこのメイド。ハクとノラには、妾、死んだって伝えといて。これ、やるから」

 女は。どうだこれは完璧な論理なのじゃ。予断を挟む余地もないのじゃ。妾すごいのじゃ。みたいな顔をした。他のふたりの表情とは対照的に、実に晴れやかである。
 そのようにして、とてつもない気軽さで、メイドに『嵐雲』を差し出している。

「ちょっと、待て……」

 当然のごとく、青年が異を唱えた。頭痛を感じているのか、額に手を添えながら。

「そんなわけの解らない論理で、この場を切り抜けようと? ホムラ。君こそ誰かに乗り移られたんじゃないですか?」

「それなのじゃ!」

 ずびし! 女は、取りこぼしたグラスに手を伸ばすように反射的に、青年の言葉に指を差した。その嬉々とした表情に、青年は怯む。

「妾、乗り移られたのじゃ! それで、元の灼葉焔は死んだのじゃ! うむ、それがよい!」

 女は。さすが妾なのじゃ。天才なのじゃ。超かわいいのじゃ。とでも納得するように、自身の掌に、逆の拳を叩きつけた。そこまでされると、もう、青年ですら納得するしかない――

「わけあるかボケエエェェ!!」

 こちらはもはや、キャラを忘れて切りかかる始末だ。宝杖、ブレステルメクの、本当の姿。剣と鞘に、分離させた刃で。

「お姉さまっ!」

 メイドはとっさに、彼女を抱え跳び上がる。アルミラージの力を解放した彼女の跳躍は、もはや飛翔だ。そのひと跳びは、軽々と空を歩き、『ラス・ベンタス闘牛場』から離脱した。

        *

 そのひと跳びがいくら強大とはいえ、それだけであの青年を撒けるはずもない。ゆえにメイドは、その後も何度となく跳躍し、十分に距離を取った。取って、落ち着く。まだぜんぜん落ち着かないが、深呼吸をして、落ち着く。落ち着いたことにする。

「お・姉・さ・ま?」

 拳を掲げて、こめかみを歪ませ、メイドは笑顔を向ける。とりあえず、逃げおおせられたのはよかった。しかして、さきほどの言動は、逃亡のための策謀であったとは思えない。ともすれば、敵に隙を晒しすぎでもあった。警戒を解くなど、危険極まりない。

「なんじゃ。汝なんぞにお姉さまと呼ばれても、妾、ぜんぜん嬉しくないんじゃからね!」

 プイッ、と、女はこれ見よがしに顔を逸らした。

「なんですか、その、わけ解らんツンデレは!」

 メイドは、掲げた拳を、さらに高く突き上げて、威嚇した。しかし、女は顔を逸らしていたので、そんな叱咤を見てもいない。だから間もなく、ふっ、と、メイドは脱力する。暖簾に腕押すことの愚かしさを、理解したからである。

 そんなメイドに感化されるように、女も、軽く脱力して、目を伏せた。

「だって、さっき話したことが、妾の本当の気持ちなんじゃもん」

 幼い顔で、幼い言葉を、幼い声で、言う。

「妾は、変わったんじゃ。良くも悪くも。妾を知っておる者たちが、妾を妾と思う要因が、妾の中から消え失せたのじゃ。姿かたちは灼葉焔でも、もはや妾は、みなが信ずる灼葉焔ではない。……そう言っても、汝には解らんか。汝はそもそもの妾を、知らんからのう」

 困り顔で、女はメイドを、見た。眉を落として、困り顔であるのに、その目には、強い確信が、見て取れる。

 だからメイドは、はっとした。

「たしかに、私はあなたを知りません。でも――」

 自分が、過去の自分とは違うものになる。そういう感覚は、よく知っていた。そしてそれは畢竟ひっきょう、自分を方々との関係を、良くも悪くも変えてしまう――否、むしろ自ら、変えたいのだと。そう思うことにも、繋がるのだと。

「――いいえ。なんでもありません」

 そう理解する。だけれど、そんなことを言葉にするのは、ためらわれた。理解しているのだから、わざわざ自分が言うまでもない。そう、後付けで理由を、見付ける。

「ともあれ、こうなってしまったなら、お姉さまのおっしゃる通りにいたしましょう。こちらも、『異本』が回収できるなら儲けものです。しかし――」

 ハク様にも本当のことを言わなくて、よいのですか? そう、控えめに問い質す。ご姉弟のことだ。それを問うのは、出過ぎた真似かと、内省しながら。

 その問いに、さすがに女も迷ったのだろう。「ううん」、と、一拍、唸って、時を稼いだ。

「まあ、あやつも騙さねば、ノラを騙しおおせることはできんじゃろう。まあ妾、死んだっていっても、この心の整理がつくまでじゃ。いま混沌としている気持ちに整理がついたら――その結論次第では、また、生き返る」

「便利な感情ですね」

 メイドは呆れ口調で、軽口をたたいた。

「まあ、いいでしょう。請け負いました、お姉さま。そのときが来るまで、私が責任をもって、ハク様、ノラ様を騙し通して御覧に入れましょう」

「つうか、汝、そもそもノラを騙せるのか?」

 男のことには微塵も言及せずに、女は思い出したように、言った。
 メイドは少々思案して、頷く。

「まあ、大丈夫でしょう。ノラ様ほど聡明な方が、まったくの見知らぬ他人であったなら、無理と判断するしかないでしょうが。あいにく私はノラ様を、少なからず理解しておりますので」

「ふん。お姉ちゃんを気取る気なら、妾は容赦せんぞ」

「なんですか、その、妙な脅迫は」

 メイドは嘆息するが、見るに、どうやら女は本気らしかった。それでメイドは、ここにきてようやく、女のことを理解する。ああ、この方は、たしかにのお姉さまだ、と。まったくもって、わけが解らない。
 とりあえず、こほん、と、咳払いをして、場を引き締める。

「とにかく、委細承知です。たしかに――」

 女が平然としているから、メイドも、危機察知に出遅れた。だから無作法な強硬策で、女を蹴り飛ばす。
 それから完全臨戦態勢に変化して、怒号を、上げた。

「お引き受けいたしました! お姉さま! ですから――」

 とっとと行け! もはやメイドではない――彼女の中にいる、もうひとつの人格の声で、最後の一声はこだまする。

「……また、ここから――」

 ゆらりと、身をよろめかせ、彼は、ニタニタと笑いながら、黄金の杖を、持ち上げた。

「努力を、始めよう」

 ――――――――

「えっ、えっ……? なにそれ終わり? そっから! そっからメイド、どうなったん!?」

「なにを楽しく、物語を満喫してんだよ、じいさん。……メイドのその後に関しては、本人に聞いてくれ。おれが話すっていったのは、ホムラさんのことだろ」

「いや、おまえ、聞きたいことは聞けって、ここ到着したときに言ってたじゃねえか」

「聞けとは言ったけど、なんでも答えるとは言ってない。……バルトロメイさんのその後は、まあ、たぶん本人が、聞かれたくないだろうから」

「なんだよ。仮にメイがシキを殺していたとしても、俺は驚かねえぞ」

「それは驚いてあげてくれ。あんたあの人をなんだと思ってんだ……」

 男の子は演技のように大仰に、うなだれた。

「とにかく、バルトロメイさんが嘘をついた理由は、こんなところだ。ホムラさんが死んだことになってた理由もな」

 とはいっても、未来のその場で、ただ話を聞いているだけの男には、彼女らの思考回路は、まるで理解できなかった。そもそも男の子の語りの中には、彼女らの感情の動きは含まれていない。ただの、事実の羅列でしかなかったのだから。

「まあ、いいさ。どうせ愚かな俺には理解できない、あいつらなりの考えあってのことなんだろ。現実の話。結果あいつは生きてたんだ。それならそれで……うん。まあ、よかった、の、かなあ……?」

 曖昧に、男は首を傾げた。しかし、その顔は、まんざらでもなさそうである。

 ともあれ、メイドの嘘に関しての物語は、これにていったん、幕引きとなる。彼女がその後、青年との抗争の中で、どうなったのか。どう生き残ったのか。それは、いつか語るときが、きっとくるだろう――。



しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...

MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。 ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。 さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか? そのほかに外伝も綴りました。

天才天然天使様こと『三天美女』の汐崎真凜に勝手に婚姻届を出され、いつの間にか天使の旦那になったのだが...。【動画投稿】

田中又雄
恋愛
18の誕生日を迎えたその翌日のこと。 俺は分籍届を出すべく役所に来ていた...のだが。 「えっと...結論から申し上げますと...こちらの手続きは不要ですね」「...え?どういうことですか?」「昨日、婚姻届を出されているので親御様とは別の戸籍が作られていますので...」「...はい?」 そうやら俺は知らないうちに結婚していたようだった。 「あの...相手の人の名前は?」 「...汐崎真凛様...という方ですね」 その名前には心当たりがあった。 天才的な頭脳、マイペースで天然な性格、天使のような見た目から『三天美女』なんて呼ばれているうちの高校のアイドル的存在。 こうして俺は天使との-1日婚がスタートしたのだった。

JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――

のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」 高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。 そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。 でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。 昼間は生徒会長、夜は…ご主人様? しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。 「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」 手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。 なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。 怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。 だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって―― 「…ほんとは、ずっと前から、私…」 ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。 恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。

完結 辺境伯様に嫁いで半年、完全に忘れられているようです   

ヴァンドール
恋愛
実家でも忘れられた存在で 嫁いだ辺境伯様にも離れに追いやられ、それすら 忘れ去られて早、半年が過ぎました。

ヤンデレ美少女転校生と共に体育倉庫に閉じ込められ、大問題になりましたが『結婚しています!』で乗り切った嘘のような本当の話

桜井正宗
青春
 ――結婚しています!  それは二人だけの秘密。  高校二年の遙と遥は結婚した。  近年法律が変わり、高校生(十六歳)からでも結婚できるようになっていた。だから、問題はなかった。  キッカケは、体育倉庫に閉じ込められた事件から始まった。校長先生に問い詰められ、とっさに誤魔化した。二人は退学の危機を乗り越える為に本当に結婚することにした。  ワケありヤンデレ美少女転校生の『小桜 遥』と”新婚生活”を開始する――。 *結婚要素あり *ヤンデレ要素あり

旧校舎の地下室

守 秀斗
恋愛
高校のクラスでハブられている俺。この高校に友人はいない。そして、俺はクラスの美人女子高生の京野弘美に興味を持っていた。と言うか好きなんだけどな。でも、京野は美人なのに人気が無く、俺と同様ハブられていた。そして、ある日の放課後、京野に俺の恥ずかしい行為を見られてしまった。すると、京野はその事をバラさないかわりに、俺を旧校舎の地下室へ連れて行く。そこで、おかしなことを始めるのだったのだが……。

処理中です...