鎖血のタルト 〜裏切られた王女は復讐をやめた〜

狐隠リオ

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第七話 嫉妬ではなくお仕事です

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 そんな時、視界にそれが映った。

(あいつ、本気で目障りだな……クソビッチ)

 視界の先にいるのは一人の女子生徒。
 多くの男子生徒に囲まれて昼飯を食べているクソビッチの姿があった。

「むー、どーしたのー?」

 視線の先を追い、小さく「あっ」と声を漏らす真王。

「あー、色々と思う事があるかもしれないけどー、あーんまり気にしない方が良いよー」

 少し焦っているような声、それから感じられるのは意外性。
 一人の少女が多くの男子に囲まれ、楽しそうに笑っている。その姿にオレが苛立ちを感じているように見えたのだろう。

 その考えは半分当たり。周囲の男たちはあの少女を手に入れるために良い顔をし続け、少女はその状況そのものに愉悦を感じる。欲望渦巻く嘘の集団だ。
 普段ならば気にしないし興味もない。だがアレはオレの神経を逆撫でした。

「知ってるかなー? あの子は鈴宮桃《すずみやもも》だよー。彼女と同じクラスにいる羽森撫照《はねもりなで》って子と合わせて、高等部から二代目二大美少女って呼ばれてるんだー。でも二人が仲良しってわけじゃなくてー、むしろ派閥みたいな形で対立してる感じー。あー、本当に別のクラスで助かったよー、教師陣も去年の内からわかってたのに、どうして同じクラスにしたんだろうねー」
「むしろ問題児を集中させたんだろ」

 本当にそんな派閥が発生しているなら、別々のクラスだった場合にはクラス対抗のような形になる可能性がある。
 いや、魔装師という戦いを生業にする者を育てる特殊な学校なのだから、むしろそういう形にして競い合わせた方が将来的により多くの経験値を稼ぐ事が出来るんじゃないか?
 教師陣はそうとは思わなかった? それともただの偶然なのか?

「なあ真王。その羽森ってのはどいつだ?」
「えっ? あー、そかー。なんだか馴染んでるから忘れそうになるけどー、タルタルは今日からなんだもんねー」

 常に微睡んでいる目を一瞬だけ丸くした後、仕方がないとばかりに教えてくれた。
 指差す事はせずに、視線で誘導してくれる真王。

(あいつだな)

 すぐにわかった。というより、薄々彼女ではないかと思っている女子生徒がいたんだ。
 男子に囲まれたクソビッチとは違い、女子に囲まれた女子生徒。長い黒髪をポニーテールにしている大人しそうな少女が居た。

 曰く、二大美少女。一人は男子に囲まれ、一人は女子に囲まれている。もしもそれが偶然じゃないのならば、確かに一つのクラスにまとめた方が効率的なのだろう。
 男女が同じ派閥にならないのならば、クラスが一つになる事はないからな。

(任務内容の意味……なんとなくわかったな)

 男女で別れた派閥が一クラス内にある環境。二年からの転校生である涼樹の立場は微妙だ。
 一ヶ月先にいるらしいのに、派閥については何もわかっていないように見えるし。

 男子からも、女子からも、両陣営にとって涼樹の立場は……いや、そうでもないのか?
 二大美少女の称号は中等部の頃からあったらしい。つまりその頃から魔装師になるための訓練を受けた者たちがメンバーって事になる。
 武力を有した二つの陣営にとって、重要なのは戦力になるのかどうかだ。既に一ヶ月間放置されているわけだし、両陣営が興味を持っていない可能性が高いな。

 ただ高等部から二代目って表現。それまでは二人とも違かったのか? それとも一人だけ?
 まあ良い。それならオレが取るべき行動は明確だ。
 ——感情のままに。
 食べ終わったお皿の乗るトレイを返却口に置いた後、オレは人の集まる一箇所へと足を向けていた。

 立ち上がった時に二人が驚いていたみたいだったけれど、笑みを返すだけにして言葉は残さなかった。
 二人の視線を感じる。でも気にしない。オレはそいつに声を掛けた。

「ようクソビッチ。男に媚びた笑みを作って毎日楽しいか?」

 突然の発言に食堂中に緊張が走った。

「君——」

 背後からそう声を掛けると、鈴宮を囲っているオスの一人が怒気を滲ませながら立ち上がろうとした。その時、振り返る事なく彼女は手で彼を止めた。

「初めまして、アタシの名前は鈴宮桃だよ。何か勘違いしているみたいだけど、これからは仲良くして欲しいな」

 立ち上がりながら振り返った鈴宮は、敵意なんて欠片もない笑みを浮かべて手を差し出していた。
 伸ばされたそれを一瞥した後、彼女とは正反対に敵意を込めた笑みを返した。

「うーわ、いきなり罵倒されたのに敵意なしで笑うとか、人の心とかないのか? まるでお人形みたいだな」
「うーん、そういうつもりはないんだけど、そう見えちゃうのかな?」

 差し出した手を引っ込めた後、困った顔を浮かべる鈴宮。

「アタシはみんなと仲良くしたいって思ってるんだけど……あっ、アナタの名前を教えてもらえるかな?」
「オレはタルト・ドルマーレ。今日からここで学んでる新参者だ。オマエと仲良くするつもりは過去も現在も未来も来世でも一切ないぞ」
「そ、そうなんだ」

 おっ、ここまで言って漸く多少の動揺が見られたな。それでも敵意がないのはやはり人外って印象が強い。

「もう我慢出来ないよ。君はあまりにも無礼が過ぎる」

 そう言って今度こそ立ち上がった先ほどのオス。
 短い黒髪をオールバックにした長身の眼鏡。真王とは違って着崩す事なく、ワイシャツのボタンを全て留めたしっかりスタイル。
 眼鏡越しの目付きは鋭く、過去に二、三人くらい人を殺していそうな目だ。

「なんだオマエ? 彼氏か?」
「全く、君のその浅はかな思考にはため息が出る。僕たちは確かに異性同士だが、恋愛などというそんなくだらない感情で共に在るわけではないんだよ。同じ魔装師として尊敬——」
「うざっ、下心丸見えだぞ」
「——なっ!」

 眼鏡の位置を直しながらふざけた事をほざいているオスに、オレはそう吐き捨てた。

「これでもオレは女だからな。男のざらりとした下心満載の感情には敏感なんだ。それに気が付かないクソビッチは低脳過ぎて笑える。もしわかった上なら尚更気持ち悪くて笑えるな」
「なんだその態度は! 君には教育が必要だ!」

 殺意を剥き出しにしたオスが腕を引く。
 ——感情的だが、技量を感じさせる動きにオレは心の中で嗤った。
 先に動いたのは向こうだ。ならばこれは正当防衛。奴の殴打にカウンターを合わせようとして——やめた。

「……危なかった。つい感情的になってしまった。やはり僕はまだまだ未熟者だ」

 殴打の途中で自ら止め、ため息と共に眼鏡を直す男子。
 ——感情的だが理性を取り戻す速度は中々だな。激情を完全に秘められるようになれば上のレベルに駆け上れるだろう。その時も遠くはないかもしれない。

(ただの色ボケだと思ってたけど……意外だな)

 想定外の事実に笑みを隠す事が出来なくなっていた。

「すまない。嫉妬に狂う哀れな存在だとしても、女性に私情で手をあげるなんて許される事ではなかったね」
「……」

 その言葉に笑みが消えた。
 今、なんて言った? 嫉妬? オレが? ……誰に?
 口では謝罪しながらも明らかに嘲笑が込められた眼差し。

「なんだ、ただのクソガキか。つまんな」

 興味はなくなっていた。
 もっと見込みがあると思っていたのに結果はこれ。まるで子供の陰口だ。
 僅かに溢れた歓喜が冷え去り、顔から感情が薄れていく。

 もう興味はないとばかりに背を向けて立ち去ろうとしたところ、オスが叫ぶ。

「ふざけるな! 何処に行く!」
「はあ? そんなの教室に決まってるだろ? オマエはもうどうでも良い。囲いの中じゃオマエがトップだろうし、それがただのクソガキだってわかった以上、そこのクソビッチのレベルも知れてる。向上心のない雑魚の群れ。そんなのに嫌悪感を抱いても仕方がないからな。だから戻って教科書でも読んでるさ。その方が有意義な時間の使い方だ」

 メガネが声をあげた後、他のオス共は誰一人として声を出さなかった。その時点で奴のグループ内における立場が予測出来る。
 仮に予測が外れてトップではなかったとしても、グループ内で意見の代表を任せられるくらいには認められているという事だ。

 そんな人物の正体はただのクソガキだった。
 それなら同じ魔装師見習いという立場で言葉を交わす事に意味はない。そこに得るものは何もない。だってそれは、立場が違うのだから。
 オレの言葉に感情は込められていない。ただ事実を淡々と述べているに過ぎない。

 オレがこいつらに喧嘩を売った事にはいくつかの理由がある。
 一つは純粋に感情的な嫌悪感。
 一つは任務達成のためだ。
 武力を育てる環境において対立している二つの派閥。その代表的な存在の近くにいる者たちはある意味親衛隊とでも呼ぶべき者たちだ。
 となればそれらは代表者を守るための盾であり矛。つまり派閥の中でも戦闘能力の高い実力者の集まりだと予測出来る。

 そんな連中に喧嘩を売れば確実に誰かが釣れるはずだ。そうして釣れた親衛隊と戦い、そして捩じ伏せる。そうすればすぐにでもオレの実力を見せ付ける事が出来るだろう。
 一人でも良いし、複数でも良い。むしろ複数の方が良い、実力を見せ付ける事によってオレという存在は一つの抑止力になる。

 こんな危険人物とは友人ではいられない。アイツがそう言うならばそれでも良い。だけどもしそれでも友人だと、そんな頭お花畑な対応をされた場合には、抑止力として手を出そうとする者たちから守る事が出来る。
 それでも害そうとする者がいるならばその度に叩き潰せば良い。それによってアイツの立場が危なくなる可能性はあるけれど、そんなものは関係ない。

 オレの任務はアイツの護衛。青春とやらを満喫させる事ではないからな。二の次だ。
 だけどこいつらじゃ足りない。
 弱者を圧倒してもそれでは意味がない。
 無意味な戦闘は面倒だ。

「待て、随分と口は動くようだけど、その態度に見合う実力があるようには見えないね」
「オマエが節穴なんだろ」
「へえ、それなら試してみないかい?」

 足を止める事なく返事をすると、オスは歓喜の滲んだ声を出した。
 まだこいつに興味はない。だけど、試すという言葉には少しだけ興味が湧いた。

「試す? 何をだ?」
「放課後は同意の上で申請する事により、魔装具の使用を許可した状態での模擬戦が認められているんだ。君さえ良ければだが、今日の放課——」
「いいぞ。オレの同意はここにいる生徒たちが証人だ。手続きは任せる」

 オスの話を遮って返事を残すと、オレはさっきも言ったように教室へと戻った。
 まだまだ未熟なクソガキ。それでもそれなりの技量はある印象を受けたのも事実。魔装具有りでの戦いならば、もしかすると……少しだけ放課後が楽しみになったな。

 それにしてもあのクソビッチ。オスが出て来てからは何も言わなかったな。……どうでも良いけど、止めなかったのもまた事実か。

   ☆ ★ ☆ ★
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