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台湾編 本章 ルート『色欲』
Loveless,Endless.
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あれ? と、女は思った。
――こいつを倒して、おまえを娶る!――
――愛してるよ、ホムラ――
青年の言葉が、いまさらながら頭に響く。
あれって、プロポーズ? で、妾なんて言ったっけ?
――あ、うん――
……うん。うんん?
うんって言ってるね。うん? どういう意味の、『うん』?
「ちょ……ちょっと――」
声を上げる。だが、そんな戸惑いがちの声では、盛ったオスどもの咆哮に掻き消えるだけだ。
「あははははははは! なんだ、案外やるじゃないかっ!」
言葉通りだ。おそらく、彼は想定していなかった。
青年が素手でも、これだけできるとは。
「努力……努力、努力、努力っ!」
だが、もちろん彼に余裕などない。その体は動けど、すでに満身創痍だ。
眼の光は消さない。だが、それ以外は無残なものだ。
登場時からぼろぼろだった狩衣のような衣装は、もはや原形をとどめてない。その鍛え上げた肉体を見せつけるように、ただの布切れ程度の役割しか果たせていない状態だ。その内に見える肉体も、全身傷だらけ。あざだらけ。鬱血して、青く赤く、はれ上がっている。中性的で整った顔も、もう、見る影もない。ほとんど傷らしい傷も負っていない好青年とは、あまりに差があった。力量差が。
「キミは十分やったよ。だからもうそろそろ、そこをどけ。ホムラは、ボクがいただく」
発達した犬歯を剥き出し、好青年は笑った。それを合図に、大きく、その強靱な脚をハンマーのように叩きつける。
間一髪で青年は避けるが、その一撃は、床を、割るほどの勢いで豪快に揺らした。それに瞬間、動きを阻害される。
その、身動きの取れないところへ、第二撃のハンマーが、落ちる。
もはや、躱しようがない。そしてその一撃は、すでに人体の極限にまで達している。生中な人間が耐えられる威力では、おそらくない。
そう理解しても、やはり、躱しようはない。
「努力。努力だ」
それでも青年はうなされたように、そう、呟き続ける。
努力を、続ける。
努力を続けてきた自分を、回顧する。
世界を揺るがすほどの鈍器が、彼の頭上を襲った。
*
「努力が――」
「なぜだ――」
彼らの声が、かぶった。
「足りないっ!」
「なぜまだ立っているっ!」
怒号のような声が、さらにかぶる。
瞬間、天敵を見付けた猛獣のように、好青年は大きく身を引いた。渾身の一撃を受けきった青年へ、ようやく危険意識が芽生えてくる。爽やかな笑顔は、もう、消えた。
好青年自身としても、先の一撃は加減なく、本気を込めた一撃だった。即死させうる、とまでは言わずとも、それをまともに受けて、意識を保てるほどのものではないはずだ。普通の人体なら。
「努力が、足りない」
うわごとのように、青年は繰り返す。見るに、もはや気力だけで立っている。体はもう、ぼろぼろだ。
先の一撃で、さすがに腕は折れている。片腕は絶望的。もう片腕も、完全に折れてはいまいが、ヒビくらいは入っているだろう。頭頂からも血を流し、完全にガードしきれなかったと推察できる。それ以前の状態でも、とうに満身創痍だったけれど、それ以上に、もう、体は使い物にならないはずだ。
「こんなものじゃ、足りねえ……」
「足りない? ならばもう一撃――」
「足りないのは、身共のほうですよ」
死にかけている。いや、もはや死んでいるといってもいい。しかし、眼が、死んでいない。どころか、さらにギラギラと、闘志を燃やしている。
だから、危険を感知する。警戒に値する。……いや、どんなに気丈に振る舞おうと、体はもう死んでいるのだ。警戒する、というのは、おかしい。
つまりこれは、恐怖だ。自分はいま、彼にビビっている。そう、好青年は理解する。
「たしかに足りないね。だが、そう落ち込むこともない。ボクの本気の一撃を、受けきったのだから」
「本気の一撃? なんだ、それは?」
「…………?」
強がっているようには見えない。本気でそう言っている。少なくとも身体的に余裕など、もうないだろうに。
好青年はいぶかしむ。だが、ただの獣には、人間の心など解りようもない……のかも、しれない。
「もっと努力、しなければ」
青年が、動いた。
*
動いたかと思えば、倒れた。
女の肩に、もたれかかった。
「もうよい。休め、シキ」
というより、女が青年を、迎え入れたのだ。
「ホムラ……身共は――」
「知るか。『パパ』を殺したこと、妾はまだ、許しとらん」
「……許されるわけがない。……だが、許されたいと、思ってはいない」
「じゃろうな」
言葉は気丈でも、もはや体は言うことをきかないらしい。女が力を込めると、素直に青年は横たわった。それはもしかしたら、心の衰弱も関係しているのかもしれないが。
彼を横たえ、女は再度、立ち上がった。そうして、いまだ距離を隔てたままの、好青年に向き直る。
そこにいたのは、もう、距離を隔てて小さくなった、ただの人間だ。人間であり、獣。
「どうした、獣? かかってこんのか?」
その小さな姿を見て、女は余裕そうに、そう威嚇した。手を向け、かかってこい、と、ジェスチャをする。
それに触発されてか、ぐるる、と、彼は喉を鳴らす。だが、即決に飛びかかってきたりはしない。まだ、なにかを警戒するように。なにかを、怖れるように。
「……やはりな」
女は、言う。好青年へ向けた手を下ろし、視線も落とす。
現代の、文明社会の、青年。
古代の、自然と共生した、好青年。
たしかに、戦闘において強靭なのは、後者だろう。彼らにとっては、生きること自体が、毎日、サバイバルだ。奪い、奪われ。それが日常の一部となっている。その中で生きるには、相当な精神力と、強靭な肉体が不可欠である。
だが、反面、諦めも肝心だ。現代と違って、力を持つ者は、それ以上の力を持てない。武器や、兵器。現代技術を駆使した、最先端科学を用いた、人間には及びもつかない強力なアイテムを、彼らは知らないのだ。
だから、限界に対して、彼らはあまりに無力だ。自分よりも強い相手に対して、歯向かおうという気概がない。自らの力で敵わない相手には、もう、立ち向かうすべがない。降伏し、命を乞うか、せめて、尻尾を巻いて逃げる他、ないのである。
「汝の口から出る愛など――汝の言う努力など、その程度じゃよ」
織紙四季には、到底、及ばぬな。
その言葉が、引き金を引く。怯えた獣を、刺激する。
「ホムラああああぁぁぁぁ――――!!」
四足に這った姿勢から、最後まで獣のように、牙を剥いて飛びかかる。瞬発力は、やはり、さすがだ。数十歩も離れた距離を一息に、詰める。だが――
「身共の努力が、終わりと言ったか?」
獣の目は、獲物しか捉えられない。
倒れて、戦線離脱した青年の動きなど、認識の外だ。
「が……あぁ……」
獲物を――女を仕留める寸前、そばに転がっていた青年に、切り裂かれた。斬り飛ばされた。
なにものをも切断する、黄金の剣で。
「やれやれ」
アクセサリーがジャラジャラと鈍く光る軍帽を目深に落として、女は、その光景からわずかに、目を逸らした。
「助けなど、求めておらんからな」
そう、念を押す。
が、やはり満身創痍だったのだろう。それを伝えるべき相手の意識は、もはや、なさそうだった。
「ホムラ……身共は……あなたを……」
ただただ、うわごとを、あげている。
まだまだ、呼吸をして、努力を――。
地上20階。『総合訓練室』での痴情のもつれ。
努力、継続。
――こいつを倒して、おまえを娶る!――
――愛してるよ、ホムラ――
青年の言葉が、いまさらながら頭に響く。
あれって、プロポーズ? で、妾なんて言ったっけ?
――あ、うん――
……うん。うんん?
うんって言ってるね。うん? どういう意味の、『うん』?
「ちょ……ちょっと――」
声を上げる。だが、そんな戸惑いがちの声では、盛ったオスどもの咆哮に掻き消えるだけだ。
「あははははははは! なんだ、案外やるじゃないかっ!」
言葉通りだ。おそらく、彼は想定していなかった。
青年が素手でも、これだけできるとは。
「努力……努力、努力、努力っ!」
だが、もちろん彼に余裕などない。その体は動けど、すでに満身創痍だ。
眼の光は消さない。だが、それ以外は無残なものだ。
登場時からぼろぼろだった狩衣のような衣装は、もはや原形をとどめてない。その鍛え上げた肉体を見せつけるように、ただの布切れ程度の役割しか果たせていない状態だ。その内に見える肉体も、全身傷だらけ。あざだらけ。鬱血して、青く赤く、はれ上がっている。中性的で整った顔も、もう、見る影もない。ほとんど傷らしい傷も負っていない好青年とは、あまりに差があった。力量差が。
「キミは十分やったよ。だからもうそろそろ、そこをどけ。ホムラは、ボクがいただく」
発達した犬歯を剥き出し、好青年は笑った。それを合図に、大きく、その強靱な脚をハンマーのように叩きつける。
間一髪で青年は避けるが、その一撃は、床を、割るほどの勢いで豪快に揺らした。それに瞬間、動きを阻害される。
その、身動きの取れないところへ、第二撃のハンマーが、落ちる。
もはや、躱しようがない。そしてその一撃は、すでに人体の極限にまで達している。生中な人間が耐えられる威力では、おそらくない。
そう理解しても、やはり、躱しようはない。
「努力。努力だ」
それでも青年はうなされたように、そう、呟き続ける。
努力を、続ける。
努力を続けてきた自分を、回顧する。
世界を揺るがすほどの鈍器が、彼の頭上を襲った。
*
「努力が――」
「なぜだ――」
彼らの声が、かぶった。
「足りないっ!」
「なぜまだ立っているっ!」
怒号のような声が、さらにかぶる。
瞬間、天敵を見付けた猛獣のように、好青年は大きく身を引いた。渾身の一撃を受けきった青年へ、ようやく危険意識が芽生えてくる。爽やかな笑顔は、もう、消えた。
好青年自身としても、先の一撃は加減なく、本気を込めた一撃だった。即死させうる、とまでは言わずとも、それをまともに受けて、意識を保てるほどのものではないはずだ。普通の人体なら。
「努力が、足りない」
うわごとのように、青年は繰り返す。見るに、もはや気力だけで立っている。体はもう、ぼろぼろだ。
先の一撃で、さすがに腕は折れている。片腕は絶望的。もう片腕も、完全に折れてはいまいが、ヒビくらいは入っているだろう。頭頂からも血を流し、完全にガードしきれなかったと推察できる。それ以前の状態でも、とうに満身創痍だったけれど、それ以上に、もう、体は使い物にならないはずだ。
「こんなものじゃ、足りねえ……」
「足りない? ならばもう一撃――」
「足りないのは、身共のほうですよ」
死にかけている。いや、もはや死んでいるといってもいい。しかし、眼が、死んでいない。どころか、さらにギラギラと、闘志を燃やしている。
だから、危険を感知する。警戒に値する。……いや、どんなに気丈に振る舞おうと、体はもう死んでいるのだ。警戒する、というのは、おかしい。
つまりこれは、恐怖だ。自分はいま、彼にビビっている。そう、好青年は理解する。
「たしかに足りないね。だが、そう落ち込むこともない。ボクの本気の一撃を、受けきったのだから」
「本気の一撃? なんだ、それは?」
「…………?」
強がっているようには見えない。本気でそう言っている。少なくとも身体的に余裕など、もうないだろうに。
好青年はいぶかしむ。だが、ただの獣には、人間の心など解りようもない……のかも、しれない。
「もっと努力、しなければ」
青年が、動いた。
*
動いたかと思えば、倒れた。
女の肩に、もたれかかった。
「もうよい。休め、シキ」
というより、女が青年を、迎え入れたのだ。
「ホムラ……身共は――」
「知るか。『パパ』を殺したこと、妾はまだ、許しとらん」
「……許されるわけがない。……だが、許されたいと、思ってはいない」
「じゃろうな」
言葉は気丈でも、もはや体は言うことをきかないらしい。女が力を込めると、素直に青年は横たわった。それはもしかしたら、心の衰弱も関係しているのかもしれないが。
彼を横たえ、女は再度、立ち上がった。そうして、いまだ距離を隔てたままの、好青年に向き直る。
そこにいたのは、もう、距離を隔てて小さくなった、ただの人間だ。人間であり、獣。
「どうした、獣? かかってこんのか?」
その小さな姿を見て、女は余裕そうに、そう威嚇した。手を向け、かかってこい、と、ジェスチャをする。
それに触発されてか、ぐるる、と、彼は喉を鳴らす。だが、即決に飛びかかってきたりはしない。まだ、なにかを警戒するように。なにかを、怖れるように。
「……やはりな」
女は、言う。好青年へ向けた手を下ろし、視線も落とす。
現代の、文明社会の、青年。
古代の、自然と共生した、好青年。
たしかに、戦闘において強靭なのは、後者だろう。彼らにとっては、生きること自体が、毎日、サバイバルだ。奪い、奪われ。それが日常の一部となっている。その中で生きるには、相当な精神力と、強靭な肉体が不可欠である。
だが、反面、諦めも肝心だ。現代と違って、力を持つ者は、それ以上の力を持てない。武器や、兵器。現代技術を駆使した、最先端科学を用いた、人間には及びもつかない強力なアイテムを、彼らは知らないのだ。
だから、限界に対して、彼らはあまりに無力だ。自分よりも強い相手に対して、歯向かおうという気概がない。自らの力で敵わない相手には、もう、立ち向かうすべがない。降伏し、命を乞うか、せめて、尻尾を巻いて逃げる他、ないのである。
「汝の口から出る愛など――汝の言う努力など、その程度じゃよ」
織紙四季には、到底、及ばぬな。
その言葉が、引き金を引く。怯えた獣を、刺激する。
「ホムラああああぁぁぁぁ――――!!」
四足に這った姿勢から、最後まで獣のように、牙を剥いて飛びかかる。瞬発力は、やはり、さすがだ。数十歩も離れた距離を一息に、詰める。だが――
「身共の努力が、終わりと言ったか?」
獣の目は、獲物しか捉えられない。
倒れて、戦線離脱した青年の動きなど、認識の外だ。
「が……あぁ……」
獲物を――女を仕留める寸前、そばに転がっていた青年に、切り裂かれた。斬り飛ばされた。
なにものをも切断する、黄金の剣で。
「やれやれ」
アクセサリーがジャラジャラと鈍く光る軍帽を目深に落として、女は、その光景からわずかに、目を逸らした。
「助けなど、求めておらんからな」
そう、念を押す。
が、やはり満身創痍だったのだろう。それを伝えるべき相手の意識は、もはや、なさそうだった。
「ホムラ……身共は……あなたを……」
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