フィフティドールは笑いたい 〜謎の組織から支援を受けてるけど怪し過ぎるんですけど!?〜

狐隠リオ

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第一章

第一話 幸せな時間

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 偉大なる魔女の守護者。それが騎士。
 そんな騎士に憧れる男子は多い。正直なところ俺だってそんな一人だからね。
 魔女を護る存在、それが騎士。だけど俺が目指す騎士は少し違う。
 家族を、姉さんと妹を護る騎士になる。
 それが俺、志季春護《しきはるま》の夢だ。

 ——だけど知らなかったんだ。こんな事になるなんて。あの時の俺は何も知らない無知な子供で、何より……無力だったから。

   ☆ ★ ☆ ★

 窓の外で鳴いている鳥のさえずりは気にならなかったけれど、カーテンの隙間から差し込んだ光がちょうど俺の目に突き刺さった事で、俺は夢の世界から現実へと帰って来た。

 楽しい夢だった気もするし、悲しい夢だったような気もする。
 ついさっきまでは確かにその世界で違和感なく過ごしていたはずなのに、目覚めた途端に忘れちゃった。
 まあ、夢ってそんなものだよね。

「……うぅ、まぶい」

 そんな思考が働くのはちょっとした未来の話であって、今はただ安眠を妨げる光から逃げるように背を窓側に向けると、ガチャリというわかりやすい音と共に扉が開いた。
 それと同時に聞こえるのはドタドタとした遠慮のない足音。

「お兄ちゃーん! あっさだぞーっ!」

 そんな叫びと共に接近する気配が飛び上がり、悪意ゼロの落雷が腹部に落ちた。

「うぐっ! おまっ、絶対にわざとだろ!」
「お兄ちゃんの起床を確認! 任務完了っ帰還します!」
「おまっ、逃げるなー!」

 起こすためとは言え兄に肘鉄を落とし、悪びれる事なく立ち去った妹。
 これが初めてじゃないけど、数を重ねる度に威力が増している気がするのは気のせいか?

「はぁー、着替えるか」

 痛みを訴えてくる腹部を撫でながらベッドから起き上がると、声を出しつつ背伸びをしてから寝巻きから制服へと着替え始めた。

 下着代わりにティーシャツを着てからワイシャツのボタンを掛け、防刃性のブレザーに腕を通した。
 ベルトにはいつも持ち歩いている剣を差して自室を後にした。
 
「あらー、おはよう春護。今日も眠たそうね」

 階段を降りてダイニングに行くと朝食をテーブルに並べている姉さんの姿が見えた。
 その隣には手伝いをしている妹もいる。

「おはようお兄ちゃん。お腹の調子はどうだーい?」
「……怒るぞ」
「わーんっ、お兄ちゃんが怖いよー。助けてお姉ちゃーん!」
「うふふっ、相変わらず仲が良いわね」

 わざとらしく姉さんに抱き付き助けを求める妹。
 困ったように笑いながら妹の頭を撫でる姉さん。その腕の中でニヤリと笑う妹。
 常習犯である。……こいつ。

 救いなのは姉さんがちゃんとわかってくれているって事だね。
 それにあいつだって嫌がらせっていうよりかは、ただ甘えてるだけだもん。この下手くそがよー。

 構ってちゃんな妹をあしらいつつ準備を終えると、三人揃って手を合わせた。

「「「いただきます」」」

 今日のメニューはスライスしたゆで卵を乗せたサラダに、カリッと香ばしく焼かれたトーストだ。
 熱々のトーストにはベーコンと目玉焼きが乗っけられていて、コンソメスープには沢山の野菜と輪切りにされたウインナーが入っていた。

「はふぅー、お姉ちゃんの妹に生まれる事が出来て幸せだよー」
「うふふっ、ありがとう夏実《なつみ》ちゃん」

 頬に手を添えて幸せそうにしている妹の姿に慈愛に満ちた表情を浮かべる姉さん。
 両親が既にいない俺たちにとって、姉さんは姉さんであると同時にお母さんみたいな存在だった。
 ただ母親と呼ぶにはあまりにも若い、なんせ俺と四歳しか違わないからね。

 黒髪である事以外に特にこれといった特徴がない俺と違い、姉さんは特長の塊みたいな人だ。

 長い茶髪を結ぶ事なく自然に流しているけれど、その容姿は男女共に憧れてしまうほどに完成されていて、母性に満ちた温厚な笑みは誰からも毒気を抜いてしまう聖女様のようだって評判だ。

 そんな冬華《とうか》姉さんはただ美しいだけの人ではなく、女性でありながら魔装騎士《ドールナイト》の道を歩み、現在十九歳という若さでありながら、上級騎士にまで上り詰めた文字通りの天才だ。
 俺みたいな学院所属の騎士見習いからすればあまりにも遠い人。憧れそのものだ。

 そんな姉さんに甘え続けている妹の名前は夏実。姉さんと同じ血が流れているだけあって、髪色は同じ茶色だ。

 歳は俺よりも一つ下の十四歳で、今は中央魔操学院《セントメイクール》の中等部三年生だ。
 姉さんとは歳が離れている事もあって身に纏う色気の完成度は段違いに低いけれど……まあ、可愛いんじゃないかな? 身内だしわからないけど。

 夏実はいつも姉さん譲りの綺麗な茶髪をポニーテールにしている。性格としては明るく、笑顔を絶やさない。
 姉さんの美しさが優しく夜を照らす月ならば、夏実は世界を明るく照らす太陽みたい女の子だ。

 ……まあ、頻繁に明る過ぎて疲れちゃう事も多いけどね。

「そういえばお兄ちゃん。今日って実技テストでしょ? 自信のほどはどうなのー?」
「ニヤつくな」
「イテッ」

 朝食が終わりみんなで片付けをいる中、下から覗き込むように近付き、口元に手を当てて嫌らしい笑みを浮かべる夏実の頭に軽くチョップした。

 こいつが言っているように今日は高等部に上がってから初めての実技テストだ。
 高等部からは地方の魔操学院で優秀な成績を示したエリートたちが集まる事になる。元々通っていた生徒は本人が辞退しない限りそのまま高等部に進学出来るようになっているから……正直不安しかないんだよね。

 俺が通っている中央魔操学院は、その名前からなんとなく想像出来るかもしれないけど、この国の中央地域に建てられた魔操学院だ。

 普通科の学校は多くあるけど、魔操学院は中央と東西南北を合わせた合計五つしかない。

 中央地域はこの国の中心部だから当然地方と比べれば人口が多い。
 人が多ければその分競争率が高まるし、人数が増えればそれだけ例外的に優秀な才能を持って生まれた子供が生まれる可能性だって上がるから、中央魔操学院のレベルは四方と比べて平均値が随分と高いらしい。

 だけどそれを教えてくれた姉さんはそれだけじゃなくて、こうも言っていた。
 あくまでも中央魔操学院が上なのは平均値であって、ここに通う全てが四方の学院を見下せる立場にはいないって。

 つまり何が言いたいかというと、高等部からは四方のトップクラスたちがここに合流するって事だ。

 今日の実技テストはそんなエリートたちと競う事になるんだ。
 今まではどうにか置いていかれないように頑張り続ける事が出来た。
 だけど……自信はなかった。

「春——」
「待ってお姉ちゃん」

 何かを言い掛けた姉さんの言葉を遮り、夏実は真っ直ぐと俺の目を見詰めていた。
 いつもとは少し違う妹の姿に固まっていると、夏実は柔らかい笑みを浮かべていた。

「お兄ちゃん、自信のほどは?」

 同じ質問だ。
 それに俺は微笑みながら答えた。

「やるだけやってみるよ」

 自信なんてない。だけど今まで怠けていたわけじゃない。
 姉さんと比べたら圧倒的に小物だけど、それでも努力はして来たつもりだ。

「一緒に頑張ろうな。マーレ」

 左手の中指に嵌められた指輪を見つめ、俺は呟いた。

   ☆ ★ ☆ ★

 魔女と騎士の物語。それを原典として発展した育成機関、それが魔操学院だ。
 魔女を守護する騎士。その在り方を正当に継承しているのが俺の所属する魔装科《ドール》だ。

 姉さんもまた魔装科に在籍していて、そこから卒業し魔装騎士となり、今では第一線で活躍している。

 生意気だって自覚しているけど、俺も姉さんを目標にしている魔装科の一員だ。
 騎士として剣を手にして前線に立ち、魔装人形《メイジドール》の支援を受けて戦う。それが魔装騎士《ドールナイト》だ。

「志季君おはよう」

 校舎から比較的近くに住んでいるため、電車やバスを利用する事なく、自転車すら使わずに徒歩で自宅から学院に向かっていると、後ろから控えめな小走り音と共に挨拶された。

「おはよう常《とこ》」

 隣までやって来ると歩幅を合わせた少女の名前は大空《おおぞら》常。
 長い黒髪をポニーテールにして、水色の眼鏡を掛けた大人しい小柄な女の子だ。

 幼馴染の定義って何だろうって時々思うけれど、俺の中じゃ常は幼馴染だと思っている。そんな彼女と合流した直後、同じ判定をしている人物の姿が見えた。

「君たちはいつも一緒だね。これは偶然かい? それとも偉大なる天使、ロリ天様のお導きなのだろうか。そう、つまりは運命って事さ」

 そんな事を言って見事なウインクを決める長髪のイケメン。
 立ち振る舞いはちょっと変というか、発言もおかしいところが目立つけれど、声が届いていない距離にいる女子生徒二名が頬を赤らめてコソコソと話しているのが見えた。
 見てる分には王子様のようなイケメンの見事なウインクだからね。心を奪われる女子は少なくないみたいだ。

 そんな彼の名前は中峰輝《なかみねあきら》。
 茶髪ロングのイケメンなんだけど、性格の方がちょっと終わってるというか、悪い奴じゃないんだけど……変人かな。

「おはよう輝君は朝から元気だね」
「そりゃそうさ。この道はロリ天様が地上に顕現した存在である音無《おとなし》様へと至る道なんだからね」

 苦笑いしつつも挨拶した常に笑みを浮かべたまま妙な事を言う中峰。

「中峰は相変わらず音無先生の事が好きなんだね」
「好き? それは違うよ志季君」
「えっ、そうなの?」

 中峰といえばいつもいつも音無先生の事を天使だとか、尊いとか、奇跡の集大成とか、そんな事ばかりを言っているイメージしかない。
 好きが溢れているからこその台詞だと思ってたけど違うんだ。

「僕は音無様の事を愛しているんだ」
「あっ、うん、そっか」

 真剣な顔をしている中峰。
 どうやら俺が思っていた以上に厄介だったらしい。これはあまり深掘りしない方が良さそうかな。

「ねえ輝君。私は大変な恋も素敵だって思うけど、先生と生徒はあまりにも難しいんじゃないかな?」
「なるほど、確かに大空君の言いたい事もわかるよ。だけどこれはどうしようもないんだ。僕の心は音無様の存在力によって囚われてるしまっているんだ。だから進む以外に道はないのさ」
「へえー、中峰ってモテるのにいつも断ってるもんね。俺にはわからない世界だなー」

 中峰が女子に告白されている姿はよく見る。それもただ見かけるだけじゃなくて、そんなイケメンと友達だからなのか、時々以上の頻度で代わりに手紙を渡して欲しいと女子たちの中継役にされた事が何度もある。

 そんな大勢の女子の中には一生俺なんかじゃ付き合える事なんてないだろうなってくらいの美人だっていたってのに、中峰は皆平等に断っていた。

 それだけ中峰は音無先生の事が好きなんだろうね。一途なところは本当に良いところだと思うよ。

 もしも中峰が音無先生への想いを口にしながらも、告白してきた女子ととりあえず付き合うとか、そんな性格だったとしたら仲良くなる事はなかったかもしれない。

 きっと常だって中峰がそういう男だって知っているからこそ、一緒に居る事で疲れる事が多くても友人関係を続けているんだろうな。

「恋かー。俺にはまだ早いかな。今はもっと強くならないと」
「志季君……そうだね。私たちは騎士見習いだもんね。そういうのは騎士になってからだよね」
「ふふっ、二人とも素晴らしい志じゃないか。僕もこの想いを打ち明けるのは音無様に相応しい騎士になった時だと心に決めている」
「そうなんだ、頑張ってね輝君。あっ、でも確か今日の実技テストの相手って」

 決意に満ちた漢の顔をしている中峰に、常は微笑みながら応援の言葉を送った。
 だけどすぐに思い出し、慌てたように俺へと目を向けた。
 何かを言おうとして、でも言えなくて、混乱している彼女に笑い掛けた後、俺に視線を送る友人へと向き合った。

「今日の実技テストはよろしくね中峰」
「ああ、お互いに全力でやろうじゃないか」

 二ヶ月間毎に実施される実技テストとは、生徒同士による一対一の模擬戦だ。
 今回、俺たちはお互いがその対戦相手だった。

   ☆ ★ ☆ ★

 二人とは配属されているクラスが違う、軽い挨拶をした後に一人で配属されている教室に入ると、先に来ていて座っていた女子と目が合った。

 ——やば。

 登校時間期限までまだまだ余裕があるし、反射的に引き返そうと背中を向けた俺の肩に、ポンっと優しく手が置かれた。

「おやおや? どうしたんですか志季さん。何処かに行くとしてもここまで来たのですからせめて荷物を置いた方が楽だと思いますよ?」
「そ、そうだね。ちょっとぼーっとしてたかな。教えてくれてありがとね小泉《こいずみ》さん」

 肩を引かれるようにして振り返った先に立っているのは優しそうな笑みを浮かべているクラスメイトの少女、小泉雫《しずく》。

 宝石のように光り輝く黄金の長い髪を、ハーフアップにしている丁寧な口調の女の子。
 優秀な魔操科《メイジ》の生徒であり、入学からまだ一ヶ月しか経っていない五月だというのに生徒会役員を務めている天才だ。

 成績だけじゃなくて、十人中十人が思わず振り返るほど容姿も整っている才色兼備の彼女から、どうも俺は嫌われているらしい。

 今だって思わず見惚れてしまうような優しい笑みを浮かべているように見えるけど、俺は知っているんだ。その目の奥が全く笑っていない事に。

「そ、それじゃあ」
「その前に少しだけわたしとお話ししませんか?」
「えーと、荷物を置いてからでも良いかな?」
「どうせそのまま何処かに行こうとしていたのですし、それなら問題ありませんね?」
「……う、うん。そうだね」

 表情は優しい。口調も柔らかだ。それなのに感じるこの圧は一体何なんだろう。

 背筋が凍るような感じがしたんだけど!?

「それではこちらに来て下さい」
「……はい」

 肩から手を離すと当然のように俺の手を握って歩き出した小泉さん。
 その瞬間、教室側から背中に無数の視線が突き刺さったのを感じた。勿論そこに込められた嫉妬と憤怒の感情も嫌ってくらい伝わるけれど、俺の気分はほぼ家畜だぞ?

 確かに相手は既に一年生の枠組みを超えて学院のアイドルになりつつある小泉さんが相手だし、どうしてお前がって思う人もいるだろうけど、俺からすれば怖いだけだからな!?

 ああもう、踏んだり蹴ったりだ!

 連れて来られたのは人気の少ない、というか立ち入り禁止になっているため誰もいるわけがない屋上だった。

「ねえ小泉さん? 屋上って立ち入り禁止だよ?」
「そんな事は当然知っていますよ」

 言われてないけど『馬鹿にしないで下さい』って続いた気がした。
 それから気になった事が一つ。屋上は立ち入り禁止になっているため、常に施錠されているはずなんだけどこうして入れている事実。

 小泉さん? なんで当然のように鍵を持っているのかな?

「これが気になりますか? 屋上は理由なく立ち入り禁止になっているのではなく、わたしたち生徒会の管轄になっているのですよ。だからこうして生徒会役員が同行する場合には許可されるのです」
「へー、知らなかった」

 でもどうして生徒会が屋上を管理しているんだろう。特別感を与えてやる気を与えるためとかなのかな。

 役員だけで集まる場所が欲しいだけなら生徒会室があるし、不明だね。

「それではそろそろ本題に入りましょうか」
「う、うん」

 俺から手を離し、立ち止まった彼女は振り返った。その顔は満面の笑顔だった。

 あれ? 怖くない? むしろ綺麗だと思った。コンクリートの上ではなくまるで鮮やかな花畑の中に二人で立っているかのような気分になった。

 今まで小泉さんから感じていた敵意は全部俺の勘違いで、もしかして、もしかすると、もしかするのかもしれない。

 小泉さんの口か開き俺に向かって告——

「今日も一緒に登校していたようですね?」
「——っ!?」

 それは殺気だった。
 怒りを超えて殺したと、今すぐ俺を殺してしまいたいと、そんな彼女の想いが伝わってくるようだった。

「こ、小泉さん? その、それって、どういう」

 どうしてこんなにも小泉さんは怒っているんだ? 俺が何かしたのか? それに登校って何の話だよ。ただいつも通り……いつも通り?

 おいおいおい、まさかこれっていつもの、いや、それ以上に損な立場になってるんじゃないか!?

 ——中峰案件かよ!

 小泉さんって中峰の事が好きなのか!? だから一緒に登校している俺に嫉妬しているとかそういう事!?
 だとしたらそんなのあまりにも理不尽が過ぎるじゃんか!
 そもそも俺は男だぞ!?

 ——ハッ! まさか!?

 中峰の音無先生に対する想いは知られていない。知っているのはいつも聞かされている俺と常くらいだ。

 同じ男として嫉妬すらする気にならないほどのイケメンであり、告白されるのも日常茶飯事。だというのに一度も首を縦に振った事がない事は知られている。

 その理由は……そういう勘違いか!?

「待て小泉! 別に中峰は——」
「そんな羽虫の事なんてどうでも良いです」

 こ、小泉さん!? なんか性格が大変な事になってないか!?
 そもそも中峰の事を羽虫って、好きだったんじゃないのか!?

「それならお前は一体誰の事を言ってるんだよ!」
「そんなの一人しかありえません! この世で最も愛らしい常ちゃん様に決まってるではありませんか!」

 ……中峰といい、よりによってなんで小泉もこんな事になってるんだよ!
 学院トップクラスの美男美女が二人とも感情が限界突破しているとか、どうなってんだよこの学院は!

「えーと、わかった。いや全然わかってないけど、原因は常なんだな」
「常ちゃん様を呼び捨てするだなんて殺しますよ!?」

 怖い怖い怖い怖い怖いっ!
 美人の怒った顔ほど怖いものはないって今よく理解したよ!

「お、落ち着け。俺とあいつは別に何でもないんだ!」
「あいつ呼びしないで下さい! 常ちゃん様はあなたのものではまだないんですからね!」
「いや、そんなつもり元々ないし、それからまだって何?」

 まるでいつかはそうなるみたいじゃんか。人をもの扱いするような奴に俺がなるって思ってるのか? まともに喋った事はないし、クラスメイトだけど関わりだってなかった。
 流石に失礼なんじゃないかな。

 そんな事を考えていると、まるでしまったと言わんばかりの表情を浮かべている小泉。

 もしかして無意識だったのか?
 流石に失礼な事を言ったと思って反省している……って顔には見えないけど、どうなんだろう。

「ななな、なんでもありません。こちらの話です。……まさか気が付いていなんだなんて驚きですね。それなら問題は……今の所ですけど……」

 明らかに嘘だろうなーって、誰が見てもわかるくらい動揺してるけど……。
 指摘しないのは優しさというか、藪蛇な気しかしないからだけど。

 それにしても小泉って完璧なイメージがあったけど、嘘は苦手みたいだな。
 それを自覚しているのかわからないけど、誤魔化すのが下手な表情を隠すかのように背を向けて何やらブツブツ。……だめだ。聞き取れない。

「えーと、誤解も解けたみたいだし、戻って良いかな?」
「……わかりました。この件についてはわたしの勘違いで一方的に詰めてしまったので、借り一つという事で納得してもらえると助かるのですが、どうですか?」
「えーと、それはその」

 俺としては今後普通にしてくれるだけで良いんだけど、何となくそれを言うのはダメな気がするんだよね。
 どうしようか悩んでいると、圧を感じた。

「志季さん? 自らこんな事を言うのは正しい事とは言えないと思いますが、わたしは生徒会役員です」

 そんな事は知ってるとは言えない。
 だって怖いんもん。逆ギレされる未来しか見えないもん。
 殺意は込められていないけど、オーラみたいな圧力を感じた。
 ひっそりと震えている中、小泉は続けた。

「普通科と違いここの生徒会が有している特権は数多く、その一員であるわたしに貸しを作るというのは、あなたにとって大きなメリットになると思うのですが、どうですか?」
「う、うん。そうだね。それじゃあそういう事でよろしく」
「ありがとうございます」

 小泉の提案を受け入れると、なんと驚く事に深々と頭を下げられた。
 いや、驚くのは失礼かな? 常に対する想いが限界突破しているだけで、本来の姿は……表向きの姿は優秀過ぎるだけの常識人だもんな。

「勿論わかってくれているとは思いますが、貸しとする内容には口封じも含まれていますからね?」

 ——とか思っていたらなんか聞こえた。

 頭を下げたままそんな事を口にする小泉。
 ……こっわ。見えないけど今どんな表情をしているんだ? いやいやいや考えるのも怖い。

「わ、わかってるって。と——大空には何も言わないから!」
「……っ」

 身体をピクリとさせた後、頭を下げたまま顔を向ける小泉。
 目を丸くしているみたいだけど、どうしたんだ?

「志季さんありがとうございます。それから常ちゃん様の事はわたしの前でも今まで通り呼んで下さい。それにしても、ふふっ、随分とちぐはぐなのですね」
「ちぐはぐ?」
「こちらの話です」

 うん。意味がわかんない。やっぱり俺みたいな凡人じゃ、天才の思考を理解するなんて無理なんだろうね。
 何が面白かったのか口元に手を当てて上品に笑っている小泉。
 ……うん、ツボもわからない。

 今の内に教室に戻ろうと歩き出すと、背中越しに声を掛けられた。

「志季さん。貸しは二つにしてくれませんか?」
「えっ、どう言う事?」

 思わず振り返ると、小泉は普段とは違う敵意のない笑みを浮かべた。

「わたしと友達になってくれませんか? 常ちゃん様の事とは関係なく、個人的に……そうですね、あなたと交流したいと思いました」

 そう言って手を伸ばす小泉。

 ……あれ、もしかするとこいつ、中々あざといのでは? 飴と鞭の応用みたいな印象があるけど、流石に偶然だよな、

 頭の良い奴らの交渉術とやらはわからないけど、少なくとも今思い付くようなデメリットはないし、何より明らかに緊張している女の子の勇気を無碍にするのは、騎士を目指す者として間違っているよね。

「何言ってんだ。クラスメイトなんだしこうして話せば友達だろ?」

 躊躇う事なく差し出された手を握る。
 小泉は少し驚いているみたいだけど、きっかけはただの勘違いでしかないわけだし、致命的な実害があったわけでもない。
 メンタル? 理由がわかった今、全回復だね。
 それに精神強化訓練だったと思えば、小泉が相手である以上、ありがたい話だもんな。

「はいっ、よろしくお願いしますね!」

 ……まあ、めちゃめちゃ怖かったけど。

   ☆ ★ ☆ ★

 小泉に殺される事なく無事教室に戻った後、いつも通りの日常を送る事は……うん、残念。
 授業と授業の合間にある短い休み時間では問題なかったけれど、昼休みには火種がちょっとした騒動に発展したけど……割愛。

 お昼休みが終わり。今日のメインイベントが始まる五時間目がやってきた。
 実技テストは五、六時間目複合であり、延長だってありえるどころかそれが前提とまでされている予定だ。

 そりゃ勿論、俺の知っている中等部と高等部では違うかもしれないけど、今の方が厳しいはずだし今までよりも残る事になるんだろうなって、そう思ってた。

 ——そう思ってたんだ。

「……嘘、何これ」

 観覧席から見下ろしている戦闘領域の光景に、俺は驚愕していた。

 現実は俺の想像とはまるで違かった。
 四方から集まった各学院のエリートたち。その実力は俺の予想を遥かに上回っていた。
 その中でもそれぞれのトップたちは、レベルが違い過ぎる。

「ははっ、なんだよ……こんなにも遠いんだ」

 屋外第一訓練場で行われている実技テスト。
 先生が審判を務め、俺たち順番待ちの一年生は二階からその戦いを見ていた。
 四方から来た全員が凄まじい実力を持っているわけじゃないけれど、それでも中央の平均以上の実力はあると思う。
 四方の上位勢の実力ははっきり言って、中央のトップよりも上……だと思う。

 大切な人を護る。そのためには誰よりも強くならないといけない。だけど少なくとも俺を遥かに超える強さを持った同級生が、何十人といる。

 それは俺にとって希望でもあった。
 何故ならあいつらは俺と同い年だ。年齢を言い訳に限界を決める必要なんてない。
 俺が目指すべきレベルがそこにあったんだ。

「……来たか」

 魔光掲示板に俺の名前が出た。ついに俺の番が回って来たんだ。
 あんな戦いを見せられた後に、それを見ていた人たちに見られる環境で戦う。

 ……うん、緊張がやばい。
 でも、やるしかない。

 ——いや、むしろ。

「志季君。あの戦いを見て君はどう思ったのか聞いても良いかい?」
「うん……とんでもないって思ったよ。勝てる気がしないかな」
「……そうか。それなら君は——」

「——だからこそ燃えるよ」

 中峰に続きは言わせない。
 腰の鞘から剣を抜き、右手だけで構えながら左手の指輪に魔力を込める。
 ルール上ここまでの準備は問題ない。後は開始の合図を待つだけだ。

「それでは両者共に己の力を示しなさい! 勝負開始っ!」

 開始と同時に指輪に込めた魔力を解放させ魔装科、魔装騎士の相棒を召喚した。

「マーレっ!」

 指輪から光が溢れ、閃光の中から現れるのは少女の姿をした人形だ。
 一見は普通の女の子に見える。人形と呼ぶにはあまりにも人間と同じだ。

 見た目だけなら長い黒髪をツインテールした少女。だけど違う。顔が、表情が違う。
 人に作られた人形だからこそ、その姿は愛らしく、美しい。故に恐ろしい。
 しかし心がない故に感情は無く、その顔は無表情だった。

 言葉を発する事なく、表情を変える事なく、指輪によって繋がった相棒の心を感じ取り、行動する。

 ——それが魔装人形《メイジドール》だ。

 相棒を召喚すると同時に俺は先手を取るために走り出そうとして、すぐに防御へと移った。
 いや、それを強制されていた。

「流石は志季君だ。大抵はこれで終わるんだけどね!」
「そりゃ知ってるからな!」

 咄嗟に抜いた両刃の直剣と湾曲した片刃の刀がぶつかり合い、火花を散らせる。

 開始と同時に中峰は走り出していた。
 あいつは俺と同じ魔装科だ。魔装人形と共に戦う騎士。だから本来なら最初の一手は指輪から相棒を召喚する以外にはない。

 確かに奇襲としては良いかもしれないけど、数の利によってその後の展開が不利になってしまう。自身の魔装人形を召喚するタイミングを失ってしまうとなれば、二対一で戦わないといけない不利な環境を背負う事になる。

 魔装人形は喋らないけれど自身の判断で動いてくれる魔装騎士の相棒だ。
 言葉にしなくても指輪を通して俺の意志が伝わりサポートしてくれる。
 その方法は魔装による援護、わかりやすく言うなら魔法攻撃による後方支援だ。

【魔装・アクアバレット】

 中峰の攻撃を受け止め、迫り合いをしていると相棒のマーレが動き出していた。

「おっと」

 言葉を発する事なく、魔法を放つマーレ。
 魔力から水を生み出し、固めて撃つ事によって弾丸とする魔法だ。

 バックステップで回避した中峰は刀を構え直し、俺たち二人の動きを見ていた。

 魔装騎士見習い、中峰輝。そんな彼の指に本来あるべき指輪はなかった。

 魔装科において中峰は変人だ。魔装人形と共に戦うのが魔装科だってのに、あいつは魔装人形を持っていない。

 魔装科なのに、刀一本で戦う剣士。その在り方は魔装科とはあまりにも遠い。
 だというのに中峰は結果を残し続けている。
 実力によって例外を認めさせる。それが中峰という男の歩む道だったんだ。

 一対一で戦えば確実に負ける。それくらい中峰は強い。その事を俺はよく知っている。

 だけど俺は魔装騎士見習いだ。
 一人で戦うんじゃない。相棒と共に戦う。それが魔装騎士なんだ!

「行くぞマーレ! 俺たちの力を刻めっ!」

 一人じゃ勝てなくても、マーレと一緒なら勝てる!

 剣を握り締め走り出す。マーレと共に。
 そして、俺は刃を振り下ろした。

   ☆ ★ ☆ ★

 そして、一年が経った。
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