鎖血のタルト 〜裏切られた王女は復讐をやめた〜

狐隠リオ

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第一話 目的を失った復讐者

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 裏切り。
 その結果が現在なのだと、幼くとも理解出来た。理解出来てしまった。

「ち、違う! 私は悪くない! 私は何も知らなかったのよ!」

 言葉に意味はない。
 未来の決定権などなかったのだから。

「殺しなさいよ。私は……」

 冷たい地下で少女は出会う。

「初めまして。貴方に選択肢をあげるわ」

 人外と。

   ☆ ★ ☆ ★

 死にたくない。
 それともう一つ。燃えるような感情がオレの全てだった。
 両親を殺した裏切り者を殺す。あの叛逆者をこの手で殺し、そして奴の家族、友人、親戚、その全てを殺し尽くす。そのために生きていた。

 そのためにオレは未来を捨てた。女王様の道具になる事を受け入れた。
 だけど、知ってしまった。理解してしまったんだ。
 悪いのはオレの両親だったのだと。

「タルト。今日の任務は山賊の殲滅と攫われた人たちの救出。それはわかってるよね?」
「ああ、わかってる」
「それならどうして——皆殺しにしたの?」

 山賊共は皆殺した。これは元々任務の内だったから上官であるピーチに文句を言われる筋合いは欠片もない。
 だけど、オレの足元に転がっているのは山賊ではない。
 クソ野郎共によって攫われ、心を壊された人たちだ。

「死を望んでた。だから与えた」
「……はあー」

 困ったような顔をしてため息を吐く上官。

「タルト? 生きている事は良い事なんだよ?」
「ハッ! よくそれをオレに言えたな。気が付いてるだろ? 死にたがってるてさ」
「タルト……」

 復讐心は消え去った。だから全てを失ったオレに生きる理由なんて……何もないんだ。

「ダメだよそんなの。タルトが死んだらアタシは悲しいよ?」
「……はっ。下らない」

 真っ直ぐ人の目を見てそう発するピーチ。こいつはいつもこうだ。誰が相手だとしてもこの調子だ。八方美人って言うんだったか。
 ——だけど……多分本心だ。
 生者がオレ達だけになった山賊のアジトを立ち去り、最寄りの町へと向かった。

「そういえばタルト。アタシ来月から単独の潜入任務を担当する事になったの」
「へえ、単独って事は別行動って事だよな」
「そうよ。だから暫くはタルトも一人で行動する事になるね」
「そりゃ都合が良い。バディがいつも鬱陶しくてイライラしてたからな」

 所属している組織の道具であるオレたちは二人一組での行動が基本とされている。それでも上からの命令があれば一人で活動する機会もある。
 オレは今回が初めてだけど、なんだか釈放される気分だ。

「……タルト? 一応アタシは貴方の上官だよ?」
「階級は同じ中位だろ」
「同じ中位でも上下関係はあるからね?」
「だとしてもピーチはそんなパワハラ上司じゃないだろ?」
「うっ……タルトって意地悪だよね。前から思ってたけど」
「はっ性悪女なんでな」

 安全な町の外にわざわざ拠点を作り、様々な治安維持組織から逃れていた山賊共を皆殺しにした後、今回の任務のために借りていた宿の一室へと戻って来た。

「ふぅー。やっぱり室内は安心するね」
「こんな狭い空間に上官と二人。……最悪」
「タルト? 流石のアタシもそろそろ泣いちゃうよ?」
「泣け泣け。その涙を袋に詰めて売ろうぜ。変態共が高値で受け取ってくれるだろうよ」
「……タルトって時々思考回路がアレだよね」

 ジト目を向けてくるピーチだが、実際にそういう奴は少なくないはずだ。

 長く綺麗な茶色の髪を自然に任せ、その顔は同性であるオレですら見惚れるくらいに整っている。それだけでなく日々の訓練によって鍛えられた肉体は引き締まってる。
 それだけでも多くの女性が羨むであろう容姿をしているというのに、この女はその上をいっていやがる。

 なんだ? その胸は。オレにも寄越せ。
 多くの男を喜ばせるであろう容姿をしたピーチ。その身体から分泌される液体はさぞ高値で取り引き出来るだろうな。

 そんなピーチと比べてオレはどうだ?
 可愛い、綺麗、そんな事を言われた過去はある。だけどそんな事……意味ない。女同士の会話には無意味で適当な肯定が多いからな。
 周囲が可愛いっと言っているから便乗する。女の世界はそういう要素が多い。……ピーチみたいな女の言葉に便乗する。そういう世界なんだ。

 髪は祝福によって変質し薄い桃色に変わっていた。それを結ぶ事なく自然に任せている。顔面の表情筋は我ながら死滅していると思っている。だから不気味だと陰口を言われても何も思わないし、どうでもよい。

 だけど男が女に豊かさを求める部分。胸に関しては……不思議とムカつく。ピーチと比べるな。誰が絶壁だって? 直立で足先とか余裕で見えますけど? だから何? 斬るぞ?

「あと半月はまだ一緒なんだから、仲良くしようよ」
「女王様の忠実な道具であるオマエとは仲良くしたくない」
「……前から思ってたけど、もしかしてタルトってご主人様の事嫌いなの?」
「別にそういうわけじゃない。だけど……」

 復讐のためにオレは道具になった。
 人である未来を捨てて、人生を捧げて、その代わりに絶大な力を貰った。
 祝福と呼ばれる圧倒的な力。本来なら何年も時間を掛けて鍛えなければ得られないほどの力をたったの一晩で手にする事が出来た。

 あの時は心が震えた。これで奴らに復讐出来るのだと。両親の部下だったというのに裏切ったあの男を殺せる。仇を取れると確信出来たから。それほどの力だった。

 だけど目的は消え去った。
 今もあの男は生きている。それでも、もうオレは奴を殺そうとは思えなかった。
 ……悪いのは……両親だったから。あの男の行動は正しかったんだ。彼こそ、正義だったのだから。

「……少しだけタルトの事は聞いてるの。内容は知らないけれど、目的を失ったって」
「——っ、ああそうだ。今のオレはただの惰性だ。目的もなく、意味もなく生きてる」
「そっか。でもアタシだってそう。生きる目的なんてない。ただ生きてる。でも、それってみんなそうなんじゃないかな? 十五歳なんてまだまだ子供だよ。目標はこれから決めれば良いと思わない?」
「道具であるオレたちに未来なんてないだろ?」
「そんな事ないよ。女王様は優しい人だもん。なんだかんだ許してくれると思わない?」
「……どうだかな」

 ピーチは楽観的というか、随分とポジティブな脳みそをしている様だ。オレにはとても真似出来そうにない。

「それにアタシは全部納得してるから。救われたから恩返しをする。当然の事でしょ?」
「……利用するために助けたの間違いだろ」
「アハッ、そうかもね。……うん、そうなんだろうね。それでも良いと思うんだ。結果的にお互いが得してるんだもん」
「……オレらは得、してるか?」
「外で言ったでしょ? 生きてる事は良い事だって」
「……はいはい」

 同い年だというのにまるで年上のような、まるでお母さんが子供に向けるような慈愛に満ちた笑みを浮かべるピーチ。
 なんとなく……ムカついた。

「大丈夫。タルトならいつか見つけられるよ」
「適当な事言いやがって」
「アハッ、未来の事なんて誰にもわからないからね!」

 本当に鬱陶しくて、うるさくて……眩しい奴だよ。
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