魔力を持つ人間は30歳までに結婚しないといけないらしい

ここりす

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81 選択 ② 支える右手

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ーーーあとは貴女が結末を選ぶだけ

「私は・・・。わたし、の・・・」

声を絞り出しながら震えていると、両方の手から握られている感覚があった。

『マール』

「・・・ミハ、イル」

左手から、彼の言葉が伝わってくる。

「先輩」

右手を掴む彼がそれに重ねるように私を呼んだ。

「アルノー・・・」

両手を交互に見るのをやめ、しっかりと顔を上げた。

「私の選択はーーーー」

2人の感情がぶわりと溢れるように両方から入ってくる。

私の選択を後押しするかのように。

私の気持ちを引き止めるかのように。


「先輩」

『マール』

「出会った時からずっと」

『君に』

「貴女に」

ーーー恋してる

『マール、君が好きだ』

「先輩のことが好きなんです」

ーーーずっと

『マールのそばにいたい』

「先輩の隣にいたい」

ーーーどんなことがあっても

『僕が君の毎日を守るから』

「俺が先輩の毎日を支えます」

ーーー明日も

「貴女に会いたい」

『マールに会いたい』

「何度でも」

『何度でも』

ーーーその瞳に見つめて欲しい

『心から君を愛してる』

「心から貴女を愛してます」

『マール』

「先輩」

「俺はこの手を離したくない」

『僕はこの手を離さない』


『僕を選んで』

「俺を選んでください」

「先輩」

『マール』


「うっ・・・うぅぅ・・・っああ・・・はあっ・・・」

2人の想いが、気持ちが、全て私に流れ込んできていた。

苦しくて、苦しくて、切実さが、重すぎて

胸が潰れてしまいそうになり、顔をグッと上げて息を吐く。

「ハアっ・・・ッッ・・・ハアッー・・・ッ」

両手の感覚から抜け出せない私は、ぼやける夜空を見つめる。

輝いているのかも分からなくなってしまった星を眺めて、2人のことを考えた。


『君を守りたいんだ』

きっとミハイルは、アルノーと過ごす日常から、アルノーから私を守りたかったんだ。

『恋に落ちた貴女は、いつも傷だらけで・・・涙を流していた』

アルノーはミハイルのことで傷付く私を、支えたかったんだ。

ーーーミハイル

ずっと守ろうとしてくれていた左手を眺めた。

私は・・・最後まで、ミハイルを信じることが出来なかった。

あの時の彼の愛情がとても、怖かった。
全身の肌の痛みよりも、心が痛かった。

本当は結婚することをゆっくり考える時間が欲しかっただけなのに、もう結婚する気持ちにもなれなくて。

距離置くどころか、全てから逃げ出したくなってしまっていた。

その選択は間違っていなかったと思う。

だけどアルノーを巻き込んでしまって、彼を傷だらけにしてしまったことは後悔している。

ーーーアルノー

ここまで支えてくれていた右手を眺める。

あの時アルノーの手を取らなければ良かった。
ここまで彼を巻き込んでしまったことに、罪悪感でいっぱいだった。

それに・・・知ってしまった彼の愛情も、とても怖く感じた。

私の選択は、間違っていた。

一体どこから間違えてしまったのかも、もう分からない。

ただ、2人がこんなことになったのは、私のせいだ。

私には、もう2人の愛情を受け止めきれない。

2人がくれた日常を、あなた達の隣で過ごす毎日を、もう過ごせない。


ーーーだから最後に、貴方達から貰ったものは、返すよ


『マール・・・』

左手を握る先に横たわるミハイルを眺める。

(もう、貴方とはこうして一緒にはいられない)

「先輩・・・」

右手を握るアルノーと目を合わせる。

(もう、先輩として一緒に過ごすことは出来ない)

ーーーさよなら、私の日常

2人を交互に見ながらも自分が出した答えに、胸が詰まりさらに息が出来なくなる。

「うぅぅぅ・・・ハァっ・・・はあッ、アア・・・」

両手を握られながらも、ボタボタと感情と一緒に雫を落とす。

2人は手を離さず、私の選択をじっと待っている。

もう2人を見ていられなくて目を伏せて俯き、白い息を沢山吐き出しながら涙を流し続けていた。

「ふっ・・・うぅ・・・ッ・・・」

「泣かせてしまって、ごめんなさい」

「俺のせいですね・・・すいません」

「だけど、こうして俺の気持ちを伝えられるのは・・・今しかないから」

ごめんなさいと悲しいく震える声が聞こえた。

俯く顔を覗き込まれ、凍えている指で涙を拭われる。その冷たさにビクリと顔を上げると、私を映す黒い瞳はとても切なく揺れていた。

「俺は、貴女の王子様にはなれない」

「きっと、運命の人でもない」

「だけど、貴女を想うこの気持ちは、誰にも負けない」

「マール・ダレロワが好きです」

「先輩が・・・好き。すき・・・なん、です・・・」

私よりも震えている彼の顔は白くなっていく。必死に息を吐きながら、それでも私の涙を拭いる。

「泣かない・・・で、せんッ・・・ぱい」

「かなしい・・・顔・・・ごめん、なさ・・・い」

「でも・・・諦め、・・・られない」

「はっ・・・っハァ・・・俺にはッ、貴女が、、必要なんです」

「貴女の、ッ隣に・・・い、たい・・・」

「・・・アルノー」

「せんっ・・・ぱい」

握っている左手よりも、掴まれてる右手の方が冷え固まっている。

きっと、ずっと無理しているのだ。

私を助けた時から、私の望みを叶えるまで。

アルノーは倒れそうになりながらも必死に手を握っている。

「っ・・・は・・・はッ・・・ァ・・・」


ーーーーググッ

私はその手を支えるように右手の力を込めて握った。彼はなんとか倒れずに私に捕まるように両手で握り締めている。

目が虚ろなアルノーと真っ直ぐ視線を合わせた。

「アルノー」

「セ、んぱ・・・・・・いッ」

「これ、使って」

両手が塞がっているので、視線で訴える。

「どうし、って・・・」

胸元を差し出すように彼に向けた。

「ボタン開けて、ペンダントに触れて」

「俺・・・なんか、ッに・・・っ・・・」

「いいから!!早く!」

彼の限界が来てしまう前に、握られた両手を首元へ持っていく。
アルノーは戸惑いながらも、片手でローブの首元のボタンを開けると、冷えた指先がペンダントに触れた。

「ハアァ・・・ァァ・・・ハァッ、俺で・・・いい、の?」

私の後ろをチラリと確認するように見ながらも、震える指で大きなペンダントを持ち上げている。

ここまでしてくれた彼に、せめてものお返しをしなくては。

「私の選択を叶える為に、アルノーを巻き込んで沢山傷付けちゃったから」

「ごめんね、アルノー」

「こんなにも・・・冷たくなって・・・」

「本当に、ここまで・・・ごめんなさい」

「・・・先、輩」

「本当にッ・・・いいの?」

「うん、これはアルノーにあげる」

私の言葉を聞いて、キラキラと黒い瞳が潤んでいく。
そんな彼の表情を見ながらも、ペンダントの説明をしようとした。

「ペンダントの使い方なんだけど」

震えながらペンダントを持ち上げている彼の口角が上がったように見えた。

「発動じょうけーーンンっ!!」

ーーーちゅ・・・ッ・・・

「ん・・・・・・」

目を瞑る長いまつ毛を見ながら、唇の冷たい感覚に固まる。

「・・・・・・っ・・・」

ゆっくりと開く瞳が澄んだ青に戻っていく。

照れるように青い瞳に見つめられながら顔が離れた。

ーーージャラッ

ペンダントが首元にストンと戻って大きく揺れている。

「なに、して・・・」

「唇に・・・して良かったんですか?」

温かさが戻っていく指が私の唇をなぞる。

「ギリギリ我慢しました」

なぞった唇を見つめてニコニコと笑っている顔色も徐々に戻っている。

家族から持たされていたネックレスには、いざと言う時の回復魔法が1回分入っていた。

人に使用する場合の発動条件は私の唇に触れてから、相手のどこかに触れると使用出来るものになっている。

ペンダントに唇が触れたかと思うと、それ越しにアルノーの唇が触れていた。

冷たくて固いペンダントの感触がまだ唇に残っている。

一瞬の出来事に呆然とアルノーを見ていると、回復しきった彼の表情はドロドロに甘くなっていた。

「大切なペンダントなのに・・・ありがとうございます」

握られたままだった右手に指を絡めて持ち上げると、私を見ながら手の甲に温かい唇が触れている。

「んっー・・・先輩・・・。さらに好きになっちゃいました」

私よりも温かくなった頬にまた擦り寄せている。

「せんぱーいっ」

口を開けてニコリと笑う彼は白い息を吐いて幸せそうに頬を染めていた。

「ははっ・・・・・最高」

「また俺を選んでくれたんですね」

「嬉しいです。本当に・・・」

私はまた選択を間違えたのだろうかと、トロンとした表情で手を握りしめているアルノーから視線を外した。

ーーーきゅっ

指輪に触れられている感覚に、ミハイルを見る。

ミハイルはずっと、この指輪に魔力を届けている。

弱い力で、だけど決して私の手を離さない。

「ミハイル・・・」

(待たせてごめんなさい。貴方は必ず私がーーー)

「んぐっ・・・やめてッ!」

「先輩、寒いよね」

ミハイルをなんとか助けようと考えていると、隣から体温を分け与えるように抱き締められてしまう。

「もうっ、アルノーにはッ!ここまでの事を返したってことに・・・してッ」

「じゃあ俺も、先輩にお返し・・・しないと。たくさん」

アルノーは冷えた体を支えるように、私の右手ごとぎゅーっと包み込んでいる。もう体力がすり減っている私は身動きが取れず、温かい体温からなかなか逃げられない。

「ねえってば!!」

「ふふっ、冷えちゃいましたね」

「ね、先輩。あたたかい?」

スリスリと頬がくっつき、離れようとしても彼の左手で頭を抱え込まれている。

「んー、・・・せんぱい。離れないでよ」

「もういいでしょ!ミハイルを、ンンッ・・・なんとかしないと!!」

「もー、ひどい・・・俺の体温もっとあげますから。怒らないで」

「アルノー!!」

「寒いからここから出してあげたいけど、先輩の答えを聞きたい」

「じゃないと、先輩このまま逃げちゃうでしょ?」

「そうしたらずっと追いかけられますよ」

「ずっと・・・ずーっと・・・ね」

彼の温かい体温を感じながら、その言葉にピタリと動きを止める。

(もう、いやだ・・・)

いつまでもここに閉じ込められてしまいそうだ。

もし出られたとしても、これから先も・・・

ーーーきっと私が答えを出すまで

2人の間から抜けられない私は両手を離すように手の力を抜いた。

「私は、2人の想いには応えられない」

「ミハイルの気持ちも」

「アルノーの気持ちも」

「全部私のせいで貴方達を振り回してごめんなさい。たくさん傷付けてごめんなさい」

「もう・・・どれだけ言っても私の言葉は貴方達には届かない」

「もう、無理なの。これ以上耐えられないの」

「私の選択はーーーー2人とも選ばない」

「結婚をやめて、私は1人になるよ」

その言葉にゆっくりと温もりが離れ、深く俯いている。右手は繋いだまま。

「ごめんね」

私は両手をしっかりと握り、2人に想いを込めて謝った。

今までの感謝と、気持ちを伝えるように。

「ごめんね、ミハイル」

「ごめんね、アルノー」

「ごめん・・・ね」

零れそうになる涙をグッと堪え、手の力を緩めた。

ーーーー全部私のせいだから

私の言葉はいつも上手く伝わらず、相手を傷つけてばかりだ。

人を不幸せにしてしまうくらいなら、私はずっと1人で、よかった。

私は、そばにいないほうが、良いんだ。

この選択がきっと

これ以上、誰も悲しませないと思うから。

ここで、全部終わりにするから。

そうすれば、きっと上手くいくよね。

そうだよね。

ーーーミハイル

あの時の、約束を

貴方の最後の願いを

叶えてあげられなくて、ごめんなさい。

ごめんなさい。ごめんなさい。本当にーーー

「ごめんなさい」
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