箱庭物語

晴羽照尊

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台湾編 本章 ルート『憤怒』

虚構と現実

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 ひりつく。全身がぞわぞわと、さざめく。血が巡り、体温が上がり、汗腺が緩む。
 生きている。そう実感するたび、思う。

 は、もう、死んだんだ。

「レベル100。『最大先鋭フルカウント』――っ!」

 問答は、無用だ。
 贖罪も、哀願も、後悔も。
 嘲笑も、煽動も、侮蔑も。
 なにも、いらない――。



 異形の姿。もはやそう表現して差し支えない。せっかく仕立てた赤茶色のスーツも、大きく破れている。特段に右側。それは佳人の癖ともいえる、身体強化の偏り。

 自身の皮膚を硬質化させ、そのまま肥大。全身を強固な鎧で固めるようなもの。いや、それ以上の頑強さで、覆う。右腕から肩にかけては、攻撃的に。すべてを角のように鋭く尖らせ、人体殺傷に特化させる。
 それに、全身の力を乗せて、思い切り突き立てる。全身を肥大化させているがゆえに、体重も、桁違いに増えている。重さは、力に変わる。その重量を、右腕の槍先に集約させ、一点突破の、破壊を――。

「……だぁれかと思えば、あのときのクソガキじゃないですかぁ」

 だがいまだ、敵はソファにもたれたまま。丸太のように鍛え上げられた腕の一本で、佳人の渾身の一撃を受け止めた。眠そうに、だるそうに――あるいは、つまらなそうに、虚ろな目をして。

 逆立って天を突くような金髪。人体とは思えないほどに鍛え上げられた全身。それでいて、アンバランスな小さな顔は、やけに男前だ。その甘いマスクに、さらに小さな鼻眼鏡パンスネを乗っけている。代謝がいい体質なのか、常に全身から吹き出る汗は、オーラのように蒸気を上げ、そのパンスネを曇らせている。
 そんなゴリマッチョが、佳人の殺意ある一撃を受け止めたまま、ちらりと横目で彼女を、見た。

「そぉいや、次に会ったら相手してやる、とか、言いましたかねえ? でもボク、いまはそんな気分じゃないんですよねえ」

 はあ。と、嘆息する始末。そういえばどことなく、逆立つ金髪も萎びていた。
 ぎりっ、と、佳人は奥歯を噛み締める。渾身の一撃が軽く受け止められた。そのうえ、この態度である。彼女の全身に、さらなる怒気が宿った。

「やる気がないならそれでもいい。ただあんたは、ここで死ね」

 ググ――グ――。完全防備した身体を捻じる。佳人の全身が、鈍い悲鳴を上げて、歪んだ。
 槍のように尖らせた右腕は致傷力を増し、とぐろを巻く。だがそれはあくまで肉体だ。佳人の怒りにより発熱し、蒸気すら上げる。炎熱、というほどの力こそないが、その姿は、異形の様相に、さらなる拍車をかけた。

覚醒レヴォルト。『神装しんそうまとい』」

 にび色の身体は、さらに凝固する。内へ内へ、凝縮して、さらに硬く、さらに強く。
 銀色の姿に、変容する。

「これでレベルは、100を超えるぞ」

「はぁん? ……ああ、解った。おまえ、ゲームと現実の区別がつかねえんだな」

「ああ、ゲームはいい。最高だ」

 何人殺そうが、罪にならない。

「レベル200。『怨従えんじゅうつるぎ』」

 全身から数多と刃を創出して、さらなる怪物に変容した佳人は、低い声で、言った。

        *

「へえ……」

 わずかに興味を持ったのか、あるいは身の危機を感じたのか、ゴリマッチョはようやっと立ち上がり、怪物に正対した。その手には、宝戟ほうげき傘此岸かさしがん
 佳人の父親を刺し殺した獲物が、握られている――!

「こりゃあもしかしたら――」

「死ねええええぇぇぇぇ――!!」

「切れそうだ」

 包み込み、飲み込むように左右から襲いかかる無数の刃。それを両腕で受け止め、ゴリマッチョは嘆息する。

「――と、思ったが、まだ足りねえみたいですねえ」

 言って、ゴリマッチョは反撃する。その手に握っていた宝戟で。すでに怪物と化した佳人の、その、喉元へ。

「うがああああぁぁ――っ!」

「ああ……」

 鈍い音がして、佳人は後ろへ――大きく後ろへ、吹き飛ぶ。

「切れ味はともかく、防御力はそこそこだ。傘此岸でも貫けねえとは、カイラギ・オールドレーンと同等か、それ以上」

 くっくっく……。少しだけ、ゴリマッチョの萎びた金髪が、天へと向かって、揺れた。

「おもしれえ。興が乗った。ボクが、あの日のボクを越えているか、試してやる」

 傘此岸を掲げ、そのまま彼は、飛んだ。
 先刻吹き飛ばしたばかりの、佳人の――倒れた彼女のその、喉元へ向かって。

「おまえの首が飛べば、ボクの勝ちだ!」

        *

 意気を、取り戻した。そう、佳人は感じた。

一角獣ユニコーンの被験者』。皮膚を強化する『異本』。これを佳人は基本的に、硬質化として用い、攻守ともに強化するという形で使っている。

 だが、こちらは無意識に、感覚的にしか使用していないが、周囲の空気感を感知するのにも有効に作用している。つまるところ彼女は、場の雰囲気を読むことに長けている。あるいは悪い予兆の感知。自身が求めるものを探知する能力。彼女はそれを、自身の直感が鋭いだけだとうそぶくけれど、少なからず『異本』の効能でもあるのである。

 WBO、『特級執行官』、コードネーム『ランスロット』。佳人の父である若者に死をもたらした張本人。彼だけは、確実に佳人が制裁を下すつもりだった。だが、エレベーターから降りたその階層には、『特級執行官』が三人ともいるという。そんな状況でも、佳人だけは、自らが戦うべき相手の場所を確信していた。それについても、『異本』の力である。

 と、まあ、それはさておき。そんな高精度の感知能力で、佳人は、ゴリマッチョの雰囲気が変わったことを認識した。だるそうにしていた様子から一変、一気に感情を爆発させた。普通の人間には、なかなかない振れ幅だ。それゆえに、もし相対したのが『普通』の人間だったなら、彼の突発的爆発に反応するのは難しかっただろう。

 しかし、改めて。
 佳人の鋭敏な感覚にかかれば、それくらいの感知は、容易いことだ。

「――――!!」

 だから、気怠そうな様子から一変、機敏に矛先を向けてくるゴリマッチョに、即座に佳人は反応。危なげなくその宝戟を受け切った。

「……っ! ……はっはぁ! 反応も速え! やるじゃあ――」

 一合、二合……。戟と刃は打ち合って、三合で、力で劣る佳人がやや、怯んだ。
 その隙に、瞬間、ゴリマッチョは力をためる。それを見て、佳人は目の錯覚を覚えた。
 一瞬で、見るからに、筋肉が肥大している――!

「――ないですかっ!」

 それは、佳人の肉体を、上下に切り分けるように。彼女の腰あたりを狙って――すでに怪物じみている彼女の『腰』が、実際どこであるかは見分けづらいが――、戟の柄が折れそうなほどの勢いで、振るわれた。

 直感的に、を、佳人は察知する。普通に考えれば、これほどまでに硬質化した彼女を切ることなど、できない。細く鋭く、攻撃を見据え生成した刃程度ならともかく、――身体部位の中では――とりわけ太いはずの腰回りを、しかも、強固に硬質化したそれを、一振りに切断するなど、あり得ない。
 で、あるのに、佳人はそんな近い未来を、垣間見たのだ。

「レベル300! 『ヒヒイロカネの盾』っ!」

 それは、片腕に纏う、特別に硬質化した盾。佳人の全身を隠すほどのサイズがあるので、それを生成してしまうと動きにくくなるが、防御性能で言えば、彼女の作り出せるものの中で最高硬度を誇る。
 ガ――――ァァンン――!! 太く、荘厳な音を立て、盾はゴリマッチョの一撃を受け切った。だが――。

「そのうち、噛まなきゃいいですねえ」

 嘲るような声が、盾の先から、聞こえる。
 瞬間、佳人の扱える最高硬度のそれに、ヒビが入った。

「嘘……だろっ!」

「いやあ、これが現実だ」

 崩れていく盾の先で、その無慈悲な声は、響いた。

 ほぼ同時に、佳人の腰に、戟が食い込む。


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