箱庭物語

晴羽照尊

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台湾編 本章 ルート『虚飾』

箱庭の始まり

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 1989年、八月。シリア、ダマスカス。

 世界最古の都市、ダマスカス。

 エジプトやメソポタミア、地中海地域における交通の要衝地。『世界一古くから人が住み続けている都市』、とも、言われる。その始まりは、紀元前3000年にまでさかのぼるほどであり、それは、文化的な人類史としては、まさに起源といって過言ではないだろう。

 ――ここから、この箱庭の物語は、始まったのだ。

「はーい、また私の勝ちー。ゾイちゃんよわよわ」

 ぷくく。と、相手を嘲るように頬を膨らませ、若女は言った。

「そんなふうにあおっても無駄ですよ、シンファ。ポーカーは駆け引きの勝負。私はなにがあっても、心を揺さぶられたりはしません。なぜなら、確率計算により、完璧な立ち回りを構築、実行しているのですから」

 才女は言う。だが、その唇の端を噛む様子から、内心が一部、流出していた。

「ふうん、理論、理論的だねえ、ゾイちゃんは。そんなんで勝って楽しい? ましてや、負けてるってのに」

「むしろ負けてても楽しいですよ。完璧な理論は、最後に勝利することを保証してくれているのですから。過程の負けも、想定済みです」

 とはいえ、思ったよりも負けすぎだ。それは認める。あくまで最低限、運が絡むゲームだ。運次第では負けが込むことも想定済み。その中の、最悪を引いただけの話。そう、冷静に才女は判断した。それでも、運に頼るしかない部分で最悪を引いていることが、どうにも、眼前の若女の勝ち誇った顔に負けた気がして、悔しいだけだ。

「つうか、なんでおれたちを荷室ラゲッジに追いやって、カードに興じてんだい!」

 言葉通りの荷室から、美男が顔を出し、文句を言った。その荷台にはもうひとり、うーうー唸る子女が転がっているが、彼女は率先して荷台に乗り込んだ。どうやら横になりたかったらしい。

「あ、ぶーくん」

「ぶーくん言うな」

「ぶーくんぶーくん。りーちゃんはだいじょうぶ? へいきへいき?」

 呼び方の訂正をしても、わずかも気を止めない様子で、若女は子女を気遣った。美男はその美しい頬を歪ませ、それから諦めたように嘆息する。

「平気なんじゃないかねえ? それに、ただの食いすぎだ。自業自得ってやつだろ」

 現地についてから、目的地への移動前に、彼らは食事を済ませていた。そのときに食べ過ぎたのだ。そもそも子女は普段から食べ過ぎである。いつものことだ。

「それと」

 平時と変わらない子女の話を切り上げて、美男は強く、話題を変えた。横目でちらりと、カードをシャッフルしている才女を一瞥して。

「シンファ。そろそろイカサマはやめるんだねえ。おちびさんが可哀そうだろう?」

 言うだけ言って、美男は荷室に、顔を引っ込めてしまった。「ちょ……ぶーくんっ!」。遅れて若女は声を荒げるが、もう遅い。

「え、っへへぇ?」

 愛想笑いを向けておく。しかし、若女の前にいる才女は、怖い顔でカードを数えだした。

「……三枚足りない。……シンファ」

 怒気を孕んで、才女は若女を、見た。

「待って、だいじょぶ、話をしよう。人は話せば解り合える……らしいよ?」

 最近聞いたようなことを言ってみるが、才女の顔は、歪んだままに変わらない。狭い車内で立ち上がり、見下すように若女ににじり寄った。

「あっ、そうだ!」

 この状況を打破する道でも見付けたか、若女はぴん! と、人差し指を立てた。それから、しかつめらしい顔付きになる。

「ポーカーは駆け引きの勝負。私はなにがあっても、心を揺さぶられたりはしません」

 きりっ! 最後の擬音まで声に出して、若女は才女の、先の言葉を繰り返した。だからこんなことで怒らないで。というつもりで言ったのだが、もちろん才女には、煽りにしか聞こえない。

「どこに隠し持ってるんですか! ここですか! こっちですか! とっとと出さないと、ひどいですよ!」

 言いながら、才女は若女の、その体の隅々をくすぐる。「あっひゃっひゃっひゃっひゃっひゃっひゃっひゃ!!」と、慎みもなにもなく、若女は笑った。笑い、暴れて、返事をする余裕もない。思った以上に大ダメージであるようだ。

「うるっせえぞ! クソガキども! 静かに乗ってられねえのか! ごらあっ!」

 運転席で、『先生マエストロ』が叫んだ。

「やれやれ」

 助手席にて、若男が嘆息する。
 だが当然と、激情した才女にも、抱腹絶倒中の若女にも、その声は届かない。

        *

 古代都市ダマスカス。その旧市街。紀元前3000年ごろから形成された、世界最古の都市。その、とある、遺跡の脇。設置されたキャンプの横に、車は止まった。
 到着するなり、幾人もの作業着を着た者たちが、運転席に集まってくる。そのうちのひとりが、馬鹿丁寧に車の扉を開けた。

理紫谷りしたに先生! お待ちしておりました! このたびは遠路はるばる――」

「いえ、こちらこそ。無理を言ってすまんことでした。みなさんの邪魔はしませんので、どうぞ、我々のことはお気遣いなく」

 子どもたちからしては、やけに平身低頭と、『先生マエストロ』がへりくだっているように見えた。言うほど腰が低いわけではないのだが、それでもしっかと、会釈以上に頭を下げた彼を、生徒たちとしては初めて見たのである。

「てか、『先生マエストロ』? ここはどこで、この人たちはなんなの? 私たち、なんの説明もないのに――ってええええぇぇっ!」

 不遜な態度で若女が、『この人たち』を指さしたので、『先生マエストロ』は拳骨で、その口を塞いだ。頭頂を抱えて、若女はうずくまる。

「こんな礼儀知らずばかりですんで、本当、お気遣いなく。……例のものだけ、お見せいただけますかな?」

「はいっ! こちらです、どうぞ!」

 先頭の者が、『先生マエストロ』をキャンプの中へ誘った。その教え子たちも、目配せを受けたので、続いて中へ向かう。
 その最後尾で、若男が、いまだうずくまったままの若女を気遣った。

「これから、新たに発掘された、珍しい石碑をお見せいただくことになっている。……聞いてなかったのか?」

「聞いてない。ないない。なに? 私だけはぶられてたの?」

「出立前と、飛行機搭乗前と、ここまでの車内と、それぞれ同じ説明がされてたはずだ。『先生マエストロ』は特段におまえに向けて、強く視線を向けていたんだがな」

 言って、若男は手を差し伸べた。

「なんだよあのおやじ、生徒に色目向けやがって」

 悪態ついて、若女は差し伸べられた手を掴む。

「……それは、ないだろうな」

 複雑な顔で、若男は言った。立ち上がった若女は、どしたの? といった顔で、若男の顔を見る。最前、殴られたことなど、もはや忘れたような、優しい笑みで。

「行こ、リュウ」

 若男の複雑な感情など、吹き飛ばすように。この世の悪意なんて、なにも怖くないような、そんな顔で、笑って。

 若女は、彼の手を、引いた。

        *

 透明なケースに入れられた、を見て、一同は唸る。

「確かにこれは、発見されたあらゆる言語の、どれとも違う」

「ヒエログリフとか、ヒッタイト文字に近いですかね。表意文字じゃないでしょうか?」

「ヒエログリフは表音文字だけどねえ。まあ、象形文字っぽいのは確かだが」

「むしろピクトグラムなんじゃね? これまで発見されてないってのも踏まえると、ごく限られた範囲で、ごく限られた人たちしか使っていなかった、なにかの暗喩程度のもの」

 食いすぎでダウンしていた子女の言葉で、生徒たちの考察は断ち切れる。というより、断ち切られた。

「まあ、それはないだろ。全体として、文章の体裁は整っておる。一部地域の、一部の者だけが使用した可能性はあるが、文字としての完成度は高いだろう」

先生マエストロ』がそう、診断を下す。そして、興味深そうに彼は、また、まじまじと顔を近付け、それを見た。

「失礼。放射性炭素測定は……まあ、まだですよね?」

 そばに控えていた作業着の者――発掘調査団の、たぶん研究者――に尋ねた。

「ええ、まだ。……しかし、発掘リーダーの経験から言って、紀元前1500年から2000年ほどの出土品ではないかと――」

「素晴らしい! さすがですね。まだはっきりとは解りませんが、言語学的観点から言っても、おそらくそのあたりのものでしょう」

 石碑から額を逸らさないまま、『先生マエストロ』は言った。「ありがとうございます」と、研究者は頭を下げる。
 その陰りの中に浮かぶ目が、瞬間、生徒たちを捉えたように、才女からは見えた。その場の誰よりも小柄な彼女だからこそ、下から、その目が見えた――気がしたのである。

「それでは、私は隣のキャンプにおりますので、ごゆっくりとどうぞ。なにかあれば、遠慮なく声をおかけください」

 そう言って、その研究者は去って行った。やはり去り際に、こちらを見たように、被害妄想のように、才女は思った。


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