鎖血のタルト 〜裏切られた王女は復讐をやめた〜

狐隠リオ

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第五話 タルトとタルト

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 魔装学校と呼ばれているようにここは魔装師が通う特殊な学舎。ならばその授業内容は当然魔装具関連が中心……ではなかった。

「この国はなななんとったったの七年前に出来た国なんだよ!」

 現在住み着いている壁国[ホムラフェルファ]の歴史。それが今行われている授業の内容だった。

(七年? こんなにも技術が進んでいる国がたったの七年? ……ありえないだろ)

 人々が集まり、協力し合う事で国となる。最初は壁というより柵としかいえない程度の物で囲い。その内部を一つの国とする。

 壁国同士の合流はあるけれどどこも積極的ではない。特定の国に属していない旅人や商人の方が他国について詳しいくらいだ。
 だから壁国の発展度には大きな差がある。そして歴史の長い壁国ほど高い技術力を有し、高い文明を保つに至る。そしてそれは何十何百年という積み重ねが必要になる。

(となれば……移民による技術提供か)

 頻繁に起こる事ではないが、高い技術を有していた壁国からの移民がそれらを伝え、短時間で急激に成長する事はありえる。
 だけど、この近くにこれほどの技術を有している壁国はなかったはずだ。となるとわざわざ遠方から技術を伝えたった事になる。そのメリットはなんだ? ……権力か?

(まさか……いや、違うか)

 この壁国を例外的な速度で発展させた技術提供者を見つける事。それが与えられた任務なのかもしれないと、そう一瞬深読みしてしまったが、それはないか。
 あくまでもオレに与えられた任務は隣の席で寝ている……バカの護衛だ。

「よくもまああんな堂々と寝てられるな」

 午前中の授業が終わり昼休憩の時間になった。
 昼休みが始まると同時に『飯だあーっ!』と叫んでいたご友人、高根の馬鹿は先生によって即座に捕らえられ、笑顔で職員室に連行されていた。
 そんな後ろ姿を無感情で見送った後、あまりお腹は空いていなかったが、食事を抜いた事で上官に怒られた過去が多々あった事もあり、仕方がないと食堂へと向かった。

 羽森魔装高等学校の生徒総数は約三百七十人。
 それは学校の生徒数上限ではなく、入学の必須条件である魔装具を持っている人数だ。
 魔装具の扱い方を教える学校。故に魔装具さえ持っているのならば誰でも入学出来るようになっている。
 ただそれは羽森魔装学校全体の上限であって、高等学校であるここには年齢制限もある。
 魔装具所持と年齢制限。二つの条件を突破した者が生徒になるわけだ。
 オレが魔装具を手に入れてすぐに入学出来たように、ここの生徒数上限には余裕がある。どれくらいかといえば……この食堂を見ればわかる。
「うわ、広《ひ》っろ」
 同時に千人が食事出来るほどの規模だった。
 注文形式としてはバイキング料理であり、入り口で料金を払いあとは自分で食べたい料理を配膳する形だ。
 料理の種類は豊富だ。その中からオレが選んだのは……デザートだった。
「さーて、どんなもんかな?」
 組織が有している技術力は非常に高い。そんな場所で過ごしていたためオレの舌は随分と肥えている。
 壁の中に入るまでは諦めていたのだが、電車があるほどの文明を見て内心オレはワクワクしていた。
 拠点とは別の歴史を経てここまで成長した壁国。
 そんな国の味には興味があった。
 数あるデザートの中で選んだのは……複数のタルト。
 イチゴ。チョコレート。プリン。チーズ。選ばれしタルト四天王だ。
 一口サイズのそれを頬張る。

 ……言葉は要らない。気が付けばお皿に盛っていた三十五個のミニタルトは視界から消えてしまっていた。

「——っあれ、オレのタルトは?」
「おー、びっくり。わっちゃも甘いものは好きだけど、別格だねー」

 それは随分とのんびりとした声だった。
 方向は正面。意識を向けるとそこには……随分とグラマラスな美人がいた。

「あっ、ごめんにぇー、わっちゃは西浦真王《にしうらまお》。よーろよーろ」

 波打っている長い水色の髪を自然に流し、アホ毛が目立つ長身の少女。
 きつねうどんを食べている彼女の表情は気が抜けていて、溶けているようにリラックスしていた。
 ただ思った。わっちゃって何? 一人称か?

「オレはタルトだ」
「へぇー、タルトちゃんがお昼にタルトを食べてるんだー。まるで好物を偽名にしたみたいだねぇー」
「……うるさい」
「ごめんねー、怒った?」
「怒ってない。なんだこいつって思ったくらいだ」

 嘘は言っていない。
 確かにオレは偽名だ。組織の一員になった時に与えられた名前。前のオレとは違うという一つの証明。
 これは弱かった私から強いオレになった記号なんだ。

「そういえば見ない顔だよねー。普段はお弁当なのかなー?」
「違う。転校して来たんだ」
「ほへー、こんな時期に珍しいねぇー」

 それについてはオレとしても疑問だ。
 どうしてこんな時期に入学させたんだ? ……まさかあえて目立たせるためとかか? 話題性を意図的に作る事で一定の立場を得やすくした可能性が一つ。後は……まあ、なんでも良いか。深く考える事はない。言われた事をやるだけだ。
 オレは道具なのだから。

「タルトって珍しい名前だよねー。多くの国から来たのー?」
「旅人みたいなもんだな。魔装具を手に入れたから使い方を学びに来たんだ」
「おー、それは真面目だねー。ちなみにどんな魔装なのー?」

 魔装具はこの国で作られた新武装だ。独学よりも入学して学ぶ方が何倍も良い。潜入の建前としては十分だ。

 オレの指に嵌められた指輪は二つ。つまり所持している魔装具は二つだという事だ。興味津々な眼差しを向ける西浦にため息を一つ。

「校内における勝手な展開は校則違反だぞ」
「えー、別に見せて欲しいって言ったわけじゃないよー、口頭で教えーて?」
「……あ、そうか」

 確かに見せろとは言われていないか。別に教えても良いんだが……いや、やめておこう。

「午後は実戦授業なんだろ? その時に見せるさ」

 許可さえあれば実物を見せる事が出来るからな。その方がわかりやすいだろう。

「えーと、実技はクラス毎だよー。それにタルトは何年生ー?」
「二年だぞ。西浦は?」
「おー、奇遇だねー。わっちゃも二年生だよー。でも別クラスじゃ駄目だねー。それからわっちゃの事は気軽にマオマーオって呼んで欲しいなー」

 そう言って座ったまま手を懸命に伸ばしてくる西……真王。

「よろしくな真王」
「わー、意地悪だー」
「あだ名呼びはもっと親睦を深めてからな」
「うー、意地悪タルタルだー」

 距離感の詰め方が恐ろしい女だな。
 女のオレでもついつい目を向けてしまう大きな谷間。……そう、この女同い年とは思えないくらい大人な身体をしているというのに、胸元の防御力が低く過ぎる。どうしてそんなにもボタンを外しているんだ?
 男の目には毒……いや、眼福なのか? 青少年の教育にはよろしくなさそうな少女だ。
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