魔力を持つ人間は30歳までに結婚しないといけないらしい

ここりす

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71 思い出 ①

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まっすぐ家に帰って来ていた。

ミハイルは今日も忙しいみたいだ。

彼のプロポーズにちゃんと返事をしたつもりなのに、自分の気持ちが伝わらなくて、どんどん心が沈んでいく。

無意識に指輪を眺めていた。

(傷付けてばっかりで、ごめんね。ミハイル)

「どうしたら、いいんだろう」

(どうしたら、信じてもらえるのだろう)

ソファーからこの広い部屋を眺める。

棚は毎日少しずつあの家と繋いで貰っている。必要なものはほとんど揃っているが、私の机の棚はまだ空っぽだ。

魔法にかかったミハイルから貰った物は、机の引き出しにまとめて入れていた。

そこにピアスの箱も入っている。

全て繋いで貰うまで、待つしかない。

今はあの家に帰りたいとも、ピアスの箱を眺めたいとも思っていない。

魔法にかかったミハイルに、感謝の意味を込めて、ピアス穴に触れる。

ピアスが手元に来たら、ミハイルと一緒にピアス穴を塞げたらと思っている。

それが精一杯の私なりの決別だと思っているから。

ピアス穴の感触を確かめながら、目を瞑る。

(ありがとう、ミハイルを愛してた)

貴方を想う時は、どこかいつも苦しくて、注がれる愛情を信じながらも毎日不安だった。だけど私は貴方に恋に落ちて良かったと思う。ミハイル・エンリーの事は昔から嫌いだったのに、貴方のおかげで好きになれた。
魔法にかかってくれてありがとう。

これからも私はずっとミハイル・エンリーを愛せるのだから。

耳から手を離し、ソファーにもたれかかって天井を見上げると、紫の瞳と目が合う。

「わっ!!!!」

「そんなに・・・」

悲しそうに瞳が揺れている。きっと驚いたことじゃなくて、ピアス穴に触れていたことに傷付いているのだ。

私はなんて彼に言葉をかけていいのか分からなくなった。
魔法にかかったミハイルの事を考えるのは許されていないから。

隣に座ることなく、そのまま後ろから声をかけられる。

「次の休み、デートをしよう」

その言葉に嬉しくなり、笑顔で頷いた。

「行先は、ミハイルと行った場所だ」

「どうして・・・」

「その方が君が嬉しそうだからだ」

「私は、貴方と行きたい場所を考えるよ」

「いや、いいんだ。これで」

俯いていると、彼は夕食の時間になったら呼ぶと言って出ていってしまった。

(また貴方はミハイルになりきるの?)

苦しさを紛らわせるように、どうにかできないかと考えた。

(デートの場所、わざわざミハイルと行った場所じゃなくてもいいよね)

私は幼なじみの彼と、楽しいデートがしたかった。

(今度はミハイルの服を選ぶって言ってたもんね・・・私が選んだ服を着てもらうの楽しみだなあ)

どんな服でも彼なら綺麗に着こなせるだろう。

そんな姿を想像していたら、いてもたってもいられなくて、ソファーから立ち上がると部屋を飛び出す。

そのまま玄関まで向かっていると、ミハイルがものすごい早さで追いかけてきた。

腕を力強く引っ張られる。

「また、僕がいる家に居くないのか!」

「痛いよ!ちょっと本屋さんに行きたいだけ」

「明日じゃダメなのか。定刻になったら迎えに行く」

「ミハイル忙しいんでしょ。まだ時間も遅くないし、本屋さんくらい1人で行かせてよ」

「ダメだ、僕もついていく」

「どうして?私は逃げないし、ちゃんとこの家に帰ってくるよ。信じて」

「僕がついて行ったらダメなのか」

「1人で行ったらダメな理由を教えて」

「1人でも僕が後ろについて行くだけだ。君を、1人にしたくないんだ・・・」

「そんなに・・・信じられないんなら、もういい!!!」

ミハイルの横をすり抜け、また走って部屋に戻る。フラフラとソファーに座ると膝を抱えて顔を埋める。

(私はこんなにも、信じられていないなんて・・・)

私の自由は奪われ、居場所も奪われ、どこにも行けない。
私の好きな気持ちも、逃げないことも信じて貰えない。

「ははっ、辛いな・・・」

貴方のことが、ただ好きなだけなのに。

どうしてこんなにも上手くいかないんだろう。


「ただ貴方と楽しいデートをしたいだけなんだよ、ミハイル・・・」


いつの間にかやって来たミハイルに体を包み込まれた。

「すまなかった・・・」

私は膝から顔を上げず、優しく背中を撫でる彼の手に落ち着いていた。

「もう、貴方の言う通りにするよ。これから」

「僕が悪いんだ。マール、明日本屋に行って一緒にデートの場所を探そう」

「魔法のかかったミハイルと行った場所に本当は行きたいんじゃないの?貴方が行きたい場所でいい」

「嫉妬でまた君を傷付けてしまった。本当に悪かった」

「私は貴方が好きなんだよ。いつもの毎日を楽しく過ごしたいだけ」

「ああ、すまなかった。顔を見せてくれないか」

ゆっくりと顔を上げると、ミハイルも同じような表情をしている。
彼の辛そうな表情に、とても胸が傷んだ。

「マール、君と仲直りがしたい」

「うん」

「抱きしめてもいいか?」

「ん」

抱えた膝を解き、ミハイルを受け入れるように抱きしめ合う。

「マール、僕が悪いんだ」

大好きな温もりに、顔を擦り寄せると頭を優しく撫でられる。

「今日は私達にとって辛い日だね」

「ああ、マールを傷付けてしまった」

「ミハイルも傷付いた顔してるよ」

「僕は、いいんだ」

「じゃあ私も同じだよ。楽しい日でも辛い日でも、どんな1日でも一緒に共有して過ごすんでしょう?」

「そうだな・・・ありがとう」

「今から楽しい時間に変えようよ」

「ああ、そうしよう」



ミハイルの膝の上に跨り、両手を絡めている。
今日のことを話しながら、私達はキスを続けていた。

「それでねっ、んむ」

唇が離れると、ミハイルの唇が追いかけてくる。

「今日のミハイルっ、んっぅ」

「とても、ぅむっ、素敵な・・・っん、王子様だったっんんんん!」

今度はなかなか離してくれない唇に応えるように、重ねた。
口角を上げながら、幸せに満たされたキスをする。

「はぁ、ミハイルっんむっ」

まだ唇は離して貰えそうにないので、口を塞がれながら、絡めた両手をぎゅっと握る。

「んっ、はあ、マール・・・今日の夜は楽しみにしてていいんだろう?」

「あ・・・うん」

照れるように視線を逸らすと、ミハイルの瞳が追いかけてくる。

「ほら、逃げないで」

キスをしてほしそうな顔で私を覗き込むので、甘く見つめ合うと、目を開けたままキスをする。

(溶けそう・・・)

紫の瞳はドロドロに甘くなり、味わうように甘い唇を重ね合う。
いつまでも唇の感触を確かめ合っていると、ミハイルが口を開く。

「マール、んっ、お腹は、ぅむっ」

次は私がミハイルの唇を追いかける番だった。
ミハイルは話すことをやめ、嬉しそうに唇を塞がれているので、返答する。

「減ってんんんっ!」

「ん?どっちっんむ・・・」

「だから!んぁ、っふっ」

いつまで経っても離れられないので、お互いに視線を合わせて一緒に離れる。

「はぁー・・・、溺れそう」

「ああ、一緒に深く沈もう。僕達はもう離れられない」

「ふふっ、ミハイルとならどこでも安心できるよ」

「そうか、僕もマールがいないともう生きていけない」

手を解くと、お互いの鎖に絡み合うように抱きしめる。

「愛してる」

「私も貴方を愛してる」

その言葉は信じてもらえているのかは分からない。

腕の力が強くなり、彼の表情を隠すように私の頭を抱き寄せていた。

(貴方は、今、どんな顔してるんだろうね)

悲しい顔を見る勇気はなくて、彼に顔を埋めていた。




夕食はビーフシチューを作っているらしく、残りは私が1人で作ると提案したら、ものすごく目を輝かせて喜んでくれた。

キッチンでミハイルが切った食材を煮込んでいる。

(あとは、あれ入れないとな)

ミハイルは私にくっついたまま離れない。
仲直りをしてから、よりベッタリとなってしまったミハイルを見上げる。

「嬉しそうだね」

「ああ、マールが料理をする姿を独占できて嬉しい」

「ふふっ、楽しみに待っててね」

キラキラと輝く笑顔で頷くミハイルの髪を撫でると、仕上げにかかる。

後ろに優秀な助手がついているので、手元に材料がすぐにやって来る。

(いつもこれぐらい入れてたかな?)

前に1人で作ったことを思い出しながら作業をする。ミハイルは私の首に擦り寄り、匂いを嗅ぐのに夢中だ。

煮込みながら片付けて、ミハイルの相手をする。

「もー!キスし過ぎだってば、んっ」

隙があれば色んな所にキスをされる。

「全部匂いも嗅いだでしょ!」

「全然足りない、離れたくない」

「分かったよ、大人しくしてて」

しょんぼりとしたミハイルは私を離すどころか力を強めるので、引っ張るように鍋の前までやって来る。

蓋を開けると、ビーフシチューのいい香りが漂っている。

「よし、いい感じだね。ちょっと味見してみよう」

小皿によそって、味見しようとすると後ろから視線を感じるので、手渡した。

「はい、お願いします」

ミハイルの表情を見上げると、顔を綻ばせ嬉しそうに味わっている。

「美味しい」

「良かった、じゃあこれで」

「火傷した」

「ええ・・・そんな笑顔で」

本当に火傷した表情をしてないが、水を用意しようとすると引き止められる。

「舐めてくれ」

「もー!」

振り返ると、舐めて貰うように口を開けて舌を出したミハイルが待っている。
垂れ目が少し伏せられていて、その表情にゾクリとしながら、舌だけを絡める。
ビーフシチューの味がする舌を優しく舐めると、唇には触れずに離れた。

「マールは味見しないのか?」

「はいはい、しますよ」

ミハイルの舌からビーフシチューの味は確認出来たが、照れるのを隠すように味見をする。

(うん、美味しくできた!)

味に満足していると、顎を掴まれミハイルの方へ体を向けた。

「火傷してないか、確かめたい」

「もーー!!」

舌をミハイルに見せるように出すと、熱い視線に捉えられる。
まるで食べるように唇に咥えられると、味わうように舌が絡み合う。
頭を優しく撫でられ、腰を抱き寄せられているので、どこにも行けなくなった。

彼が満足するまで離れないと分かり、応えるように舌を絡ませ深く口付けする。お互いの唾液が絡み合い、溺れそうになりながら唾液を飲み込むと、ギラギラとした紫の瞳に捉えられる。

「マールを食べたい」

「ビーフシチューを食べた後にね」

「じゃあ早く食べよう」

それからミハイルはびっくりするぐらい手早く準備し、食卓に着いた。

「す、凄いね・・・」

「ああ、マールが作ってくれたビーフシチューは凄く美味しい」

「良かったよ」

ミハイルが美味しそうに食べてくれる姿に、自然と顔が綻ぶ。

 私もビーフシチューを食べると、初めてしっかりと味わえた気がした。

(ミハイル、私はちゃんと幸せだよ)

叶わなかったプロポーズの日に食べたビーフシチューよりも、美味しく感じた。

その記憶に感謝するように口の中のビーフシチューを噛み締めた。
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